5.目を逸らしていた本音
「私を探していたと言っていたわね。何かあったの?」
伯母がいる離れを出てすぐ、祖母に聞かれた。
何と言おうかと躊躇っていると、楽しそうな声が耳に届く。
「ふっ、ふふふふ、もう、ローランド様ったら本当に?」
「ああ。それで……──」
発生源はバラ園の四阿で、正直まだいたのか、と小さく溜息を吐く。
祖母も気付いたようでゆっくりと近付いて行くのを慌てて止めた。
「どうして止めるの?」
「あ、あの……」
怪訝な顔をしたまま、祖母は何も言わない私の手を離し二人に近付いて行く。
ハッとして、再び祖母の手を引いた。
「私……が、体調が悪いからシェリーに任せたの」
嘘を吐いているわけじゃないのに、手が冷たく小さく震える。怒られるかもしれないと思って、顔を上げる勇気が無い。
少しの間か、永遠と思える程の時間が経過して、上から小さく溜息が聞こえて肩が跳ねる。
同時に心臓も早鐘を打ち、目頭が熱くなって祖母の手を握る力が少し強くなった。
「……今のままだと、また同じ事になるわ」
「……え?」
小さく呟いた祖母を見ると、悲しそうな顔をしている。
祖母にも見捨てられたらどうしよう。
そう思っていると、祖母は私の手を引いてバラ園から遠ざかり、再び離れの近くまで連れて来た。
「ここなら誰にも邪魔はされないわ。セリーナ、今一度聞くけれど、あなたはこのままでいいの?」
「このまま……とは……」
「公爵令息が、シェリーと仲良くしてもいいの? 彼はあなたの婚約者でしょう?」
心臓がドクン、と一際大きな音を立てる。
ローランド様が来られた時、私より先にシェリーが話し掛けたためまともに話せなかった。
今日だけじゃない。ここ最近ずっとだ。
「仲良くするのは悪い事じゃないわ。だって、将来義理でも家族になるのでしょう?」
家族円満でいるために、家族が仲良くするのはいい事だ。
そう、思いながらズキズキ痛む胸を庇うようにドレスをギュッと掴んだ。
「……そうね。家族ならね……」
──間違った答えだったのかもしれない。
祖母は悲しい表情のままだ。
飽きられた? 見捨てられる?
どうしたらいいのだろう。
だって、嫌だ、したくないなんて言うのはワガママだ。
淑女として、辛い事があってもいつも笑顔でいなければならない。
『嫉妬なんて醜いわ』
誰かがそう言っていた。
他人を羨んじゃだめ、妬んじゃだめ、広い心で、清く、正しく、前を向く。
それが淑女だから、と。
いつの間にか濡れた頬が熱い。
いや、風に晒されて冷たくなる。
違う、雫が流れたところだけ熱い。
「セリーナ……」
祖母は痛ましげな声で私を呼び、抱き締めてくれた。
誰かに抱き締められたのは、いつ以来だろう。
両親が私を抱き締めてくれた事はあっただろうか。
記憶を辿るが、思い出すのはいつも後ろ姿ばかりだ。
どうしてだろう。私が何をしたのだろう。
「私……私……」
嗚咽に紛れて声を振り絞るが震えて上手く言葉にできない。
苦しくて、息も吸えなくて、はしたないから泣きやまなきゃ、と思っても次から次へと溢れてくる。
「大丈夫よ。言ってご覧なさい。あなたが思っている事を」
祖母が頭を撫でながら、穏やかな低い声で続きを促す。
「私……私が、婚約者、なのっに、ふぅうー……シェリー……シェ……が……っ、けど、仲良くするのはいい事なのっ。それをっ」
この先の言葉は言っていいのだろうか。
間違っているのではないだろうか、と唇を噛んで喉元まで出掛かった言葉を封印する。
「いいのよ。お祖母様しか聞いていないわ。言って」
嗚咽を呑み込み、けれども溢れて止まらないモノを吐き出すかのように、私は口を開いた。
「どうして? どうしたら私を見てくれるの? どうしてお父様はシェリーやセドリックには話し掛けるのに、私には目もくれないの? どうしてお母様はシェリーばかり構うの? どうして……私を……いないみたいにするの……っ……」
二人と容姿が違うから?
物語のお姫様のように、シェリーみたいな金髪じゃないから?
ローランド様も、シェリーの方がいいの?
どうしたら見てくれる?
どうしたら愛してくれる?
「私はっ、ただ、見てほしいの。シェリーやセドリックじゃなく、私を見てほしい。でもっ、それを言える事は無いわ。だって、誰も私を見ていない。話を聞いてくれない。私はここにいるのに……! 目の前にいるのに……」
今まで見て見ぬ振りをしていた事を吐き出して、私は淑女という事も忘れて泣き叫んでしまった。
祖母は黙って抱き締めたまま頭を撫でてくれている。
しばらくして嗚咽が収まり、私を抱き締める祖母の腕の力も緩くなる。
「ごめんなさい、お祖母様。はしたくも泣き叫んでしまって……」
「いいのよ。あなたの本当の気持ちを知れたから。……そうね。あの子たち……あなたの両親があなたを……無視ではないけれど、極力見ないようにしているのは気付いていたわ」
涙を拭いながら、祖母は残酷な事を告げる。
胸が小さく痛んで、止まりかけた涙がまた溢れ出してきた。
「愛していないはずはないと思うの。我が子ですもの」
「……いいえ、お祖母様。嘘を吐かなくていいわ。私は誰からも愛されない。お父様も、お母様も、私がいなくなっても気にしないわ」
再び声を上げて泣きじゃくる。
今までこんなに泣いた事があったかしら。
今の私はきっと世界の中でも不幸な人になるのではないかしら。
「セリーナ……」
狼狽える祖母を見て、涙を引っ込めようとするが逆に溢れて止まらない。
知らない振り、見えない振りをしていた心は、いつの間にか沢山傷がついていたみたいに痛い。
そんな私を嘲笑うかのように、ばん! と近くで大きな音がした。
その方向を見ると、先程体調が悪いと横になったはずの伯母が、顔色悪く睨んでいた。
「さっきから……ビービービービーうるさくて眠れたものじゃないわ……」
静かで低めの声音は、憤怒が宿っている気がする。
伯母は病気だ。病気の人の近くで騒ぐなんて、人としてどうかと思う、と自分の事ながら恥じ入った。
「も、申し訳ございません……」
すっかり恐縮してしまい、涙も引っ込んでしまった。
大きな溜息まで聞こえて、また泣きそうになるが必死に堪える。
「……まあ、いいわ。目が覚めたし、あなたの話を聞かせて。これでもあなたより長く生きているの。人生経験はそれなりにあるわ」
伯母は黒い髪を掻き上げながら私たちを離れに入るように目配せをした。
それを見て私と祖母は離れの奥に入って行く。
だが伯母は玄関を開けたまま動かなかった。
「伯母様?」
「……なんでもないわ。奥に行きましょう。感染対策はバッチリよ」
ウインクしながら奥へと行くが、伯母が何を見ていたのかが気になった。




