42.すれ違う運命
ヘンリー殿下はモニカ殿下を愛していた。
だが魔術師の諫言により結局は離婚してしまった。
その魔術師はどんな人なのだろう。
どうしてモニカ殿下はダメだと思ったのだろう。
「魔術師の方はどんな方なのですか?」
「研ぎ澄まされた刃のような人だよ。記憶を失ったのに誰も信用していない、まるでハリネズミみたいに常に警戒している。だから私も放っておけなくてね」
ヘンリー殿下は生来のお人好しなのかもしれない。
素性の知れない魔術師を保護したり、モニカ殿下を愛したり。
それで裏切られてしまった事には同情するが、王子なのにそれでいいのか、とも思ってしまう。
「でも、魔術師さんはヘンリー殿下を慕っているのでしょうね。そんな方が忠告してくれるって滅多に無いと思うのです」
「そう……かな。そうだといいなぁ」
へら、と笑ったヘンリー殿下は、おっとりしていて優しそうな気がして釣られて頬が緩む。
「まあ、モニカを寝取った側近は断種の上娼館に売ったんだけどね。あ、勿論彼が受け入れる方ね。これも魔術師の助言なんだけどね」
前言撤回、恐ろしい方だ。表情も変えずにのんびりとした口調で言うのだから、モニカ殿下が無傷で返された事は奇跡としか言いようが無い。
「裏切ったモニカを理由に再度戦争を仕掛けようかとも思ったんだが、魔術師が戦争が理由で記憶を失ったらしくてね。『また行かねばならぬのか?』と心底嫌そうな表情で言われたからやめたんだ」
ラファエル殿下も詰めていた息を吐いた。
生きた心地がしないだろう。知らず、その魔術師には大恩ができてしまったようだ。
「不思議な人だよね。従兄弟の子が彼に惚れて通っているんだが、相手にもされないって嘆いていたよ」
私たちもその魔術師に会いたくなってきた。
彼の持つ血筋を示す魔道具があれば、公の場で血筋を示し、母を嵌めたモニカ殿下を断罪できる。
勿論、罪を示す場を得るためにはラファエル殿下はじめ王族の方の許可をいただかねばならないだろうが。
ヘンリー殿下の前を辞し、三人で魔術師に会うための作戦を練る。
「義姉に言われた魔術師と同一人物だろうな。……我が国はこんな有能な魔術師を戦争に向かわせたのか」
「有用な魔道具作りの魔術師を理由無く行かせたならば、売国行為と取られても仕方ありませんね。魔術師がどこかで人間不信になるのもなるべくしてなったかと」
「兄上は何を考えていたんだ……。父上から王位を譲られないのはそういうところを見越しているんじゃないのか」
国王陛下は祖母と同じ年だから、齢六十になろうとしている。
その頃には王太子に道を譲る場合が多い。だが未だに現役だ。
「とにかく、その魔術師に会って魔道具を借りましょう。早速裏の森に行きますか?」
「そうだな。セシリア様の病状も心配だし、早めに戻りたい。疲れていなければ行ってみよう」
私たちは強く頷いた。
と同時に、母から貰ったペンダントが淡く光り出す。
「えっ? 何かペンダントから声がしたのですが」
『セリーナ?』
ペンダントからした母の声に嬉しさが込み上げて来る。祖国を出発してから数週間しか経過していないのに、何もなし得ていないのに、もう既に帰りたくなってくる。
「お母様ですか?」
『ええ。セリーナ、元気にしていた?』
「わっ! 本当にお母様? 私は元気です!」
『怪我はない? 病気してない?』
「大丈夫です。あ、ラファエル殿下とレックス様も元気ですよ」
目の前にいる二人に目配せをすると、目を瞬かせてきょとんとしていた。
「何をペンダントに話し掛けているんだ?」
「今、お母様とお話できているみたいなんです」
「セシリア様と?」
ラファエル殿下の瞳が輝き、頬に赤みが差した。
唇を真一文字に引き結び、軽く咳払いをしてペンダントに向き直る。
「セシリア様ですか? ラファエルです。お加減はいかがですか?」
