50.「お父様」
その兆候は、すぐに顕れた。
「お前……何をした」
元父が、何故か離れに乗り込んで来たのだ。
朝からドンドン扉を叩き、玄関近くの部屋にいた私が応対した。
「何をした、とは?」
「チェルシーが風邪を引いた。昨夜少し咳をしていたくらいだったのに、今朝医者に見せると呪いだと言われた!」
元父の言葉に、胸の奥がずぅんと重くなった。
母に呪いをかけたのは生みの母だったのか。
騒ぎが聞こえたのか、奥の扉が開く。出てきたのはスッキリした表情の魔術師さんだ。
「お前誰だ?」
「っ、お、お前こそ誰だ!? ここはセシリアの住む場所だぞ!」
「誰よもう。朝から大きな声を出さないでよ。ただでさえ寝不足なのに……」
少しはだけた夜着姿で現れたのは、寝起きの母だった。
さすがは元娼婦というか、同性の私でもドキドキしてしまう程色気がすごい。でも、娘としては色々と気まずいのでばっと目を逸らす。
そ、そうよね、呪いも解けたし、うん。
「んなっ……そんな、は、はしたないぞ!」
「んー? なんだウィリアムじゃない。何しに来たの」
「セシリア、こいつ誰だ。呼び捨てにする程仲いいのか?」
「えーと、元婚約者。あ、お世話になっているここアークライト公爵家の一応当主でセリーナの実父ね」
母にべったりくっついていた魔術師さんは、玄関先で喚いていた父にズカズカと近寄って行く。
「あんたには礼を言いたかったんだ。まず、セシリアじゃなく妹を選んでくれてありがとうな! で、セリーナを生んでくれてありがとうな! 御礼にセシリアにかかってた呪いを依頼者に倍返しにしといたから。なーに遠慮はいらない。セシリアと娘は俺が責任もって面倒見るから」
魔術師さんの赤い瞳は、まるで血走った狂気のようで初見の相手は驚くと思う。
元父の手を取って力を込めてぶんぶん振っているが、恐怖からか元父は口をパクパクさせている。
「残念だったなぁ。お前、セシリアに未練があるんだろう? ずーっとこっちを気にしてたもんな。セリーナの元婚約者を自分の身代わりとして充てがってたらしいな。結局あんたの嫁に似たような妹を選んで婚約解消して身代わりにすらなれなかったそうだが、今どんな気持ち?」
元父は顔を真っ赤にしてぷるぷる震えているが、ひ弱そうな魔術師さんに力では敵わないのか何もできないでいる。
忘れかけていたが、私とウッドウィル公爵令息様との婚約は解消され、母によく似たシェリーと婚約を結び直しているから、確かに自分と母の身代わりとしていた元父の思惑は外れてしまった。
「う、うるさい! そ、それよりお前は誰だ!」
「俺? 俺はセシリアの夫」
「まだよ」
「……になる予定の人」
「おっ……と? 夫? おま、お前、そん、そんなやつ……! う、裏切り者!」
何故か表情を青褪めさせ、悲壮感を漂わせている。
血の繋がった父なのに、情けなくて消えたくなってきた。
しかも母に向かって裏切り者だなんて、自分の事を棚の上の方に上げすぎて恥ずかしいったらない。
「裏切り者はそっちなんだけどなー。でも、ごめんね、ウィリアム。そんなわけだから、あなたの相手ができなくなったの」
母がはだけた夜着のまま元父に近寄り、指で顎をなぞると、先程まで青かった顔が瞬時に赤くなった。
「え? コイツの相手するの?」
「しないわよ? 私は娼婦は引退したし、もう恋人がいるもの」
ポッと頬を赤らめた母は、指先で髪を弄りだした。
そんな母を見た魔術師さんも口元がニヤけている。これはまたイチャイチャフラグ……!
「そういうワケだから。あんたの嫁さんが呪い返されたのは自業自得なの。じゃ、俺たち忙しいから。またね!」
魔術師さんがニコニコ笑顔で握っていた手を離すと、元父はぺいっと家の外に放り出された。
窓から外を見れば涙目でよろよろと立ち上がり、フラフラしながら本邸へ引き上げていくのが見えた。
「あれがセリーナの実父かー」
「元父がすみません……」
つい最近まで慕っていたはずの父のあまりにも情けない姿に恥ずかしい気持ちが湧いてくる。
だが魔術師さんはワシャワシャと私の頭を撫でた。
「セリーナいい子に育ったな。セシリアに似たんだな。たぶんセシリアと俺の娘に生まれるはずが、俺が魔法の研究ばかりしてて遅れてしまったから親が変わったんだな。ごめんな。」
魔術師さんの言葉に、目頭が熱くなる。
本当に、母の子として生まれたかったし、魔術師さんの娘になりたかった。
私が生まれた頃は魔術師さんと母は出会ってなかったから、魔術師さんが謝る事は無い。
「セリーナ、あなたはまだ自分がいたから私が不幸に落ちたと思ってるでしょ。逆に考えて? チェルシーがあなたを授かったから、私がアーヴァインと出会えるきっかけができたの。あなたがいたから、今回だってアーヴァインが戻るきっかけになったわ。あなたを起点として、私が幸せになれてるの。むしろこれからは幸せしかないんだからね」
母の言葉に、とうとう我慢していた涙が決壊した。
ずっと自分の存在が母の不幸に繋がっているとどこかで引っ掛かっていたから。
だが、母は私の存在を肯定してくれた。
魔術師さんも、悪くないのにごめんね、と言ってくれた。
二人とも、私の本当の両親が一度もしてくれなかった事をしてくれる。
「お母様……あり、ありがとう、ございます……! 魔術師さんも、ありがとうございます!」
涙は次から次へと溢れて止まらない。
母が優しく頭を撫でてくれて、涙を拭ってくれた。
「セリーナ、そこは『お父様』じゃないのか?」
「ぅえっ、だって、ぅう……まだ、結婚して、ないからっ、ぐぅう」
その言葉に、母の手が止まった。
「あ、そっか。あー……結婚、してなかった」
「あれ、俺死亡したままだったよね。……籍、戻せるの?」
ここにきて、二人の結婚に暗雲が立ち込めてしまった。
「ラ、ラファエル殿下に相談しましょう」
「そ、そうだね。貴族籍……まあ、無いなら無いでもいいが」
「そういう訳にはいかないわ。セリーナが結婚したいってなった時、身元不明の父なんてお相手が納得するかどうか」
「そ、そうか。今すぐ……は難しいか。全部終わったらなんとかしてもらおう。だから、今のうちから練習してもいいぞ」
冷静になれたと思ったのに、また、涙が出てきてしまった。
どさくさに紛れて小さく「お父様」と言うと、魔術師さんから母と一緒にぎゅっと抱き締められた。
ずっと願っていた両親の温もりにしばらく涙が止まらなくて二人が慌てていたので、最後は泣き笑いになったけれど。




