40.始まりの鐘が鳴る
私を追い込んだチェルシーとモニカ。
二人はどれだけの人を不幸にしてきたのだろう。
私だけならまだ流せた話だった。
娼婦になったのも、最初はどうあれまともな娼館に拾われてそれなりに楽しく過ごしてきし、今が幸せだからどうでもいい。
アーヴァインにも会えたし。
ただ、そのアーヴァインを身受けする直前にわざわざ戦地に送ったり、友人を利用して不貞を繰り返すのはさすがに看過できないな。
「分かりました。私にできる事があれば協力いたします」
「ありがとう。味方ができるのは心強いわ」
王太子妃殿下はホッとした表情を浮かべた。
彼女の心痛を思うとチェルシーのしている事は悪夢のようなものだ。
結婚した当初から夫が不貞を繰り返しているなんて、気持ちのいいものではない。
「チェルシーも最初から王太子殿下と結ばれていればよかったのに」
「そうね。でも、あの子に王太子妃殿下は務まらないわ。だから王太子殿下も始めから側妃としてを検討していたそうよ」
「そうなのですか?」
「男に媚を売って若さだけを武器にしてきた女よ。淑女教育もままならないのに、国を統べる者になれると思う?」
王太子妃となるならば、国中から淑女の手本として見られる。
ドレスを着れば流行の元となり、他国を相手に流暢な会話、時に腹芸も見せねばならない。
それを己の感情を優先してきたチェルシーに務まるとは到底思えなかった。
アークライト公爵家も、アデライン様が実権を握っているから回っているようなものだ。
「分かっていて聞くのですね」
「確認がしたかったの。私だけがそう思っているのでは無いのだと」
義姉も言っていたが、チェルシーとモニカの社交界の評判は地の底らしい。
王女と公爵夫人だから誰も何も言わないだけで、相当数が見限っているだろう。
「私は三人への復讐は、あなたが鍵になると思っているわ。まずは魔術師を連れ帰る事。これが一番重要で、とても難しいの」
「我が国の魔術師ならば、帰還命令なり出せば良いのでは?」
「魔術師は王家に保護されているわ。モニカの件があったから、迂闊に刺激ができないの。それにそんな有能な魔術師をやすやすと手放すと思う?」
確かに記憶を失い流れ着いた素性も分からぬが有能な魔術師ならば、保護して囲い込む方がいいだろう。
仕事を依頼すれば持ちつ持たれつの関係ができる。
「だから、魔術師が帰りたくなるように仕向けないといけないわ。魔術師があなたのいい人ならば、あなたをきっかけにもどってくれるかもしれない」
「それはそうかもしれませんが、その魔術師は王太子殿下に命を狙われました。彼の安全確保が先です」
帰還して、また狙われでもしたら今度こそ危ないかもしれない。
もう私の知らないところで危険な目にあってほしくない。
「そこは私がしっかり守ります。腐っても王太子妃なのよ」
王太子殿下にこの方は勿体無いと感じた。
身代わりにするにしてもチェルシーとは比べ物にならない。
つくづく世の中の男性は有能な女性を手放して愛玩だけの女に騙されがちなのね。
「分かりました。ただ、私は身体が弱っているのでハルヴィアへは行けません。ですが私の娘がきっと説得してくれると思います」
セリーナと私は似ている。アーヴァインは警戒心が強いが、きっと彼女には心を開いてくれるだろう。
ペンダントを介して話せたら、私もお願いしてみよう。
「そういえば、王妃殿下の侍女に、私の娼婦時代の姐様に似た方を見つけたんです」
「そうなの? 名前は何というのかしら」
「シンシアと言います。薄紫色の髪に紫の瞳の女性です」
「……ああ、国王陛下の愛妾かしら」
……なんですと?
「国王陛下と王妃殿下は、ここだけの話、あまり仲がよろしくないの。ただ、愛妾と言っても、スパイみたいなものだと思うわ」
「スパイですか?」
「ええ。ずっと警戒していると言うか、うまくは言えないのだけれど、王妃殿下を信用していないみたい」
二人の馴れ初めを思えば、国王陛下の婚約者候補だったアデライン様を蹴落としてその座に収まったはずだ。
最終的に王妃殿下を選んだのは国王陛下。
身も心も王妃殿下に夢中なのではなかったのか。
「国王陛下もアデライン様を信じていれば、今頃満ち足りた日々を送れただろうに……」
「仕方ないのでは? 王妃殿下はチェルシーと似た系統でしょう? 全ての男が自分を愛していないと気に食わない。だから男の愛する人を不幸に落とさないと落ち着かない。そんな女をお選びになった国王陛下の自業自得だわ。」
王太子妃殿下は結構言う方なのだな、と私の方が呆気に取られた。
もし普通に社交界にいたならば、きっといい話ができただろう。
「男も女も、選んだ相手によって自分のレベルも変わるわよね。低いと自分まで落ちてしまうの。私は王太子殿下と同じにならないように努力するしかないわ。疲れるから早めに別れられたら素敵なのだけれど」
話を続けようとして、王太子妃殿下は口を噤んだ。
そして口元を押さえて、まるで吐き気を堪えているようだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ。病気とかではないから平気よ。もう二回経験した事だし」
それは、まさか。
「おかしいでしょう? 王太子殿下はチェルシーと関係しながら私も抱くのよ。『愛している』と言いながら、優しく。あの人の愛は子種を撒かせてくれた御礼みたいなものね」
「王太子殿下はご存知なのですか?」
「もちろん。確定診断されたら、自動的に報告がいくもの。『今度は女の子がいいね。リジーに似ているといいな』ですって。シェリーだけで充分でしょ、って言葉を呑み込むのに必死だったわ」
確か先日の夜会での会話で、子どもを作ってチェルシーが怒って宥めてみたいなのがあった気がする。
大々的に公表されれば、また怒って宥めてになるのかしら。
私としては薄っぺらい愛を信じて逢瀬を繰り返すチェルシーが滑稽に感じてしまうけれど。
「この事は内密に。この子が生まれる頃には全てを終わらせたいわね」
「分かりました。微力ながら協力させていただきます」
公爵家に来て、短い余命を過ごすはずだったのに、厄介な事に巻き込まれてしまった。
これも乗り掛かった船。まずはセリーナに魔術師に会ってもらって説得してもらう。
魔術師がアーヴァインなのか確かめて、協力を仰ぐ。
帰宅して、私はセリーナに連絡を取った。
『お母様、見つかりました!』
私たちの希望は、すぐ近くにあるだろう。
逸る胸を押さえ、私はゆっくりと息を吐いた。
第二章セシリア編、これにて終わります。
これ以上になると、だらけてくるからです。
あとはセリーナに託します。
引き続きよろしくお願いいたします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾




