58.過去の真実
「俺が何故狙われたのか。話は十年程前に遡る。当時魔道具作りにしか興味無かった俺は、心底愛する人に出会った。セシリアだ。彼女は娼婦をしていた。身の上話を聞けば、元は侯爵家令嬢で、そこの……アークライト公爵の婚約者だったらしい」
温度の無い真っ赤な瞳が、元父を捕らえる。
「そんな将来を約束されたような女性が、何故娼婦になっているか疑問に思った。セシリアは娼館が気の良い仲間ばかりだからと笑っていたが、個人的に気になったから調べたんだ。どうやら結婚式当日にセシリアの乗った馬車がゴロツキに襲われたらしい」
次に捕らえたのは、クリフォード伯父様だった。
魔術師に睨まれたのがショックなのか、顔色を悪くして口をパクパクせている。
「これは当時セシリアが持っていた荷物だ。知っているか? もの言わぬ物も、記憶が宿っている事を。……魔法というものはとても便利なんだ」
父は母が持っていたという荷物に魔法を掛けた。
すると淡い光が荷物を包み、光が上に伸びていく。それは徐々に形作り、立体的な映像になった。
『では、アークライト公爵家へ参ります』
一目見て、母の若い頃だと分かった。
黒い艶のある髪、真っ白できめ細やかな肌、品のある姿はいくつになっても変わらない。
母は馬車に一人で乗り込み、出発した。
『あ、お姉様、緊張しないように、ほら、飴をあげるわ』
『え、いいわよ』
『遠慮しないで。ほら、あーん』
言わずともそれは生みの母だろう。
拒否する母の口に無理矢理飴を入れた。
それが何であっても、吐き出せはしなかっただろう。淑女の鑑といわれていた母には……
ウィンストン侯爵家からアークライト公爵家までは一時間程の道のりだ。同じ王都内なのだから、そんなに時間はかからない。
だが馬車は王都の賑やかな場所から暗がりへ外れて行く。
馬車は街道を抜け、森に入ったところで止まった。
『へへっ、ごくろーさん』
『あ、あの、こ、これで家族には……』
『ん? ああ、雇い主にちゃーんと言っとくよ』
御者と誰かの会話が聞こえる。
……母は、気づかなかったのだろうか、と隣を見ると、顔色が青くなっていた。
「お母様……」
「ごめんなさい、大丈夫……」
「私、お父様に言って止めてもらうように言います」
「大丈夫よ、セリーナ。これは私も承知の上なの。あの人たちの罪を暴くには、多少の嫌な気持ちも必要よ」
これは実際にあった母の過去だ。
社交界の華で侯爵令嬢だった母が娼婦になってしまった理由を詳らかにするために、父は魔法を使用した。
「じゃあ、せめて私が抱き締めています。手を握っています。辛くなったら、私にしがみついていいですから」
本当は父にそばにいてほしいだろうが、父は魔法を使用している。だから私が代わりに……はなれないが、せめて少しでも辛さが和らげるように、と抱き締めた。
「ありがとう、セリーナ。とても心強いわ」
母は私の頭を撫で、手を握ってくれた。そして微笑み、毅然と前を向く。
映像は、ちょうどゴロツキが……依頼者と思われる者と会話をしているところだった。
『報酬はちゃんと払ってくれんだろうな』
『勿論です』
『依頼者は王女さんだっけか。なら奮発してもらわねぇとな』
『ちょっと、声が大きいですよ』
『誰が聞いてるもんかよ。美人サンが気に食わねえからって王女さんと友人が共謀して結婚式当日に拐わせて襲わせるなんざ、国民が知ったら腰を抜かすだろうよ』
ガッハッハ、と男たちは下品に笑う。
二十年も前の出来事だ。ここにはいないし、ゴロツキなら今も生きているかは分からない。
それでも悍ましく、憎らしく、どうにかしてやりたい程の強い怒りが湧いた。
それは父も同じらしく、険しい顔をして生みの母とモニカ元殿下を睨んでいる。
『王女サンは自分が結婚したかったんだっけか。王妃に猛反対されたとか』
『だからってここまでするか? 貴族の女っておっかねぇ』
『俺たちが言うセリフか? それ』
『ちょっと声が大きいですよ』
『渡した飴食べたんだろ? 暫く起きねぇよ』
『とにかく、これが前金です』
『ありがとさんよ。で、この後はどうとでもしていんだろ?』
下卑びた男のニヤリとした笑みに、母の身体が強張った。
『好きにどうぞ』
一刻も早く退散したかったらしい依頼者は、ゴロツキにお金が入った袋を投げて渡すとそそくさと後にした。
『おい、女が目を覚ましたぞ!』
『あぁん? 丁重に扱えよ〜』
『ボス、ちょっと味見していいっすかぁ?』
『こんだけの上玉だからな。娼館に入れれば金になるだろうよ』
……そこからは想像に難しくない展開が待っているのだろう。
だから、父はその場の映像から離れさせ、依頼者を追った。
『遅かったじゃない』
『……ゴロツキ共に引き渡しました』
『そ。これでアークライト公爵家に入れるわ。不自然無くヒューバート様のお側にいるには息子に取り入るのが早いと思ったの。お母様に反対されてしまったから仕方なくチェルシーをやったけれど……』
そこにいたのは、若い頃のモニカ元殿下だった。
『友人に会いに行くと言えばさすがに反対なさらないでしょう? 幼い頃にお母様に紹介されて、私絶対にこの方の妻になるって決めたのよ』
ウットリと話すモニカ元殿下の言葉に、今までの経緯が重なってそこかしこで悲鳴が挙がった。
元父を狙っていたのではなく、本命は祖父だった。
「い、や……いやぁああああああ!!」
いち早く反応したのは、王妃殿下だった。
異母兄と結ばれないように画策していたのに、娘の本命は血の繋がった父親だったのだ。
先程まで私の娘と叫んでいたのに、化物を見るような眼差しに変わっている。
「不貞で生まれた子が知らずに実父に恋慕していたの? なんておぞましいの」
「多情の子は倫理観すら置き去りにしてきたのね。穢らわしいわ」
中には吐き気を押さえるかのように口元を押さえる女性たちもいる。
これ以上は魔力が持たなかったのか、騒ぎになると思ったのか、父は魔法の使用を終えた。
「セシリアを襲わせたのはやっぱりあんたとそこのクソ女なんだな」
生みの母はもう抵抗する気が起きないようだが、モニカ元殿下は父を鬼の形相で睨んでいた。




