38.闇の中の逢瀬
「……うわぁ……わぁ……」
女の方はよくよく見知った顔だった。
男の方も、まあ、以前は見た事ある。人の事はあまり言えないが、だいぶ老けた。
確か同い年だったはずだが?
「きみが身代わりにならなければ、私たちは永遠に結ばれていた。私は心底きみの姉が憎いよ」
「だめよ、サディアス。あの時は家を守るために私が身代わりになるしかなかった。お姉様には愛する人がいたの。全てを捨ててでも結ばれたい相手がいるって素敵な事よ?」
「私にとってはそれがきみだ。きみが全てを捨てて私のところに来てくれるならば、私もその手を離さないよ」
「それってあなたに捨てられたら私には何も残らないじゃない。あなたが先に捨ててくれたら私もあなたの手を取れるのに」
不貞って結局、自分が安全圏にいるから外にいる人が魅力的に映るのよね。
ロマンチックな言葉に酔ってお互い盛り上がるのはその場だけ。
娼婦も気分を高めるために擬似恋愛の演技をする事もあるが、本気にする人はいない。
そこは金銭が絡む以上、商売として線が引かれているから、お互い割り切っている。
だが、素人はそうはいかない。
結局パートナーに秘密を作り、それがいつ明るみになるか分からないスリルを味わっているだけで、互いに一緒になる気は無いのだ。
「チェルシー、愛している。私の心は常にきみにあるよ」
「……心だけ?」
「そんなわけないだろう? 妻とはもう何もないよ。元々身体の相性も悪かったから、跡取り二人できた後はきみだけだよ」
「嬉しい……サディ、愛しているわ」
二人は見つめ合い、唇を重ねる。
外で生々しいリップ音を響かせるあたりケダモノのようだわ。
「でも、きみはそうではなかった。なぜシェリーの下にもう一人作ったんだ?」
「だって……後継者がいないからって……」
「あれを見る度胸が張り裂けそうになる。私の子を生むはずだったのに、と」
「あなただってブリジットと子を作ったじゃない! しかもあまり変わらない時に。私だってシェリーで終わりにしたかったわ。あなたとの子が男の子だったら良かったのに……」
「すまない、チェルシー。泣かないで……私のお姫様」
……確定したわね。
しかし、チェルシーは自分が生んだ子どもにすら愛情を持ち合わせていないみたい。
セリーナやセドリックはおろか、愛している男との子にすら。
世の中って本当に不平等。
チェルシーみたいな女には世に言う幸せを詰め込むのに、私には不条理を押し付ける。
それがまかり通っているのだからままならない。
チェルシーのぐずりが猫撫で声に変わり、息遣いが荒くなってきたところで立ち上がり、私はそっとその場を離れた。
身内のそういう場面とか気持ち悪くて仕方ない。
不貞ならなおさら。
あの二人はお互いにパートナーもいるし、チェルシーにいたってはよく友人の夫と寝れるわね、と呆れるばかり。
ウィリアムを可哀想とは思わない。
彼も浮気をする人だから、お互い様ね。
「……っ」
少し離れたところである人物の姿が月夜に現れた。
その姿はまるで幽鬼のようで、心臓が飛び出しそうになってすんでで呑み込む。
妻に内緒で娼館に来た男性の妻に似た雰囲気だ。
夫の不貞に心を痛め、どこか壊れてしまったように感じる。
その女性はゆっくりと私の方を向いた。
目が合って、逃げ出したい衝動に駆られるが足が竦んで動けない。
けれど女性は目を伏せ逸らすと、何も言わずにその場を離れた。
彼女に付き従う護衛が小さく会釈して、ようやく私は息が吸えた。
あの女性は王太子妃だ。
確か名前はブリジットといったか。
チェルシーとモニカと一緒にいた、目立たない女性だった。
何故その三人でいるのか分からなかった。
あまりにもチェルシーとモニカと違いすぎるから。
確かチェルシーは王太子妃に会いに行く振りをしてモニカに会っていると聞く。
それすらも目くらましなのかもしれない。
結局気持ち悪い場面を見せられただけで、肝心の姐様には会えなかった。
いや、あの女性が本当に姐様かすら分からないがもしそうなら会いたかったな。
何の成果も掴めないまま、私は来た道を戻った。
「セシリア〜お帰り〜〜」
「フラン義姉様、そんなにお酒を飲まれたのですか?」
「いや、一杯で止めたんだ。だが今日は酔いが回るのが早いらしい」
ふにゃふにゃした義姉は、兄様に献身的な介護を受けていた。
兄様にこんな一面があったなんて驚きだ。
「ね、ね。久しぶりの夜会はどうだった?」
「そうですね。少し疲れたかもしれません」
「体調はどう? 無理してない?」
「ええ。体調はいいのですが、ちょっと嫌な場面を見てしまいまして」
先程の件を思い出して顰め面になったところで義姉の瞳が輝き出した。
なので見たままありのままをお伝えすると、義姉はケラケラと笑い、兄様は魂が抜けかけていた。
「まだ続いていたのぉ? 頭焼き切れてんじゃない?」
「妃殿下も目撃していたので気が気じゃなかったんですよ。もう本当に勘弁してほしいです」
「まぁまぁ。チェルシーはきっと健気に夫を友人に譲ってあげたかったのよ。ホラ」
義姉が指し示した方を見てみれば、モニカとウィリアムがダンスを踊っていた。
こうして見ると何となく似てるかしら。
王妃殿下はちらちらと気にされているようだが、国王陛下は優しげな眼差しで娘を見ている。
モニカのお願いを聞いてあげたのかな。
「出戻り娘に甘いわよね、国王陛下も。ハルヴィアとの外交に傷を付けた三十も半ばを過ぎた娘をいつまで甘やかしているのかと貴族の間では不信感が芽生えているそうだわ」
義姉の言葉に、そうだろうな、と思った。
ここでモニカの血筋を加えれば、王家の不信任案が急浮上するだろう。
ラファエル殿下がどうなるか、少し気になるが。
……ラファエル殿下といえば、セリーナと話している時、必ずと言っていいほど席を外してしまわれる。
母と娘水入らずの邪魔はできないから、と仰っていたらしいが、それだけが理由ではない気もしている。
アーヴァインが生きているかもしれないと言ってから態度が変化したのは気のせいではないだろう。
疑いたくはないが、ラファエル殿下も王家の人間。
信用しすぎるのはよくなかったかもしれない。
セリーナと一緒にいるが、大丈夫だろうか。
漠然とした不安が芽生えて、王家の夜会は終了した。




