56.理解できない事柄が大き過ぎると思考停止するらしい
右側が示すのは銀色と紫。元父は茶色に翠眼のため誤魔化しようがなかった。
「え……? と、セリーナと、セドリックは……右側が茶色と翠で、あ、あれ? 俺の髪は銀色だった……? いや、違うよな、二人はちゃんと。な、なぁ、チェルシー、シェリーは……」
状況を上手く理解できない元父に、頭を掻き毟る生みの母。脂汗をダラダラと滝のように流す王太子殿下は、隣にいる王太子妃殿下からハンカチを差し出され「違うんだ」とでも言うように口を動かした。
「あの色合いは……王太子殿下と同じでは?」
「まさか、あのお二人は不貞関係にあったのは聞いていたけれど、子どもまで作っていたの?」
「こちらも托卵? いやですわ、乱れすぎではありませんか?」
ざわざわと女性を中心として王太子殿下と生みの母に批判が集まる。
不貞って誰にもバレない秘密の関係のはずなのに、誰もが噂として知っているようで驚いた。
「まあ、王家の夜会で逢瀬をして悲劇劇場をするくらいですものね。噂になっても不思議ではないわね」
母の言葉にざわざわと肌が粟立った。
自分の親がそういう事をしているだなんて、吐き気がする。
「これは……どういう事だ、サディアス」
国王陛下の問いに、王太子殿下の肩が跳ねる。
流れる汗をハンカチで拭いながら、挙動不審になっている。
「お前は知っていたのか?」
「それは……その」
「はっきり答えんか!」
「えぇっと、それは……チェ……こっ、公爵夫人が勝手にした事ですぅ!」
王太子殿下の答えに、生みの母は目を見開き次第に恐ろしい魔物のように顔を歪めていった。
「ひっ、酷いわ! 私は知らせたわよ! 嬉しいって言ってくれたじゃない! でもバレたらまずいから夫とも嫌だけどして、ああああもぉ、今までバレなかったのになんでぇ!!」
……醜い。とても、醜い。
公爵夫人として慎ましくしなければならないのに、唾まで飛ばして喚いている。
あんな人が生みの母だなんて、恥ずかしくて顔を上げられない。
「認めるのだな、サディアス」
「し、知らない! 私は知らない!! な、なあ、リジー、リジーは信じてくれるだろう?」
王太子妃殿下は哀れむような目をして、そしてわっと泣き出した。
「酷いですわ……! 私はあなたを献身的に支えてきましたのに、公爵夫人と不貞をしただけでなく公爵家に泥を塗るような真似まで! ずっと我慢しておりましたのに、まさか庶子まで儲けているなんて……」
「リ、リジー……」
泣きながら王太子殿下を睨んでいる妃殿下に、周りの女性たちは同情の眼差しを送る。
二人の噂は社交界では有名だと母が言っていた。
だから陰ながら支えている王太子妃殿下の健気な様子にみなが賛同しているらしい。
「国王陛下、私はもう耐えられません! 王妃殿下に続き、王太子殿下まで托卵をするなど、著しく倫理観に欠けております。国の代表がこのざまでは国民を導く事に疑問が生じますわ」
王太子妃殿下の涙ながらの訴えに、国王陛下は頭を抱える。
ご自身の妻と息子のしてきた事を数十年と見過ごしてきた国王陛下にも責任の一端はあるだろう。
誰もが国王陛下の言葉を待っていたとき、ヘンリー殿下が手を挙げた。
「ユーステル国王陛下に問います。モニカ王女の血筋が明らかとなりましたが、あなたは娘がご自身の血を引いていないとの認識はありましたか?」
ヘンリー殿下の問いに、国王陛下の指がピクリと動く。
もしも認識していれば、ハルヴィアを騙した事になるだろう。
王女ではない女性を王女と偽り送り出したのだから。
認識していなければ仕方がない。王妃殿下のみが罪に問われるが、もし国王陛下も知っていて送り出したのであれば……
「……知っていた」
短い言葉に、皆が固唾を飲んだ。
王妃殿下だけは何故か国王陛下を潤んだ目で見つめている。
「知っていて、何故……」
「あれがヒューバート・アークライトの子だからだ」
「は?」
ちょっと言っている意味が分からない。
どういう事だろう? と母を見たが、母も豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「ヒューバートは、アデラインを奪った。だから、ヒューバートの子ならば、アデラインとの子だと……思えた」
自分の名前を出された祖母は眉を顰めている。
国王陛下の発言の意味が分からないのだろう。私も分からない。いや、私だけでなく、ここにいる誰もが理解していない。
祖父の子ならば、自分と祖母の子?
……だめだわ、頭が理解を拒んでいる。
「陛下、ちょっと何て言ってるか……」
「そもそもお前はアデラインの身代わりだった。私とアデラインは婚約間近だったのに、お前とヒューバートの策略で台無しになってしまった。だからヒューバートと不貞をしても止めなかった。モニカは私と、流れたアデラインの子だ」
「……つまり、国王陛下はアデライン様を愛していて、結婚したかったけど王妃殿下とヒューバートの策略で結婚できなかった。だから身代わりとして王妃を娶り、王妃がヒューバートの子を生んだらそれは自分とアデライン様の子として可愛がっていた……という事、か? だめだ、益々意味が分からねぇ」
レックス様が解説してくれたが、さっぱり意味が分からない。
それに国王陛下の言い方だと、祖母と国王陛下の子がモニカ殿下という事になるではないか。
「どちらにせよ、国王陛下も王妃殿下もモニカ王女が王家の血を引いていないと認識した上で我が国へ嫁がせたのですね。……侮辱するにも程がある」
ヘンリー殿下は顔を歪めて二人を見ている。
彼の一挙手一投足で再び二国間に戦火が放たれるかもしれない。
「そんな……私は陛下を愛しておりますのに……身代わりだなんて、あんまりですわ」
王妃殿下がはらはらと泣き崩れたが、色々と言いたい事は沢山ある。
渦中に巻き込まれた祖母は、額を押さえて俯いていた。
「私がヒューバートに望まれた時、国王陛下は何も言いませんでした。私の弁明を聞きもしませんでした。今更身代わり? 冗談でございましょう」
「すまなかった。だが、私は本当は……」
「もう四十年も前の話ですわ。今更なのですよ、陛下。おぞましいです。あなたは王妃殿下をお選びになられた。それが全てでございます」
国王陛下は項垂れた。
モニカ殿下を溺愛していたのは、祖母と結婚していたらのもしもからだったのだろう。
ご自身が祖父に成り代わったつもりになれたのかもしれない。
王妃殿下はそれに気付いていたのだろうか。
夫に愛されない事は辛い事だ。だからといって不貞していいはずはないだろうが。
「ヘンリー殿下、すまなかった。モニカの件はどのようにして償うべきか改めて話し合いの場を設けさせてほしい」
「この件はまだ私のところで止めております。私としても再度戦火が飛び散るような真似はしたくありません。納得がいくように期待しております」
ここにいる誰もがその言葉に安堵の息を吐いただろう。
「……なんか寒気がした気がした」
「大丈夫?」
発言台から戻って来ていた父がぶるりと身体を震わせる。ヘンリー殿下がこちらを見て、ニヤリと笑われた。……気がした。
「それともう一つ、これは私の友人の事なのですが、明らかにしていただきたい事がありまして」
事態が収束したかに見えたが、ヘンリー殿下は更に畳み掛ける。今の我が国は個人的な事でも断る事はできないだろう。
「何でしょうか」
「裁判の冒頭で、我が友人の魔術師がユーステルの者だと言ったのは覚えているだろうか。彼は研究者気質の貴重な魔術師だとも」
確かに言っていた、と、貴族たちは小さく頷く。
「彼は何故、前線に立たせられる事になったんだ?」
ヘンリー殿下の抑揚の無い声に顔色を変えたのは、当時指揮を任されていた王太子殿下だった。




