41.第二王子との邂逅
私たちが祖国を出発してから二週間程で、隣国ハルヴィアへ到着した。
時折野宿をしたが、帯同していた魔術師が魔法で馬車の内部を拡げてくれたので、私とラファエル殿下を始め、侍女などは割と快適に過ごせていた。
ただ、レックス様は護衛という事もあって、外にいる方が多かった。
「レックス様もこちらにくればいいのに」
「いえ、魔術師が結界を張ってくれましたが、侵入を防ぐために外にいます」
とか何とか言いながら、レックス様は外にいる他の護衛と語らう事が好きらしい。
確かに護衛の仕事は外にいないとできないだろうが、彼らは基本的に野宿だから疲れてないか心配だった。
「疲れたら早めに教えてくださいね」
「お気になさらず。それより早めにお休みください」
レックス様は馬車の扉をピャッと閉めてしまわれた。彼はどうも我が道を行くタイプらしい。
ちなみに剣の修行は早々に断念した。
練習用の木剣すら持てなかったため、レックス様も「そら見たことか」と笑われた。
いや、正確には表情は動いていない。私が勝手にそう感じた事だ。
「まさか練習用の剣すら持てない人間がいるとは思いませんでした」
真剣に感心していたので煽っているのかとも思ったが、どうやら彼は本当に驚いたらしい。
「そうやって無自覚に人を馬鹿にするのはやめた方がいいですよ」
悔し紛れに言うが、こてんと首を傾げたまま無表情で見つめられた。
ラモーナ様は表情豊かなのに、息子に感情をお与えにならなかったのか。いやむしろ息子の表情をラモーナ様が吸収してしまわれたのか。
見返すために筋トレをしようにも、すぐにバテてしまうため、別の道を模索中だ。
そんなこんなでハルヴィアへ向かい、特に何事も無く到着した。
「やあやあ、よく来たね。遠路はるばるご苦労様。私はハルヴィア第二王子のヘンリーだ」
にこやかに出迎えてくれたのは、ハルヴィアの第二王子殿下のヘンリー様。モニカ様の元夫だ。
「ご無沙汰しております、ヘンリー王子殿下」
「そうかしこまらないでおくれ。義理の兄弟だった仲だろう」
ラファエル殿下は頭を下げたまま動かず、ヘンリー殿下がそれを宥めている。
ハルヴィアとの戦争を収めるための婚姻だったはずが、モニカ殿下の不貞が原因での離縁だったので、我が国の立場は低い。
現在まだ友好国という方が奇跡なのだ。
「モニカとの事は残念だったが、最初から予想していた事なんだ。別の者を立てればそれで良かったのに、それでも強行したのは私の我儘でもあった。だから気にしないでおくれ」
ヘンリー殿下の言葉に、ラファエル殿下はようやく頭を上げた。
柔らかに微笑むヘンリー殿下は、さらりと流れる薄いエメラルドの髪が印象的な方だ。
今の言葉を思うならば、モニカ殿下の素性を知った上で受け入れた。
もしかすると、ヘンリー殿下は……そう考えてやめた。
愛されていたのにそれを無視して不貞をしたのはモニカ殿下だ。
「そちらのお嬢さんは……」
「初めまして。セリーナ・オルコットと申します。……セシリア・ウィンストン元侯爵令嬢の娘です」
「セシリア……ああ、モニカからよく名前を聞いていた。こんなに大きな娘がいたのか」
ヘンリー殿下の言葉に一瞬胸がざわついた。
モニカ殿下は母の事を何と言っていたのだろうか。
「姉は何と言っていたのですか?」
「ああ。『セシリアがいたから自分は不幸になった』と言っていた。だが逆恨みだろう、と宥めてはいたよ」
本当に逆恨みでしかない。
不幸になった原因が、母にあるわけではないだろう。
自分の幸せを他人に委ねたり任せるのは危険だ。
いつまでも多幸感を得られず、常に幸福に飢えてしまうから。
「申し訳ございません。姉がご迷惑おかけいたしました」
「いや、構わないよ。私も正直、モニカに同調してしまっていたからね」
ヘンリー殿下は寂しそうな表情を浮かべた。
モニカ殿下はヘンリー殿下の愛に気づかなかったのだろうか。
満足できなかったのだろうか。
「ヘンリー殿下は……姉の出自をご存知でいらっしゃいましたか?」
ラファエル殿下の問いに、ヘンリー殿下は目を伏せて膝の上で拳を作った。
「……最初は、ユーステルの公爵夫人から私宛に密告があった。『モニカの血筋に不安があります』と。まだ婚約している時で、モニカを好ましく思っていたから捨て置いたんだ」
我が国とハルヴィアの和平の証としてモニカ殿下は嫁いだ。だから、祖母の密告は割と危ない橋を渡るようなものだっただろう。
だが、血筋を伏せたまま結婚する事はハルヴィアを欺く事にもなる。どちらがいいかは分からない。
「その後、川に流されて記憶を失った魔術師がやって来てね。『あんたは見る目が無いな』と言われてしまった」
ヘンリー殿下は苦笑しているが、やりきれなさが浮かんでいる。
たぶん、一番モニカ殿下を愛していた人だろうと思うとやりきれない。
「やがてその魔術師が、血筋を証明する魔道具を作ったんだ。本人の血があれば、親子の証明ができるらしい。血を垂らすだけで親の瞳の色が分かるが、まだ精度は低いとボヤいていたな」
「その魔道具はどこに?」
「魔術師が持っているよ」
「ヘンリー殿下は……モニカ殿下にそれを使用されたのですか?」
彼はゆっくりと頷いた。
「モニカのご両親は、二人とも瞳は紫だった。だが、片方は碧くなったんだ。それでも、と思ったが、魔術師の勘で、モニカだけは止めておけと言われたんだ。彼からの警告が無ければ今でも愛していただろう」
王妃殿下の瞳の色は紫だ。国王陛下も、同じく。
王太子殿下とラファエル殿下も紫。王家の人間は殆どが紫になると言われている中、モニカ殿下だけは碧眼だった。
もちろん碧眼の王族がいなかったわけではない。
だが、両親となると、疑いようがないだろう。
「その魔術師に会う事は可能でしょうか? 王太子妃の義姉から魔道具をお借りしたいと言伝をいただいているのです」
ラファエル殿下が食い気味に質問する。
ヘンリー殿下は眉を顰めてしまった。
「魔術師は気まぐれでね。こちらで保護しているのだが、裏の森で一人で住んでいてめったに姿を現さないんだ」
「こちらから会いに行く事はできないのですか?」
「ああ。彼は記憶を失っている。ただ、分かるのはユーステル言語を使用しているから、そちらの人間なのだろう。時折できた魔道具を街に売りに行っているようだから、気まぐれに出て来て運良く会えるのを祈るしかない」
有益な魔術師の情報を手に入れたと思ったのに、前途多難のようで小さくため息を吐いた。




