32.安否
魔術師クラブから帰りの馬車に乗る時、兄様はチェスターと二人きりで話したいらしく、私と義姉とセドリックが同乗する事になった。
義姉は呆れた顔をして溜息を吐いて行きに私とセドリックが乗って来た馬車に乗り込んだ。
「ああなっては聞く耳持たないのよね。良くも悪くも一直線なの」
兄様は魔術師に会えてよほど嬉しいらしい。
確かにチェルシーとモニカを信じているあたり、そんな人だったわね、とくすりと笑う。
「ねえ、先程の魔術師が言ってた事、どう思う?」
「どう、って」
「あなたを身受けしようとしていた彼がもし生きていたらどうする?」
どうする、とは答えられなかった。
生きているとすれば何故私の前に現れないのか。
案外娼婦はやっぱり嫌だと、直前で心変わりして、他の普通の女性のところにいるんじゃないのか。
あれから何年も経過している。
……家族ができているかもしれない。
そしたら、もうそっとしておくべきなのではないか、と思うと探すのが怖くなる。
「大丈夫よ、セシリア」
答えられないでいると、義姉が気遣わしげに見てきた。
私は大丈夫だと微笑みたいが、上手くできたかは分からない。
それからは疲れもあって、馬車の中では無言だった。
帰宅後、セドリックはそろそろ寝る時間と思ったが、チェスターの話を聞きたいらしく、熱心さが兄様に買われそのまま同席する事になった。
義姉は魔法に興味は無いが、私の知り合いの生存確認がしたいとの事でこちらも同席。
「もしも生きてたらウィンストン侯爵家が全力で見つけ出してやるわ。何年もレディを放置した事、詰めてやるんだから」
義姉の力強い言葉に思わず頬が緩む。
そうね。もしも他の女性に行ったのだとしたら、文句の一つでも言わないと気がすまない。
「失礼いたします」
兄様に連れられ、チェスターが入って来た。
彼はテーブルを挟んで対面に座ると、私をじっと見てくる。
鋭い眼光に射竦められ、思わず呼吸を止めた。
「夜も遅くなっているので、結論のみお答えいたしますが、その前に。こちらにいらっしゃる皆様は、全員そちらの女性の味方ですか?」
チェスターの言葉に皆一様に息を呑む。
私の味方でなければどうというのだろう。
兄様を見て、義姉を見て、セドリックを見る。
全員同じ目をしていた。
「私は勿論セシリアの味方よ。この魔術師オタクと婚約していた時からのね」
真っ先に宣言したのは義姉だった。
私を見てパチッとウインクまでしてくれた。
「僕も伯母上に協力します。魔術師さんに会ってみたいのと、病気を治したいです」
セドリックは親に似ず優しい子で伯母として誇らしい。
セリーナと同じく養子に迎えたいのはやまやまだが、アークライト公爵家の後継者なのよね……
両親はまだいいとして、アデライン様が守ってきた公爵家の後継者を、と思うと気が引けてしまう。
最後に残った兄様だが。
「私はここの当主だが、魔術師のためなら協力する」
まあ、魔術師のためなら裏切らないならいいか。
案の定義姉から叩かれて、「裏切りません」と付け加えた。
「分かりました。アーヴァインはそちらの女性に並々ならぬ感情を抱いていたので、もし生きていたら敵だと何をされるか分かりません。くれぐれもご注意ください」
物騒な言葉に全員神妙に頷いた。
「では、改めてご説明いたします。アーヴァインの安否ですが、私は生きていると予想いたします」
その言葉に思わず握る手の力が強くなる。
「でも、訃報を届けて下さいましたよね」
「ええ。あの時の状況をご説明いたしますと、確かにアーヴァインは私にあのペンダントを託しました。その後自ら崖を飛び降りたのです」
「崖を……?」
義姉が手で口元を覆い悲鳴を呑み込んだ。
崖から飛び降りたなら、普通は助からない。
「ですが、今のあなたを見ていると、アーヴァインの守りを強く感じます。以前訃報を届けた時は、あまり感じませんでした。特に生命の危険性が無かったから強く作用していなかったのでしょう。ですが、現在は呪いに抵抗するためかなり強く感じます」
なるほど。守りの魔法だから、平穏な時はなんでもなかったのか。
「魔術師が魔法を掛け続ける事ができるのは、生きている証になると思うのです。この場にいないのに的確に相手を選んでいるのですから、かなりの執着と執念ですが」
チェスターは苦笑いをする。
こんな芸当ができるのは、よほどの変態らしい。
「でも、彼はどうして崖から飛び降りたのかしら」
「おそらく、誰かに狙われていたため、死を偽装したのだと思います」
「死を、偽装……どうして」
「アーヴァインはあなたを娼館に売った人の事を調べていました。ただ、突き止めても証拠が無い。ですから、証拠を記録できる魔道具を作ったんです」
彼が優秀な魔術師で魔道具を作る人という事は知っている。
証拠を記録できる魔道具だなんて、どんな物か想像もつかない。
「ですが、それを不都合と考えた者がいた」
「まさかそれは……」
「高貴な身分の方とだけ言えば通じるでしょう?」
おおよそ私たはちの予想と一致しているだろう。
記録されると不都合な事実を知り、研究職にも関わらず前線という死地に追いやられてしまった。
それは即ち暗殺に他ならない。
自分たちの欲で動き、短絡的に世に貢献できる人物を死に追いやる。ただ、自分たちに不都合な行動をしただけで。
「……許せない」
今でも彼と一緒になれていたらと想像する。
色々あった私だが、ようやく人並みの幸せを掴めるのだと思っていた。
だがそれは第三者の身勝手な悪意で潰されてしまった。
「王族に楯突く事は難しいけれど、罪を白日のもとに晒したいわ」
身分が高いからと好き勝手にしていては、無法地帯になってしまう。
誰かの幸せを犠牲にして幸せになるなんて許さない。
「彼は今どこにいるか分かりますか?」
再びチェスターが私を見る。
「前線がどこに置かれていたかご存知でしょうか」
「いえ。そういえばどの辺りなの?」
「私たちが出征した前線は、ハルヴィアとの境にあります。崖の下に川が流れていて、ハルヴィア側が下流でした」
ハルヴィアといえば、モニカの元嫁ぎ先じゃない。そしてセリーナたちが行った場所。
これも何かの導きになるのかしら。
何とか連絡して、放浪魔術師を探してもらえるようにお願いしてみよう。
魔道具の存在も気に掛かる。
だが、まさかアーヴァインが生きているかもしれないとは思わなかった。
もし再会できたら沢山文句を言わなきゃね。




