34.手紙
「賑やかな当主夫妻ですね」
「フラン義姉様は兄をからかっているのだと思いますわ」
義姉は兄様の婚約者の時から変わらない。
適当にあしらって適当に相手をして、兄様からすれば掴みどころが無い女性に見えるだろう。
ああは言っていたが、時折憂いた顔をしている事もあった。
切り替えられるまで多少は傷ついたに違いない。
兄様がウィリアムのようにモニカと不貞しなくて良かった。
そこまで度胸がある人、あるいは考え無しならば、おそらく義姉から見限られていただろうから。
チェルシーには甘いが、義姉が上手く手綱を握ってくれていたおかげで実家の方は大丈夫そうだ。
「あの、魔術師さん」
「なんだい? 坊やもそろそろ寝なくていいのかい?」
「はい。もう少ししたら寝ます。その前に、お願いがあるのです」
セドリックの真剣な眼差しに、チェスターも真面目な顔になった。
「僕をあなたの弟子にしてください」
「弟子に、って、坊やは魔法を使えるのか?」
「はい。少しばかりですが、使えます。僕も伯母上の役に立ちたいのです」
セドリックの言葉に温かな気持ちを感じ嬉しくなった。本当にあの二人と血が繋がっているのか? と疑問に思ってしまう。
今まで孤立無援で幸せへの道を阻まれているような気がしていたが、協力してくれる人が増えるのはありがたい。
「いいだろう。だが、俺は坊やの家には行けない。だからこれをやろう」
チェスターはローブの中に手を入れ、ペンダントを二つ取り出した。私がアーヴァインから貰った物に似ている気がする。
「これは……」
「通信用の魔道具だ。魔力を込めるだけで相手と話せるようになる」
紫色の宝石が付いたそれに、チェスターが魔力を込める。
「ほら、これやる。手が空いてる時に場所と時間を指定するから、来れる時に来い」
セドリックが一つ受け取ると、瞳を輝かせながら見ていた。
そういえばウィリアムもこういう時期があったな……
「そういえば、アーヴァインの形見、あれも同じ機能があるんだが」
「え?」
「……聞いてないか?」
初耳である。そんな事一言も言っていなかった。
「あー……、そういえば前線来て暫く落ち込んでた事あったな。『魔力を込めるのを忘れていた』とかなんとかで。それで連絡取れてなかったんだな」
アーヴァインてそんなに抜けてる人だったのかしら。何だか最近少しイメージが変わったような気がする。
「今持ってます? あのペンダント」
「いえ、家に置いています」
「持って来てくれたら魔力を込めますよ」
「そうすれば……対になったペンダントがあれば、連絡を取り合う事もできるようになりますか?」
「ええ。元々そういう魔道具ですから」
魔力を込めてもらえば、遠く離れているセリーナと話ができるかもしれない……?
それが事実なら、何日もかけて手紙を送るより、よほど効率的だ。
「ぜひお願いします。連絡はセドリックに任せるわね」
「承知いたしました!」
セドリックが元気よく答えたところで、チェスターはひと欠伸をした。
私たちもそろそろ休もうと、お暇する事にした。
ただ、セドリックはチェスターと寝たいと言ったのでそのまま置いて、私だけ自室へ向かう。
兄様のぐだぐだで結局目的の物が取れなかったから、それを取りに向かった。ついでにそこで休むつもりだ。
自室の扉を開け、ランプを掲げる。
目的の手紙は机の引き出しの奥にしまったままだった。
当時の私はアデライン様の手伝いをしていた。
公爵家夫妻に何があったのかは推測でしか知らないが、アデライン様という立派な妻がいながら不貞三昧だったヒューバート様にはいい印象は持っていなかった。
だから、死に際のヒューバート様からいただいた手紙を無視してしまったのだ。
読まずに机の奥にしまいこんでしまったのだ。
『これを読んで……アディに……すまなかったと伝えてくれるかい?』
そんな死に間際の謝罪を、私は伝えなかった。
今更だと思った。ふざけるな、と思った。
私を介さず、自らの口で謝罪すべきだと思った。
「……これね」
奥にしまいこまれ、くしゃくしゃになったそれを引っ張り出した。
封筒に『ヒューバート』とサインがしてあるから、自筆なのだろう。
慎重に封を開けると、中から手紙が出てきた。
『アディへ
きみを騙すように結婚してすまない。
きみを裏切るような真似をしてすまない。
全て、私が愚かだった。取り返しがつかない事をしてしまった。きみをトラヴィスの公妾にするとオフィーリアから言われ、断ったら関係を迫られた。望んでいなかった。全てをバラすと言われ、仕方なく抱いた。今まで私がしてきた事だと、苦ではないだろう、と笑っていた。
苦痛だった。アディを愛していたから、他の誰ともしたくなかった。だがしないときみが狙われる。遊び人を装ってごまかして、せめて王太子妃の護衛から外れるよう騎士団長になった。
あのお茶だって、トラヴィスではなく、オフィーリアが寄越した物だった。まさか害があるなんて思わなかった。
オフィーリアが王女を生んだ。私の子だと言う。嘘だと思いたかった。避妊していたはずだと。トラヴィスは我が子だと疑っていない。だが私と同じ碧眼だった。
誰かに言えばきみが狙われる。真実を話せる相手がいない。だからこの手紙をセシリアに託す。
最近目が霞んできた。ペンを持つ手も震えている。きっと私は長くないだろう。きみが淹れてくれるお茶が、唯一の拠り所だ。
いつか、王女の事が明るみになるだろう。この手紙が証拠の一つになればいいと願っている。
もしも次、生まれ変われたら、きみのような清廉な人間になりたい』
それは、ヒューバート様からの過去の真実に関する重要な証拠だった。
亡くなった方の発言権がどれくらいの価値があるかは分からないが、モニカを生んだオフィーリアの証言として有用ではないだろうか。
だが、……ヒューバート様はもしかすると、と考えて止まった。
二十年前の事だ。証拠は無い。それに、ヒューバート様は喜んで受け入れているともとれる。
「これはアデライン様に見せるべきよね」
これを読んでどう思うかは分からない。文字もよれているし、言い訳じみているような気もする。
だが、もしも王妃オフィーリアの介入が無ければ、今頃アデライン様とヒューバート様は仲睦まじい夫婦になっていたかもしれない。
アデライン様は不必要に傷付かなくて済んだかもしれない。
まあ、そうなるとヒューバート様は生きていただろうから、私とウィリアムも結婚していたかもしれない。チェルシーは、父が亡くなって傷心のウィリアムにつけこんだのだから。
ウィリアムのどこに魅力を感じたのかは未だに分からない。人の好みはそれぞれとは言うけれど、彼がそこまで魅力的とは思えないのよね。
私が今まで娼婦をやってきて、ウィリアム以上に素敵な人を見てきたせいもあるのかもしれないが。
「……アーヴァインも、生きてるかもしれないのか」
まさかの可能性に胸が高鳴っていく。
もうすぐ四十にも届くかというのに、小娘のように会えたらどうしよう、と一晩中考えてしまい、結局その日はよく眠れなかった。




