37.月夜の夜会
王宮主催の夜会は、相変わらずきらびやかだ。
私が社交会に参加していた時は遠い昔の事で、どんなだったかもう思い出せない。
当時はウィリアムのエスコートで入場し、ファーストダンス後はそれぞれで自由に歓談していたっけ。
娼館にいた時もおもてなしの一環として夜会形式での接待もあったが、勿論それとは比べ物にもならない。
今日は誰も何も気にする事無いし、楽しんでしまおう。
「お姉様もいらしてたんですね」
振り返ればチェルシーとウィリアムだった。
今日は義姉と一緒にきたからチェルシーたちとは会っていない。
「ええ。フラン様がぜひにとおっしゃったから」
「……ズルいですわ。フランシス様私もお誘いいただきたかったです」
「チェルシー、すまな」
「あーらごめんなさいねぇ。私とした事がついうっかりさんでぇ。セシリアが無事に帰還したから嬉しくてぇ、それ以外の事が頭から抜けちゃったわぁ」
兄様がチェルシーに近寄るのを拳で阻止し、義姉はしれっと牽制した。
昔から義姉はチェルシーをよく思っていない。
同じ我が道を行く二人でも、水と油、ガマとヘビ。
要するに、相性が悪いのだ。
「それにチェルシーさんは公爵家ですし、私など格下からのお誘いなど畏れ多くて無理ですわ」
義姉の言葉にチェルシーの顔は不満げに膨れた。
上から誘われれば行かなければならないだろうが、チェルシーはそこまで気が回らない。
あくまでしてもらう側でしかないため、自ら動く発想自体が無い。
上の身分に立つ者としては致命的だが、今まで困った風では無いのはアデライン様が回してきたからだ。
アデライン様に付き従い、教えを乞う姿勢を見せればきっと厳しくとも指導しただろうが、チェルシーは何も言われない事をいいことに、自由気ままに生きてきた。
若い頃なら経験が浅いで済まされてきた事も、三十も半ばを過ぎれば経験がものをいう世界だ。
立ち回りは今までの経験値を参照して動くもの。
義姉と一緒に来たかったならば、チェルシーから誘えばよかった話だ。
「フランシス様はお姉様ばかり可愛がられますのね」
「私、努力して、それでもできないと嘆く方は好きですけれど、何もせずに可愛さだけを武器にして中身カラッポの方は好みませんの」
フラン義姉様、遠回しにチェルシーはカラッポと言ってますわよ。
「貴族って身分に応じた立ち振る舞いが求められるでしょう? あなたはできているのかしら?」
「私は……」
「ウィンストン侯爵夫人、そこまでにしていただこう。いくら義姉とはいえ公爵家に恥をかかせる気か」
チェルシーの成長を妨げるのは、本人だけではないと思う。
可愛さだけを求める男が、恥ずかしい思いをした、その悔しさから滲み出る反骨精神を粉砕してしまうのだから。
「これは大変失礼いたしました。老婆心が出てしまいましたわ。可愛い義妹が苦労するのはしのびないと思っての事。どうかご寛大な心でお許しくださいませ」
義姉はウィリアムに向けてカーテシーをする。
そこで収めなければ上に立つ者としての器が問われるが……
「今じゃなく、注意するなら二人きりの時とかでもいいのでは? フランシス様は私が嫌いなんですね」
そういうところよ、チェルシー。大人になりきれていないから相手にできないのよね。
ウィリアムもさすがに一瞬眉を顰めたわね。収めさせてくれるパートナーを娶るのも大事よね。
「水を差すようだけれど、チェルシー、あちらがお呼びじゃないかしら」
扇で方向を指し示すと、モニカがちらちらとこちらを伺っていた。
チェルシーは唇を尖らせたままぷい、とそちらに向かっていく。
「あれで三児の母なのだから恐ろしいわね」
「行為ができれば可能性はありますから。あとは成り行き任せで生きてきたのでしょう。公爵家ですから乳母もいますし、生むが易しですわ」
「それもそうね」
二十代の若者が許される行動も、三十も半ばを過ぎれば痛々しい。チェルシーも自覚してくれればいいが、中々変わらないのも厄介ね。
「あー……、その、チェルシーも行ってしまったし、よければファーストダンスでも……」
「セシリア、あちらに美味しそうなワインがあったの。付き合ってくれる?」
「いいですね。私はフルーツカクテルをいただこうかしら」
義姉に誘われ、アルコールコーナーへと足向ける。
「クリフォード、そういう事だから自由にしてて。休憩所にしけこみたいなら言伝だけはしてちょうだいね」
「い、行かない! 行かないから! というか俺も行く。フラン、そもそもアルコールは」
兄様がこちらに来たらウィリアムが一人になるが……。振り返ると案の定、手を伸ばしたウィリアムが口を開けて眉を下げてぽつんと立っていた。
置いて行かれてかわいそう。ま、友人の一人や二人いるでしょうし、心配はいらないか、という事で、私は義姉夫婦と共に夜会を楽しむ事にした。
ダンスを踊る人々を眺めながら、片手にアルコール、片手にチーズとハムを載せたカナッペ。
シャンデリアの光がカクテルに反射してキラキラと輝いている。
こんな華やかな場所にいると、離れて行った姐様たちを思い出す。
「……あれ?」
国王陛下と王妃殿下が並んで玉座に座っているが、そのそばに見知った顔を見つけた。
「姐様?」
娼館にいた時のような胸を強調した装いではなく、きっちりとしたお仕着せだ。
厚化粧ではなく、薄めのナチュラルメイクで姐様の華やかなお顔は真面目そうなお顔に変化している。
「フラン義姉様、あの方は……」
「え? ああ、王妃殿下の侍女じゃないかしら」
娼館を出て、どこぞの貴族の愛人になったと聞いていたが、王妃殿下の侍女にまで出世したなんてさすが姐様。
「ご挨拶してきていいかしら」
「あちらは仕事中ではなくて?」
「そうよね……。あ、お離れになる? 交代かしら」
姐様はもう一人やってきた侍女らしき女性と話し、一礼して下がって行く。
「少し席を外します」
「はーい。私はここにいるわね」
「フラン、少しは控えて」
ワイン一杯だけ飲んだあとはフルーツジュースに切り替えられたのにヘロヘロになっている義姉は兄様に任せておこう。
私は姐様のあとを追うため夜会会場から抜け出した。
「確か、こっち……」
会場の外に出ると、雲に隠れた月の薄めの明かりに照らし出される。
茂みの一画で人知れず逢瀬をする者からすればロマンチックなシチュエーションだろう。
「愛している」
そんな言葉もいつも以上にときめきを与えてくれる。
「……だめ、許されないわ」
「きみはいつもそうだ。手に入れたと思えばすり抜けていく」
「だって……、あなたには妻がいるわ。私にも……」
……なんだか不穏な言葉が聞こえるわね。
これはいわゆる両方不貞野郎ってやつかしら。
どれどれどういう奴らがそういう悲劇に酔ってるのかしら、と茂みに隠れて様子を伺った。
暗闇に紛れて二人の影が重なる。
男の腕に囚われた姫はピンクのドレスを着ている。
身分の低い貴族夫人かしら。若い身空で禁断の恋なんて危ない橋を渡るとは……
どんなバカ……愚かな若者だろう、顔を見てみたいと思っていたら、月を隠していた雲が心得たとばかりに動き出す。
そこに照らし出された二人は。




