46.すんごい誤解
『アーヴァイン? ……えと、記憶が無いんだっけ。初めまして、セシリアと申します』
「セシリア……」
魔術師さんの赤い瞳から次々と涙が溢れていく。
ペンダントに縋るように近付き、愛おしそうに見ている。
『有能な魔術師であるあなたにお願いがあります。とある女性を断罪するために、あなたが開発したという血筋を表す魔道具をお借りしたいのです』
母の言葉に魔術師さんがピクリと反応した。
流れていた涙はピタリと止まり、ペンダントを睨んでいる。
「理由は何?」
『え、と。話せば長くなるのですが』
母は豹変した魔術師さんに、今までの自分の人生を語って聞かせた。
改めて聞いても酷いと思う。フィリス様も母の不幸の元凶にあるのがモニカ殿下と知り顔を歪めていた。
『それで、一度は生きる事を諦めたのですが、そこにいる娘のためにももう少し頑張って生きようと決めたのです』
母の言葉に少しだけ目が潤んでしまう。
呪いのせいで余命宣告をされ、全てを諦めてしまった母。
でも私と一緒に未来を見てくれるなんて、と泣きそうになった。
「一つ、聞くが、あんたの父親は健在か?」
「え? 私の父……? ええ、まあ、そうですね。たぶん元気なんじゃないでしょうか」
最近会って無いからたぶんとしか言えないけれど、まあ何だかんだしぶとく生き残りそうな気はしている。
「そうか……。そう、か……」
魔術師さんはどん底に落ち込んでしまい、何と声を掛けたらいいか分からない。
記憶は無いはずよね?
『あの……それと、あなたが掛け続けてくれている守りの魔法も解いていただきたく……』
「守りの魔法? ……ああ、ずっと掛け続けなきゃってやつ。迷惑……だよな、そう、だよな」
更にどん底に落ちてしまった魔術師さんの瞳に、再び膜が張っていく。
「あのー、差し出がましいようなんですが」
「レックス様?」
「たぶん、お互いにすんごく誤解をしてると思うんですよ」
苦笑いしているようなレックス様は、ペンダントに語り掛けた。
「あー、セシリア様」
「名もなきモブがセシリアの名を呼ぶのか?」
「後で怒られますんでちょっと黙ってください話が進みません」
レックス様に睨まれて、しゅん、とする魔術師さん。フィリス様の好きという感情はとっくに冷めている気がする。
「えー、まず、さっきセリーナ嬢を魔術師に紹介したのは、ハルヴィア王家の親戚にあたる、えーと」
「フィリスと申します。セシリア様、はじめまして。ヘンリー殿下……第二王子とは従姉妹にあたります」
『え? あ、は、はじめまして……』
「ちなみに彼女は魔術師の小屋まで案内してくれた魔術師で、魔術師と恋人とか妻ではないので誤解しないように」
レックス様の言葉に、フィリス様は力強く頷いた。
まあ、うん。今の魔術師さんを見れば、ね。
『そ、そうな、の? 私てっきり……』
「自分に恋人や妻はいません。記憶が無いのですが、故郷に恋人とかいたら恋人に失礼でしょう? あ、いや、故郷にはいるかもしれませんが、今はいません。あ、でも」
「はいはい、それは後でやってくれ。んで、肝心な事を言うぞ」
魔術師さんと母は同じタイミングでごくりと唾を呑み込んだ。
「セリーナ嬢は、セシリア様の姪にあたる。つまり、セシリア様が生んだ娘ではなく、養女だ」
レックス様はそんな当たり前の事を真剣に話し出した。
フィリス様もきょとんとしている。
私も何をそんな当たり前の事を、でも今は私の母だけれど、と口を開きかけたところで魔術師さんが首を傾げた。
「え。つまり? え、でも父親いるって。元気って」
「そうですね。……今は父の籍は外れて、母の籍に入っています」
「え? じゃあ、父は今一人?」
「いえ、生みの母と離婚はしていないはずですが……」
そう言うと、魔術師さんの顔が険しいものになった。
「だぁかぁら! セシリア様は生涯独身。アーヴァイン・オルグレンが亡くなったと聞かされた時、貰った爵位を彼の両親から譲られてオルコットを名乗っている。セリーナ嬢はセシリア・オルコット様の養女になった。分かりますか?」
「え、じゃあ、セシリアは俺の嫁……?」
ポカーンと全員が口を開けた瞬間、魔術師さんの瞳が見開かれていく。
「思い……出した。セシリア……セシリア! 俺だ、アーヴァインだ。ごめん。何か狙われて、身を隠すために死んだ振りをして……」
『アーヴァイン……? 記憶が戻ったの……?』
「ごめん。絶対に助けるって言ったのに、約束守れなかった。何年経った? 十年、十年も、俺……」
土下座せんばかりの勢いのアーヴァインさんは、ペンダントに向かってずっと謝っている。
『本当に、アーヴァイン? 生きていてくれたの?』
「セシリア……うん。生きてた。元から死ぬつもりはなかったよ。でも記憶喪失で時間無駄にした。ごめん……」
ああ、ここにいるのが母だったら。
そうすればきっと感動の再会ができたはずだ。
ペンダント越しに話す二人がお互いに会いたい気持ちを押さえているのが分かる。
『いいのよ。最近眠れてる? ってさっき寝てたわね』
「うん。娘さん見たら懐かしくなって、安心してちょっと寝た。けれど、よく見たら全然違った。娘さんの瞳は紫だった。やっぱりセシリアの隣がいい」
『そうね。……あなたに恋人も妻もいないなら、添い寝くらいはしてもいいわよ』
最後の方は声が小さくなった母は、何だか可愛らしい。
アーヴァインさんは感無量といった感じで感動の涙を流している。よく泣く人だ。
「セシリアは俺の作った魔道具がいるって言ったね」
『ええ』
「分かった。すぐ帰る。それで全部終わらせて今度こそ……」
そこまで言って、アーヴァインさんは口を閉じた。
「やっぱちゃんと目の前で言いたいから帰ってから言うね。だから、ちゃんと待ってて」
そう言ったアーヴァインさんの表情はとても柔らかだった。
『ん。……待ってるから、今度こそ帰って来て』
母も照れくさそうに、けれども素直に口にする。
それを聞いたアーヴァインさんの行動はとても早かった。




