57.醜い泥沼試合
魔術師とは国の財産だ。
生まれは突然変異で、今の所理由は分かっていない。
どんな者でも魔力という素地はあるらしいが、それを魔法として発現できるのはごく僅かな者だと父から聞いた。
私も魔力はあるが、魔法は使えない。
魔法は便利な能力で、個々の能力を上げたり戦争で広範囲を攻撃したり、有益なものばかりだそう。
ちなみにチェスターさんはサポートが得意らしい。
父はそんな中でも魔道具や新たな魔法を生成する能力を持った稀有な存在だった。
「記憶喪失の彼でも、我が国が独占したいくらいの価値があります。だからとっても不思議だな、って思いまして」
ヘンリー殿下はへらっ、としているが、父はそんな殿下を警戒している。父曰く、敵に回すと厄介らしい。
ヘンリー殿下の問いに父が前線に出向いた時に指揮していたのは王太子殿下だ。
「ハルヴィアとの戦いの指揮はサディアスだったな。説明せよ。研究が主な魔術師を前線に出した理由は何だ?」
国王陛下の問いに、王太子殿下はしどろもどろになっている。
我が国の次期国王がこんな情けないだなんて、先行きが不安でしかないわ……
「えっ、と、前線に魔術師を沢山投入すればいいと、思いまして……」
「実戦に不向きの魔術師もか?」
「そ、それは……」
「ハルヴィアではおおよそ考えられない事だな。王太子殿下が愚かなのか、もしくは……誰かに唆されたか?」
正解です、と言わんばかりに王太子殿下の肩が跳ねる。
生みの母は何が良くてこんな人と不貞をし、シェリーを生んだのだろう。
「女か?」
ヘンリー殿下の言葉に、一斉に生みの母へ注目が集まった。
「な、なによ、私のせいって言うの?」
「可能性の話ですね。王太子妃殿下は落ち着いていらっしゃるので、可能性があるならばあなたかなぁ、と思ったまでです。差し支えなければ教えていただけますか?」
ヘンリー殿下は甘いマスクを武器に生みの母へ近寄った。生みの母は顔を赤らめ「えっとぉ……」と可愛こぶって、もう恥ずかしくて両手で顔を覆った。
「セリーナ、気を確かに持って。私もアレが身内と思うと虫唾が走るわ。でももう少し頑張って」
「お母様ぁ……、私、もう恥ずかしすぎて消えちゃいたいです」
「大丈夫よ、セリーナだけじゃないわ。ホラ、ウィリアムは放心して魂が抜けかけているし、お兄様の口からもエクトプラズムが出かけているわ。十歳のセドリックさえ呆れ顔よ。あなたの妹はまた別だけれど。今だけよ。今だけ、しっかり保つのよ」
母に励まされ、半泣きになりながらこくりと頷く。
レックス様もそっと頭を撫でて励ましてくれた。
瞳には労いの気持ちが宿っている気がする。
「あー、確かぁ、モニカが言ったの。『せっかくお姉様を娼婦に落としたのに、また這い上がって来そうだ』って。だから、そうできないように、身受けしようとする奴をやっつけちゃって、ってサディに言ったの」
ぱん、と手を叩いて幼子のように無邪気に笑う生みの母を叩いてやりたい気持ちが湧いてくる。
「ちょ、っと待ってよ。あたしはあんたがお姉様が幸せになるのは嫌だからって協力してあげただけじゃない!」
「それを言うなら、モニカだってお姉様がウィルと結婚するのが嫌だったんでしょ? 結局私と結婚しちゃってごめんねぇ? あ、でも、ウィルとモニカは兄妹になるんだっけ? ……やだ、気持ち悪ぅい」
「……んですってぇ!?」
モニカ殿下……いや、元殿下か。
モニカ元殿下が生みの母に掴み掛かり、爪で引っ掻いた。
「いったぁい! 何すんのよぉ!」
「あんたなんか……あんたなんか、お兄様の不貞相手でしかないくせに!」
