30.隻眼の魔術師
希望が持てたところで、扉を叩く音がした。
「失礼いたします」
少し高い声が聞こえて入って来たのはセドリックだった。
「伯母上、お待たせいたしました。調べ物が終わりました」
セドリックは本を抱えて近寄って来る。
解呪の方法が見つかったのかな。
私の隣に座ると、テーブルの上で持って来た本を広げた。
「ご覧ください。こちらの方法ならば、解呪ができるのではないかと思うのです」
セドリックが差した箇所を見てみると、確かに解呪の方法が書かれてあった。
手順はよく分からないけれど、呪いが解けるなら、という希望は持てる。
「ただ、一つ問題がありまして」
「問題?」
「ええ。解呪に成功すると、術者に呪い返しがいくそうなんです」
「それは……」
もし私に呪いを掛けた人がいて、その人が魔術師本人ではない限り、魔術師に依頼して呪いを掛けたという事だ。
私の呪いを解けば、依頼した人ではなく魔術師に呪い返しが行くのは本望ではない。
自分は安全圏にいながら誰かを貶める悪意を感じて歯がゆくなった。
「呪い返しを依頼者にする魔法とかあればいいんだけどなぁ」
「あのな、魔法は確かに便利だが、そんな都合良くはいかないぞ」
「まあ、まだ魔術師に会えると決まったわけでもないし、とりあえずは解呪の方向で考えましょう」
どちらにせよ、依頼者本人が掛けたとしても私の中では同罪だ。安易に人を呪うだなんて、だめだと思うわ。
「兄様は魔術師クラブに行ける日があれば私に連絡してください」
「分かった。……というか、今から行けるぞ」
そんなに都合よくいくもの?
「月に三回、三日月と満月の夜に開催される。件の魔術師は満月の夜に現れる事が多いと聞く。誂えたかのように、ちょうど今日は満月だ」
だがそれはまるで神の天啓というものだろう。
そんな機会が訪れる事は滅多に無い。
ならばチャンスを無駄にする事もないだろう。
「伯母上、僕も行きたいです」
「え、でも……」
「おお、いいぞ、セドリック。お前も魔法に興味があるのだったな」
「兄様。ウィリアムたちが何と言うか」
「面白そうね。私も行くわ。公爵家へはセドリックはお泊りって連絡を入れましょう」
「義姉様まで」
兄様たちの間の子らはもう大きくなり、成人しているかアカデミーの寄宿舎に入っているらしくこの邸内には兄様夫婦だけだ。
だから年の離れたセドリックが可愛いのは分かる。
「もう。……いい、セドリック。大人からはぐれちゃだめよ」
「分かりました! 魔法が見れるかもしれないの、ワクワクしますね」
魔術師クラブと言えど、魔術師が所属している事はまれらしく、殆どは兄様のような魔法オタクの集まりらしい。
時折本物が紛れ込み、パフォーマンスをして日銭を稼いだりするそうだ。
例の魔術師も、そういった一人らしい。
それから夜になるまで魔術師オタクの兄様の話が続き、軽く腹ごなしをしてから魔術師クラブへ出掛けた。
ちなみにセドリックの外泊許可はアッサリ下りた。
私と一緒という事で渋られたが、義姉の圧で引きずり下ろしたそうだ。
「セリーナも来れたら良かったのにね」
義姉の話では、今までセリーナの待遇があまり良くない事には気付いていて、けれども相手が公爵家だったから動けなかったそうだ。
また、セリーナも「うちに来る?」「どうして?」と純粋無垢な瞳で返事していたらしいから、どうしょうもなかったと。
まあ、少し前までのセリーナは、両親の真実の愛に洗脳されていたから仕方ないとは思う。
あそこまで純粋培養でいられるのは、ある意味チェルシーのほんの少しの善性がセリーナにいったのだろうな、とも思う。
ただ、チェルシーと大きく違うのは、チェルシーは計算ずくだが、セリーナは純粋心の底から思っているという事。
案外、人たらしなのかもしれない。
「セリーナが帰って来たらまた義姉様に会いに来ますわ」
「楽しみにしてるわね」
「着いたぞ」
兄様の声で馬車が停まる。
窓から外を見てみれば、月明かりに照らされた大きな建物が目に入った。
玄関前のポーチの端にはランプが等間隔に置かれている。火の揺らめきはあるが消える気配が無いのが不思議だ。
「灯りの魔道具だな。これ一つで平民のひと月分の給料分だそうだ」
「盗まれたりしないの?」
「盗もうものならけたたましい警報が鳴るらしいぞ」
何故知っているのだろう、とじっと見れば、兄様は怪訝な顔をした。
「俺は盗まんぞ。誇り高き魔法オタクだ。そんじょそこらのニワカと同じにするなよ」
まあ、きちんと界隈を守る者ならば貢献するからいいのかしらね。
「セドリック、手を離さないようにね」
「分かりました」
兄様が重い木の扉を開く。
中は意外にも人は少なく、手を繋いだセドリックとはぐれる心配は無さそうだ。
妖しい雰囲気に呑まれないように辺りを見回すと、魔道具を自慢する者、魔法について熱く語る者、フード付きのローブを着て魔法を使う真似をしている者など、様々な人が思い思いの時間を過ごしているようだ。
「どう? 兄様。例の方はいそう?」
「どうだろうな。と、失礼。隻眼の魔術師を見たかい?」
兄様は近くにいる人に声を掛ける。
「ああ、彼なら奥にいるよ」
みんなで顔を見合わせる。無意識下で、セドリックの手を握る手が少し強くなった。
「行ってみよう」
もしもその魔術師に出会えたら、まずは解呪について聞いてみよう。
緊張して呼吸が少しばかり浅くなる。
「伯母上、大丈夫ですよ」
セドリックが手を引いてじっと見つめてくる。
アデライン様と同じ翠眼を見ていると、不思議と気持ちが落ち着く気がする。
「ありがとう、セドリック」
「どういたしまして。……どうしてもの時は僕がなんとかしますから」
屈託の無い笑顔が、幼い頃のウィリアムにそっくりだ。
セリーナの妹の件のあと、よくこの子を儲けてくれたわね。セリーナとセドリックを生んだ事だけは、チェルシーに拍手を送るわ。
「いたぞ」
兄様の声に顔を上げる。
その魔術師は黒いフード付きのローブを被り、魔法を披露していた。
「おおっ……! まさか間近で魔法を見れるとはな」
キラキラ光るシャンデリアに届くほどの炎が上がる。
人々の歓声が彼に集中する。
右手から出た水が魚を形取り、パシャンと音を立てて空中を跳ねる。
「わあ! すごい……これが魔法!」
セドリックも目を輝かせながら見入っていた。
義姉と兄様も寄り添いながら魔法を見ている。
私は、アーヴァインから散々自慢された事を思い出しながら、魔術師の顔に見覚えがあった。
何故なら、彼は。
アーヴァインの訃報を私に知らせた魔術師だったのだから。




