45.マイペース落差
白く長い髪は、無造作に三つ編みにされている。
隈のできた瞳は、充血しているせいか元々赤いせいか分からないが、濁った血のような色だ。
髭もぼうぼう生えていて、フィリス様は本当にこの方が好きなのか、とチラッと見てしまった。
「セリアン……もう少し清潔感を大事にした方がいいと申し上げましたわよね? なんですかその汚らしい風貌はぁああああ!!!!」
「……うるさい。三日寝てないんだ頭に響くから静かにしてくれ」
眠そうな目をしてフィリス様をギっと睨む様は、本当に母が愛する魔術師さんで間違いないのかと怯んでしまう。
「……なんだ? 部外者を連れて来たのか?」
「あなたに用があるそうよ」
眠そうな目がゆっくりとこちらを捕らえる。
三秒程見つめられ、思わず息を止めた。
後ろでレックス様が柄に手を添えた音がする。
「……ちょっと待って。上がってその辺にいて。帰らないで。すぐ戻るから、帰らないで」
赤黒く濁っていた瞳に光が戻り、魔術師さんは奥に引っ込んでしまった。
フィリス様も呆気にとられ、しばらくその場に立ち尽くしていたがとりあえず入って待とう、という事でお邪魔させてもらった。
中に入ると魔法陣が描かれた書類や魔法書が乱雑に散らばり、一歩足を踏み出せば魔道具の欠片に足を取られる。
レックス様に支えられながら慎重に足を動かさなければならない程に足の踏み場もなくて困ったが、人様の部屋を勝手に片付けるわけにもいかない。
「どこで待てと言うのかしらね。来なさい。こちらの方が幾分マシなはずよ」
フィリス様は勝手知ったる他人の家と言わんばかりに小屋の奥に進んで行く。
「抱っこして行こうか?」
「だっ!? い、いえ、結構です!」
レックス様がまたからかうように言うから、足元を見ながらフラフラしつつ奥へ向かった。
フィリス様の言う通り、奥にある一室はすっきりとしていて、むしろ使用感が無いと言っていいくらいだった。
ベッドとテーブル、使われていない風のソファがある。
それらは無駄に豪華で、この家の外観とすればなんだかあべこべの印象を与えた。
「こちらにいたのですね。先程は失礼いたしました。私の名前はセリアンと申します。魔道具作りを生業とした魔術師です」
そこへやって来たのは、湯浴みをしてきれいサッパリした推定魔術師さんだった。
髪はしなやかでサラサラヘアーを緩く三つ編みして前に流し、ぼうぼうと生えていた髭は剃り残しも無く整えられている。
大事な部分が隠れていればそれでいい、とでも言いたげな汚れた服は清潔感あふれる服装に変わっていた。
「え、と……」
「どうされましたか?」
「あなたの変わり様に誰もが言葉を失っているのよ」
「ああ、失礼いたしました。私、魔道具を作っておりますが、集中すると周りが見えなくなると言いますか」
照れっとしているが、あまりの変わり様に何と言ったらいいか分からない。
というより、警戒心が行方不明だ。
先程までのすべてが敵とみなしたハリネズミはどこへ行ったの?
「しかし、あなたを見た瞬間、全てが色付いたと言いますか。何故か懐かしい気がして……」
そう言った魔術師さんの瞳が伏せられて、完全に沈黙してしまった。
と思ったら静かな寝息が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと、セリアン? あなたまさか寝る気?」
「え? あ、ああ、すみません。こちらの女性を見ていたらものすごく眠くなってきて……少し寝ます」
魔術師さんは有無を言わさずソファに座ったまま寝息を立て始めた。
確かに三日寝ていないと言っていたし、湯浴み後に強烈な眠気に襲われる事はよくある。
ぷぅぷぅと寝ている姿は全く警戒心が無く、穏やかな表情をしていた。
「信っじられない。こんな……こんなやつ、ゲンメツよぉおおおお!!!!」
フィリス様の絶叫に、私は心の中で母に問うた。
お母様、この方マイペースすぎませんか?
結局一度寝たら何をしても起きないタイプらしく、私たちは魔術師さんの目覚めを待つ事にした。
「まぁ、なんだ。とりあえず魔術師が見つかったって、セシリア様に連絡取ったらいいんじゃないか?」
「そ、そうね」
私はペンダントを取り出し、母に呼び掛ける。
『セリーナ! ちょうど良かったわ。私も連絡を取ろうと思っていたの』
「お母様、見つかりました! 魔術師さん」
『魔術師を……って、本当に?』
喜びを隠し切れない様子の母は、一度深呼吸をする。
『それで、どんな様子なのかしら?』
「ええ、今目の前で……寝てます」
『……は? え? 寝て……寝てる?』
母の戸惑ったような声が、見つかった喜びを遥かに凌駕しているのがありありと伝わってくる。
そうよね、そうなりますよね、とごくりと息を呑むと、ペンダントの向こうで母は笑い出した。
『ふ……ふふふふ、かわ、変わらないわね、相変わらず。記憶喪失だっけ? それでも寝るなんて』
彼の行動が母のツボに入ったらしく、しばらく母は笑い転げていた。
「……この声は……」
その声に反応したらしく、魔術師さんが目を覚ます。
そして声の発生源であるペンダントを見て、ぎゅん、と近寄ってきた。
「これは……魔力を流すと通信機器になるやつではないか? 誰だこんな素晴らしい魔道具を作ったのは」
「え、とこれは母が恋人から貰った物で」
「恋人……? こいびと? え、母? え? ……母……?」
魔術師さんは何故かショックを受けた顔をしている。
何かまずい事でも言ったかな……
「あなたが寝ちゃったから言えなかったけれど、こちらのお嬢様はセリーナ・オルコット様。あなたの記憶の手掛かりを知るセシリアさんの娘よ」
魔術師さんの瞳がゆっくりと大きく見開かれていく。
「セシリア……」
母の名を紡いだ途端、彼の瞳から滂沱の涙が溢れた。