「はぁあ? アタシはサディの子も生んだわよ? シェリーこそ本物の王女じゃない! あんたはニセモノ! シェリーの身代わり王女ってわけー」
「ふっざけないでよ! あんただって王太子妃の身代わりでしかないじゃない! お兄様の子どもを生んだ? 笑わせないでよ! お兄様は今度また子が生まれる予定なのよ!」
「……は?」
二人の醜い争いがいつまでも続くと思われたが、生みの母の低い声でその場が静まり返った。
「サディ、どういう事? もう子は作らないって言ったわよね?」
「そ、それは……」
「裏切り者! どうしてよ? 地味で冴えないブリジットをあてがったのに、どうして子どもなんか作るのよ!」
おそらくこの場にいる誰もが思う事は同じだろう。お前が言うな、と。
「アークライト公爵夫人」
国王陛下の低い声が響き、生みの母はビクッと身を竦ませた。
「王太子妃が王太子の子を孕むのは慶事となるだろう。言っておくが、そなたが生んだ娘は王女として認められない。婚外子は庶子となり、その血筋は確かでも身分は王族にはならない。現時点でその娘はアークライト公爵令嬢だ。……もっとも、当主とその母が認めなければその身分も剥奪されるだろう」
目を見開き、唇を戦慄かせる。
あんな母でもシェリーの行く末は心配するのか。
以前の私ならその事にどうして、と疑問を持ち傷付いていただろうが、今の失態を見て気持ちは凪いでいる。
「私は、認めません」
祖母が毅然とした態度で宣言する。
「わ、私も、私の子ではないなら、公爵令嬢とは認めません」
次いで、元父もか細く宣言した。
十六年もの間、いや、おそらく結婚した当初から裏切られていたのだ。さすがのお花畑も枯れてしまったのではないだろうか。
「どうして……ねえ、ウィル、血が繋がってなくてもシェリーはあなたの娘じゃない。ずっと一緒にいたでしょう? 可愛いと言っていたわよね? ねぇ、何とか言って。このままだとシェリーが公爵令嬢じゃなくなっちゃうわ……!」
今更夫に縋り付く様を見て、もはやパフォーマンス、見世物と化しているような気がする。
高位貴族夫人にあるまじき行動だ。血が繋がっていると思われたくない。
「ざまぁみなさいよ。あんたの子なんか庶子、平民じゃない! 捨てられて当然よね」
「あんただって王様の血入ってないじゃない!」
「あたしはお母様は勿論、お父様から愛されているもの。ねぇ、そうでしょう、お父様」
モニカ元殿下は国王を上目遣いで見るが、冷ややかな目を返された。
今のこの状況でまだそう思える事が不思議でならない。
「お前は私の子ではない。お前もまた庶子である。そして私は王女とは認めない」
「そんな……」
国王陛下が王女と認めないと言った。
まあ、モニカ元殿下を溺愛していたくせに、という事は一旦置いておこう。
「え……モニカ様は王女ではない?」
「セシリア様を娼婦に落としたって言ってたわよね」
「て事は、平民ふぜいが侯爵令嬢を……?」
おそらく、母と同世代の女性たちがざわつき始めた。
その中にはウッドウィル公爵夫人もいらっしゃった。
「発言、よろしいでしょうか」
渦中の一人、父が手を挙げる。
「許す」
「ありがとうございます。私が前線に行った理由は、あんたが王太子に命令したんだな」
「命令じゃないわ。お願いしただけよ」
「どちらにせよ、あんたの言葉で王太子は動いた。俺がどういう立場かも考えずにな。ヘンリー殿下も言ったように、有能な魔術師を殺そうとしたんだ。国家に対する反逆じゃないのか?」
父の赤い瞳が怪しく光る。
誰もが固唾を飲んで見守っていた。




