48.十年振りの再会
「フィリスから聞いたよ。祖国に帰還するんだってね」
「はい。記憶が戻りましたし、セシリアが待ってるんでこの後すぐに帰還します」
ヘンリー殿下は苦笑いだ。
記憶が戻らなければ魔術師さんはずっとハルヴィアにいただろうから。
「そうか。愛には叶わないんだな」
「それで、クソ女絶対逃さないとして、ハルヴィア側から問題提起してほしいんです」
魔術師さんの提案に、ヘンリー殿下は目を細める。
「今回ラファエル殿下がハルヴィアに来たのは、ハルヴィアでの素行を訴えて、ラファエル殿下が問題解決に来た。その過程で血筋に問題があると判明した。血筋をバラし、どうするつもりだ、と公にしてほしい」
つまりは私たちが考えている訴状に、ヘンリー殿下を巻き込みたいというのが魔術師さんの頼みらしい。
「あんた、あれだけ言ったがまだクソ女に未練があるんだろう? だからいつまでも結婚しないんだ」
痛いところを突かれたと言わんばかりに、ヘンリー殿下の肩が落ちた。
愛情深いというか何というか。
「真実の愛に浮かれた頭は不治の病なのですわ。これだから男は」
フィリス様も呆れ顔だ。
よほど魅力的に映るのだろうか。私には分からない。母の方が絶対にいい女性だ。
「分かった。一緒に行こう」
「早く目を覚ますんだな」
ヘンリー殿下は小さくため息を吐いた。
モニカ殿下はどうしてヘンリー殿下ではない男性と不貞したのだろう。
こんなに愛情深くいてくださるのに、それを捨てるなんて理解し難い。
「娘、不貞野郎の考えなんか気にしなくていいからな。奴らは下半身に忠実なだけだ。頭で動けばいいものを、欲望で動くから不貞野郎の考えは理解できないんだよ。だから気にするな。この父に、全てを任せておきなさい」
「は、はい……」
厳密にいえばまだ母と結婚していないけれど、もう父を強調している。
実の父とはまた違った個性に、たじろぐしかできない。
その後、私たちは魔術師さんの魔法で行きと比べて倍の速度で帰還した。
魔法陣で一瞬にして、といきたかったが、さすがに護衛や侍女たち、またヘンリー殿下のお付きの人たちを移動させるのは魔術師さんとフィリス様だけでは難しいらしい。
「セシリアと会う前に干からびるだろ! みすみすライバルにチャンスをやるようなもんだ」
と言ってはいたが、全員が乗る馬車と馬に倍速の魔法を掛けていたから、さすがに負傷者が続出した。
馬車に乗っている分にはまだいいが、馬に掛けられると暴れ馬になってしまう事もあったようだ。
「せめて制御できるようにしろ!」
「セシリアに早く会いたい」
「お、お母様は、誰一人犠牲になる事を望まないはずです!」
その一言で馬が羽の生えた馬になり、空を飛べるようになったのが護衛たちに大人気で、レックス様も交代で乗っていた。
最初からこうしておけばよかったとホクホク顔の魔術師さんだが、……父になるのよね? と、ちょっぴり不安にもなったりしながら無事に公爵家の離れに到着した。
「私は王宮でヘンリー殿下を歓待し、書類をまとめます。準備が整い次第お呼びしますね」
少し疲れた様子のラファエル殿下に別れを告げ、私たちも落ち着きたいと家に入ろうとした。
ちなみにレックス様は事の成り行きを見守りたいのでもう少しいてくれるらしい。
私としては十年振りの恋人同士の再会に当てられるのも辛かったので、いてくれてホッとした。
「入らないんですか?」
「ああ、うん。……娘よ、本当に、いいのだろうか」
「何がですか?」
「セシリアは俺でいいのかな。他にいい男が」
「お母様、ただいまー」
「うぉおい!」
この期に及んでまだうだうだする魔術師さんを放っておいて、私は遠慮なく扉を開けた。
「セリーナ!」
中からお母様が顔を出した。
約ひと月半振りくらいだろうか。離れていた期間が短かったような、長かったような気もする。
早足で近寄って来て、ぎゅっと抱き締めてくれた。
「お帰りなさい。無事でよかったわ」
「ただいま帰りました。お母様お身体はいかがですか?」
「今のところは大丈夫みたい。私を守ってくれている魔法と呪いが中で戦っているからそれがちょっと負担になっているみたいだけど」
「魔術師さん」
玄関付近でウロウロしている魔術師さんの背中をレックス様がどん、と押した。
お母様がぎゅっと私の袖を掴む。
「あ、えと、お邪魔……します……」
「ど、どうぞ……」
私の後ろで少女のように顔を赤らめている母は、まるで初恋をしたみたいに可愛らしい。
……娼婦……だったのよね?
「セリーナ嬢、お茶貰っていいかな」
「はい! どうぞ中へ!」
レックス様が微動だにしない魔術師さんを引っ張って中に入れてくれた。
母も私のそばから離れようとせず、三十も半ばを過ぎた二人よね? と頭にハテナを浮かべながら応接室へ移動した。
「お、お茶でございます」
「ど、どうも、お構い無く……」
緊張でカップを出す手が震えている。
受け取った母も、カップを持つ手が震えている。
って、何で魔術師さんがお茶を淹れているのだろう。そこは母が淹れるべきではないのだろうか。
「なぁなぁ、あの二人、恋人同士なんだよな?」
「そのはず……だけど」
レックス様もまるで初恋同士の二人に呆れたように目を細める。先程から向かい合わせでソファに座ったまま、俯いているのだ。
感動の対面はどこへ行ったのだろう。
「っぁっ」
「危ない!」
そこへ母がカップを持つ手の力が入らなかったらしく、つるりと手から零れ落ちる。咄嗟に魔術師さんが放った魔法で中身を凍らせ、更にカップを受け止めた。
が、そのまま勢い余って母に倒れ込み、覆い被さるような態勢になってしまった。
そのままソファに押し倒した形になる二人は熱く見つめ合う。
どちらともなく名前を呼び合うと、引き寄せるように抱き締めた。
「セシリア……セシリア! ようやく、会えた……」
「ん……。お帰りなさい。生きててよかった」
「ごめん。待たせてしまった。待たせて、その間に辛い思いをさせてしまった。死んで詫たいけど死んだら離れるから死ぬ以外で償うから」
「いいのよ。こうして帰って来てくれたんだから、許すわよ」
ボロボロ泣きじゃくる魔術師さんの頭を撫でながら、母も涙ぐんでいる。
「もう離れないから。嫌だって言っても、追跡魔法掛けて追い掛けるから」
「私は逃げないわよ。あなたこそ……私でいいの? あれから十年経ったし、もう若くないわよ」
魔術師さんは涙を拭って母に口づける。
「セシリアがいい。いくつになっても、一緒にいたい」
何度も何度も、口づける。
それが段々と深くなり、甘く蕩けるようなものに変わる。
「俺たちお邪魔虫だな。……別の部屋に行くか」
「そうですね。話は二人の気持ちが落ち着いてからにしましょう」
再会した二人の夜は長いだろう。
私も久しぶりだから話したい事もあったけれど、十年離れていた恋人には敵わない。
私たちはそっと応接室から抜け出した。




