47.忠犬魔術師
「よーし、じゃあ今から帰るから」
言うなりアーヴァインさんは空間を切りあらゆる物をぽいぽいと詰め始めた。
「ちょ、ちょっと、帰るってユーステルに?」
「うん。セシリアが待ってるから」
「え、待って。待って待って。魔道具は? 兄様にせめて一言」
「あー……まぁ、そうだね、挨拶はすべきだよね」
あまりの展開の早さに反応が追い付かず、フィリス様が慌てて止めた。
確かにモニカ殿下の不貞により再度戦争になりかけたのを止めた方だし、有用な魔道具作りの名人としてハルヴィアにとっても貴重な魔術師になっていても不思議ではない。
そんな方が記憶が戻ったから帰りますと言われても、はいそうですかさようなら、とはならないだろう。
「じゃあ先に城に行っててくれる? はい、そこの魔法陣に乗って。じゃあ魔法かけるね。また後でね。片付けたらすぐに行くから」
というわけで、あっという間にハルヴィア王宮の滞在している室内に帰還した。
「うわっ? どこから現れた?」
「ラファエル殿下」
「なんつーか、魔術師ってみんなああなんすかね」
「アレは規格外だわ。私も驚いたというか、引いたわ」
急に室内に現れた私たちに驚いたラファエル殿下に先程までの経緯を説明した。
「そうか。魔術師に無事会えたんだね」
「はい。記憶も戻ったのかな? 母に関連する事は本当に記憶喪失だったのか疑わしいくらいなんですが」
記憶喪失のはずなのに、何をしても起きなかった方が母の声を聞いただけで起きたし、母の名を出しただけで忠犬のように反応していた。
レックス様が名前を呼んだだけで睨みつけていたし私という娘がいただけで落ち込んで、オルコットの名を受け継いだと知った途端、母を妻と認識して記憶が戻ったらしい。
ちなみにアーヴァインさんはオルグレンのまま死亡届が出されたので、厳密にいえばまだ結婚はしていない。
「まあ、何にせよ見つかってよかった」
少し寂しげなラファエル殿下の様子が気に掛かる。
ラファエル殿下も母を思ってくれていた一人だ。
「私は兄様に報告してくるわね。ラファエル殿下、御前を失礼いたします」
「ああ、ありがとう」
フィリス様には短い間だったけれどお世話になった。彼女の魔法が無ければ裏の森に入れず、魔術師さんとも出会えなかった。
ちなみに魔法の効果は既に切れている。
魔術師さんがユーステルの者が入れた理由を聞いたら、何だか悔しそうにしていた。
「魔術師殿が帰還したら、いよいよ姉を断罪するのか……」
「断罪というか、王家の罪を暴く事になりますね」
モニカ殿下の生まれを暴けば、王妃殿下の罪が明るみになる。
私たちはそれをハルヴィアとの外交問題として取り上げるつもりだ。
王妃殿下はもちろん、もしも国王陛下も知っていたなら同罪だ。
王家の血筋ではない女性を和平の証として嫁がせたのだから。
「今の状態はヘンリー殿下が魔術師を気に入って助言を聞き入れてくれたから辛うじて繋がっているだけだからな。言わずともこちらの対応を見られていると思っていいだろう」
もしかすると、ヘンリー殿下のところでモニカ殿下の事をストップしている状態なのかもしれない。
いや、そうでなくともヘンリー殿下の側近と不貞して離婚だった。和平の証をそのように裏切った方が今も王女としているのは我が国の手本としてどうかと思う。
愛人を作る事は後継を儲けてお互い話し合ってからと推奨されている。
正妻の生んだ後継者に絶対的な権利を認め、庶子は認められないからだ。正妻の知らぬうちに愛人に出産させるなど、順序も守れない恥ずかしい大人として見られるのだ。
女性側も同じ。
夫の許可なく愛人の子を生むなど言語道断。お家乗っ取りと言われても仕方がない。
「王家の乗っ取りは重罪ですね。それが三十年以上も見過ごされ、国王陛下も見逃しているのは違和感があります」