『殿下、ご無沙汰しております。今はいい感じでして。そうです。呪いが解けそうなんですよ』
母の呪いは、現在内で守りの魔法が効いているらしい。呪いと守りが拮抗する中で身体に負担があるため、体調が悪くなり血を吐いたらしい。
「では、セシリア様の病気は治るのですね?」
『おそらく。ただ、呪いを解呪するためにある人をハルヴィアで探してほしいのです』
「そういう事でしたら、喜んで。ちなみにどちらの方を?」
『アーヴァイン・オルグレンです。彼が生きているかもしれなくて』
「……え……」
ラファエル殿下の表情が一瞬にして強張った。
先程まで希望に満ちていたのに、固まったまま動かない。
「その方ってもしかして、お母様を身受けするはずだった方ですか?」
『そうなの。もしかしたらハルヴィアにいるかもしれないから、彼を探してほしいの』
「分かりました。私たちにお任せください」
それから母と少し話して通話を終了した。
「同一人物だろうな。手間が省けていいや」
「そうだな……」
ラファエル殿下は微笑んでいるが、明らかに意気消沈している。
アーヴァインさんが生きていて、不都合でもあるのだろうか。
「ラファエル殿下、元気がありませんが、アーヴァインさんが生きているかもしれない事が気に掛かりますか?」
「え? あ、ああ、いや、大丈夫だ。有能な魔術師が生きているならいい事だ。……うん。……ハァ」
絶対に何かあるじゃない。
ここで裏切られてはいけないから、私としてはハッキリさせておきたい。
「ラファエル殿下、私は魔術師さんを見つけて必ず連れて帰ります。母にも会わせます。私は母に絶対に幸せになってほしいのです」
「ああ。それは私も願っているよ」
ラファエル殿下の表情は真剣そのものだ。
少なくとも母を害する事は無いと思わせてくれる。
「セリーナ嬢、あんた相当鈍ちんだな」
「え?」
「ラファエル殿下にとって、魔術師はライバルなんだろうよ」
「ライバル、って、ラファエル殿下は魔術師なんですか?」
レックス様は肩を落とした。
ラファエル殿下は苦笑いをしている。
「いや、……ああ、セリーナ嬢は私が愚姉側に寝返ると思っているのかな?」
「そういうわけではありませんが……、魔術師さんに何かするなら私も考えがあります」
きっと睨んでサムズアップしてみせるが、レックス様の「ぷふっ」という笑い声が聞こえた。
「大丈夫だよ。私はセシリア様を裏切らない。私たち世代の憧れだったんだよ、彼女は」
聞けば母は誘拐される前、社交界で中心となる人物だったようだ。
女性陣は手本にし、男性陣は憧れた。
王太子妃候補としても名を挙げられたそうだ。
「そんな彼女だったから、駆け落ちしたと誰も信じていないんだよ。早くに探していたんだが、何故か見つからなかった。ようやく見つけた時には娼館に売られた後だった」
ラファエル殿下……というより、王族が娶るためには、女性側の純潔が必須だ。ならばと臣籍降下も視野に入れていたが、王太子殿下の素行に問題があるとして、国王陛下からの許可が降りなかった。
それならば愛妾として身受けしようにも、モニカ殿下と私の生みの母の関与を疑って王家に招き入れられなかった。
そうこうしているうちに母に身受けの話が出て一度は諦めてしまったらしい。
だがアーヴァイン様が前線に行かされ、帰らぬ人となってしまった。
そのためもう一度と娼館に行ったが、身受けの代金を既に支払われていたため娼館の主から拒否された。もしかしたら帰還するかもしれないから、と希望を捨てきれなかったとか。
母もそういう精神状態ではなく、回復を待つうちに摘発されてしまい、今度こそ行方不明になってしまった。
「だからね、私は愚姉が許せないんだよ」
間が悪いというか、すれ違いすぎるというか、ラファエル殿下と母は結ばれない運命にあるのかもしれないと思うと少し悲しくなってしまった。




