49.解呪
長い間蜜月を過ごすかと思えば、三日ほどで終了した。
「この人、ずっと寝ていたわ」
母に猫のように擦り寄っている魔術師さんは、確かにあった隈が消えている。
確かに食事はメイドが二人分部屋に運んでいたし、その間母に会えず私は寂しく思っていた。
そんな二人だから夜も熱烈に愛し合っているのだろうと思ったが。
「積もる話をして、そのうちとろとろして眠って、話をして、眠ってを繰り返していたわ。そういえば客として来ていた時も殆ど寝ていたわね。まあ、この人といる時だけは娼婦って事は忘れられたからいいけど」
娼婦ではなくなり、十年振りに再会した恋人同士というのに色っぽい事は無いなんて……
「セシリアはまだ身体に負担がかかってるから。俺の魔力も回復させたかったし、まずはセシリアがいるって堪能したかった」
そう言って再びゴロゴロと猫のように擦り寄っている。
私もいるのに人目を気にしないのだろうか。
「セリーナが見てるわよ」
「両親が仲良くしてる方がいいだろう?」
「限度があるわよ。もう、これからずっと一緒にいるんだから、ちょっと離れなさい」
頬擦りしていた魔術師さんを引き剥がし座らせる。母の言う事には逆らわないのよね。
「元気そうで何よりだよ」
「おう、悪友。まあナントカ生き残ったな」
呆れ顔の方はチェスターさんというらしい。
なんと、セドリックの魔法の師匠さんだとか。
セドリックといえば、私が留守にしている間に母と仲良くなったらしく、小さな騎士のような存在だったとか。
「初めまして、セドリックと申します。あなたが我が国一の魔術師さんなのですね」
「この国一番かどうかは分からないが、魔道具作ったりしているぞ」
セドリックは魔術師さんに興味津々らしい。
というか、セドリックが魔法を使えるなんて初耳だ。
今まで父から目を掛けられていた弟、という印象だったが、話を聞けば父が自分を誇りにしている事が鬱陶しくて仕方がないらしい。
母はシェリーばかりに構いきりだし、セドリックも両親を俯瞰して見ていたのかな。
「僕も魔道具作ってみたいです。いつか教えてくださいね」
「セシリアの甥なら仕方ないな」
案外気が合いそうな二人で、姉としてはちょっぴり妬いてしまいそうになるところが情けないなぁ。
母と一緒にいる事で贅沢になってしまったのかしら。皆の愛や感心を欲しがるなんて、生みの母に似ていると言われそうで何だか嫌だな。
自己嫌悪に陥っていると、母に頭を撫でられた。
「まーた何か悪い方に考えてる」
「そんな事ないです」
「そんな事あるって顔してる。セリーナは甘えん坊さんね」
「甘えん坊って、私もう十八ですよ? 子どもじゃありません」
「親にとってはいつまでも子どもなのよ。親になって短いんだから、少しは親っぽい事させてよね」
そう言いながら頭を撫でる手を止められない。
ここ最近魔術師さんと一緒にいたから遠慮していたが、魔術師さんはセドリックと話しているし、今がチャンスと言わんばかりに旅先での話をした。
ひとしきり母と話せて満足したところで、魔術師さんが母を呼んだ。
「チェスターを呼んだ理由が果たされてない。そろそろ目的を果たすぞ」
チェスターさんは「待ってました」と言わんばかりにニヤリと笑った。
「今からセシリアの呪いを解く。俺の守りの魔法は残したまま、回復魔法も上乗せする。チェスターには補助を頼む。呪いを魔術師じゃなくて依頼者に倍返すからその反動を押さえる役を頼む」
「倍返し……」
「ああ。解析してみたら俺がいなくなった後くらいに掛けたらしい。東国の言葉に『人を呪わば倍返しだ』という格言があるらしい。それを参考にする」
東国の文化は馴染みがないが、とても物騒な国なのかもしれない。
「じゃあ、いくぞ」
母だけでなく、その場にいた誰もがゴクリと唾を呑みこむ。
魔術師さんが母の手を握り目を閉じた。
「辛かったら俺にもたれかかっていいから」
「わかったわ」
魔術師さんが握った母の手の辺りからボウっと光が溢れだす。
その光は腕を通り、身体全体に拡がっていく。
身体に違和感があるのか、母の眉間に皺が寄った。
「大丈夫だ。セシリア」
母は目を瞑ったまま魔術師さんの肩に身体を預けた。
辛そうなのに、何もできない自分が歯がゆい。
「これだな。チェスター」
「はいよ」
チェスターさんが唱えた魔法が、二人を包み込む。
二人の魔術師さんの額に汗が滲んだ。
母の胸の辺りから黒いもやのようなものが出てきた。
魔術師さんはそれをボールのようにして丸めると、返しの言葉を口にする。
「セシリアを呪った者の所へ還れ。術者でなく依頼者へ。呪いは倍に。二度とこちらに戻らぬように」
黒い塊は高く舞い上がり、目の前から消えてしまった。
今頃依頼した人の元へ行ったのだろうか。
その後母の周りの光が消え、再び目を開けた時には頬に赤みが差し、今まで悪かった顔色も元に戻っていた。
「セシリア、どうだ?」
「ん。胸の息苦しさがなくなって、呼吸がしやすいわ」
「よかった。回復魔法を入れたから、じきに身体の調子も戻ると思う」
「ありがとう、アーヴァイン。守りの魔法は……」
「それは残してある。負担とか考えないよ。今までは遠隔操作で掛けてたけど、これからは直接描けられるから負担は無い。俺がやりたいの。これだけは譲れない」
幸せそうな二人を見て、思わず頬が緩んでしまう。
私もいつかは……と思って、何故かレックス様の顔が浮かんできたので慌てて思考から消した。
レックス様は無表情だけど、割と考えている事は分かるし今こんな感じかな、と思ったら当たっているけど、からかってくるしそれに婚約解消してそんなに経っていないのに他の男性を、なんて、生みの母みたいと言われるんじゃないかと思ってしまう。
母は十年以上会えなくてもお互い一途だったのに。
「我が娘にも掛けておこう」
「我が娘って……私の娘なんですけど?」
「セシリアの娘なら俺の娘だろう?」
「んまぁ、そう、かも、けど」
お母様、まだ結婚してませんからね。
そんな顔を赤らめてもまだ結婚してませんからね。
魔術師さんは有無を言わさず私に守りの魔法を掛けた。
「呪い返しの返しまでは来ないだろうが念の為だ。ちなみに呪い倍返しにプラスアルファも仕込んでおいた。近いうちに誰かが風邪を引いたと言ったらそいつが犯人だ」
魔術師さんがニヤリと笑う。
母に関する事でこの方に逆らう事はしない方がいいだろうな、と学んだ。