「ああ。父上は姉上を溺愛している。私たちにもそれなりに接してくれているが、姉上に対する態度に比べれば温度差があるな」
子どもは親の態度をよく見ている。
生まれた時から庇護してくれる絶対的な存在として盲目的に慕ってしまう本能はあるが、成長し周りと自分の格差を知るとその霧が晴れるように親に疑問を持つようになる。
それでも信じたい気持ちはあるが、特に兄弟姉妹がいれば今まで自分が受けてきた仕打ちと、兄弟姉妹に対する態度に違いがあれば疑いは確信に変わっていく。
それは私も受けていたからよく分かる。
「だが、流石に托卵されていたと知れば、父上も黙っていないだろう。もし仮に知っていたとしてその態度ならば、ハルヴィアを謀ったと追求できる」
どちらにせよ王家の存続が危ぶまれる。
それを知ってなお、ラファエル殿下は真実を明るみにすべきと仰ってくれた。
「皮肉だね。こういう事になって初めてセシリア様との未来の可能性が……いや、姉上がセシリア様に害をなした時点で私の可能性は無いな」
「諦めろ。セシリアは俺の妻だから、最初からお前に可能性は欠片も無い」
いつの間にかラファエル殿下の後ろに魔術師さんが立っていた。
「お前に罪は無いが、モニカの血縁で生まれた事を嘆くがいい。俺はあの女を許さない」
上から見降ろす様は、恐ろしい程に気迫がある。
ラファエル殿下も魔術師さんを凝視している。
『こらー! アーヴァイン、ラファエル殿下は私を助けてくれた恩人なの。失礼の無いようにしてちょうだい』
タイミングよくペンダントから母の声がした。
魔術師さんは先程までの気迫を霧散させ、ペンダントの方へ駆け寄ってくる。
「ご、ごめん、セシリア。だってクソ女の縁者だろう?」
『それでも、ラファエル殿下は病気になって場末の娼館を追い出された私を見つけてくれてモニカが手を出せないところに匿って下さったの。病気だったから助かったわ』
「でも……」
『ラファエル殿下がいなかったら、あなたに再会できなかったかもしれないわ。セリーナとも会えなかった。だから、彼にはとても感謝しているの』
母の言葉に魔術師さんは表情を整える。そして向き直り、ラファエル殿下に頭を下げた。
「ラファエル殿下、大変失礼致しました。私がいない代わりに守って下さった事を感謝いたします。これからはセシリアも、その娘も、私が守りますのでご安心ください。あ、クソ女だけは潰しますのでご容赦ください」
「……ああ。セシリア様を頼みます」
魔術師さんは基本的にはモニカ殿下に関係する人間は嫌いだが、母に関すると忠犬のようになってちょっと面白い。
「それと、もう一人。セシリアの妹もヤるけどいいかな」
穏やかに微笑みながら言うから、ヘンリー殿下と気が合うかもしれない、と思った。
「セシリアの姪って事は、あんたの本当の母親になるけど」
「構いません。私は今母の娘なので。ただ、祖母だけは助けていただけると助かりますが……」
『セドリックも』
母の声に、胸がギュッとなった。
『アデライン様が必死の思いでアークライト公爵家を守ってきたの。あと、アーヴァインの仲間。今はチェスターと一緒にいる』
「分かった。セシリアが言う人は守る。後はヤる」
いつの間にかセドリックと仲良くなったんだろう。それがちょっと寂しい。
『セリーナ、全部終わったら二人で暮らす約束だからね』
「はい……はい!」
私の気持ちを見越したように、母は嬉しい言葉をくれた。
それだけで嬉しくて目頭が熱くなる私は単純だ。
「では、ヘンリー殿下に挨拶したら帰還しましょう」
ラファエル殿下の言葉に、魔術師さん以外の皆が力強く頷いた。
「そこは三人だろう?」
ブツブツと言っていた魔術師さんは、とりあえずおいといた。




