29.思わぬ伏兵
「チェルシーが……まさかそんな……」
兄様は、というか、両親もだがずっとチェルシーを優先してきた。
自分を可愛く見せる事に全振りしたチェルシーは、皆に可愛がられ蝶よ花よと育てられた。
チェルシーがあれが欲しいと言えば惜しみなく買い与えられ、これが食べたいと言えば毎日テーブルに並んだ。
幼い頃は風邪を引きやすかったから余計に気に掛けていたのかもしれない。
その結果、欲しいものを我慢しない女になった。
子どものアレ欲しいこれ欲しいはまだ可愛げがある。
だが、成長するにつれ欲を我慢せずにアレコレ欲しがっていては、周りが疲弊するだろう。
誰しもが幼い頃に学ぶ「他人のものを盗ってはいけません」を我慢できず、あるいはせずに出来上がるのは、際限なくナニカを求める怪物だ。
まあ、チェルシーの場合は分かっていて周りを止めなかった部類だろうから、同情の余地は無いけれど。
「不貞って不思議よね。親には罪が行かない代わりに子どもに罪を背負わせるの。セリーナはアークライト公爵の元婚約者セシリアにそっくりに生まれたわ。まるで罪を突き付けるかのように。そしてシェリーも……他人のものを欲しがる様が両親にそっくり。例え友人の夫でも、他人の妻でも構わない性格が残念ながら姉の婚約者を奪う形で現れているわ」
さすが社交界の情報を持っている義姉。
セリーナの婚約者が代わった事は既に仕入れているのだろう。
「それは……本当なのか……? セリーナの婚約者を……シェリーが……」
「ええ。ウッドウィル公爵家と話して交代させましたわ。セリーナも納得済です」
「何故……」
「セリーナの妹が欲しいと言ったの。ウィリアムはセリーナと公爵令息を私と自分に見立てて結婚させたかったらしいけれど、最終的にチェルシーの鶴の一声で決まったわ」
あ、フラン義姉様、お茶が口から滝のように流れていますわよ。
気持ち悪いのは分かりますが、堪えてくださいませ。
「ごめんなさい。ちょっと吐き気を催して。セリーナ良かったわね。母親が身代わりになったからって娘も同じにならなくていいのよ」
「そんな……」
アレコレ言っても兄様は顔色悪く言葉を失っているだけで、チェルシーを疑う事は難しいのかもしれないわね。
まあ、頑固な石頭だから仕方ないかしら。
「そういえばセシリアはどうしてここへ来たの?」
「セドリックが、私に掛けられた呪いを解くヒントが兄様が持っている魔法書にあるかもしれないからって一緒に来たの。ついでにここにある荷物で使えそうな物も持って行こうと思ったのだけれど」
「なるほど。いいわよ。いくらでも持って行って」
「フラン!?」
「あなたがいなくなって、何か手掛かりが無いかと思ってそのままにしておいたわ。ソファの荷物は使用人が持ち帰ったものよ」
「ありがとう、義姉様」
よし、これでアレを持ち出せるようになったわね。あとは。
「物はついでなのだけれど、義姉様は魔術師の知り合いはいらっしゃいますか?」
セドリックはまだ十歳。魔法がどれくらいの負担になるか分からないから、魔術師のツテがあるなら辿りたい。
というか公爵家の医師の知り合いの紹介はどうなったのかしら。あれも結局有耶無耶になってるのよね。
「魔術師、ねぇ。いたらこの人がお抱えにするでしょうね」
「という事は、いないのですね」
「そうね。というより、魔術師自体が希少でそもそもの人数が少なすぎるのよ。魔法を使える人は発覚したら王宮魔術部隊に取られるって話よ」
という事は、アーヴァインは貴重な魔術師だったのか。惜しい人を亡くしてしまったのね……
「その中でも特に魔道具を作る研究職の人は本当に少なくて、数名しかいないらしいわ」
「……そうなの?」
「ええ。魔道具は便利な物だけれど、それに付与する魔法の種類が限られているそうなの。だから絶対に前線には出さず、魔塔で研究に明け暮れているそうだわ」
──ドグン……と、鼓動が嫌な音を立てる。
義姉の話が本当ならば、アーヴァインは何故前線に追いやられたのだろうか。
彼は魔法や魔道具の研究をしていて、寝るか研究するかと言っていた。
そんな彼が前線に追いやられた理由って何?
研究職の彼が行かなければならない程の戦争だった?
「……セシリア? どうしたの?」
「いえ、……娼婦をしていた時の馴染みの客が、魔法の研究が大好きで魔道具も作る魔術師だったんです。彼からは身受けの話も出ていて。ですが、寸前で前線にやられて、……仲間の方から亡くなったと」
前線に追いやったのは、誰だった?
──王太子殿下だ。
「キナ臭いわね。いつ頃の話?」
「十年以上は経過しているかと」
義姉がふむ、と考える。兄様は何故か表情を強張らせている。
「あくまで、推測の域を出ないのだけれど。彼、殺されたかもしれないわね」
ドレスを握る手がギュッとなる。
何のために貴重な魔術師を?
誰が、どうして、アーヴァインを。
「あのー」
「なに」
「王太子殿下とチェルシーが懇意にしていたならば、チェルシーが頼んだとか……」
兄様にしては珍しく鋭い事を言うわね。
王太子殿下と私は同い年だが接点は無かった。
彼は一時期チェルシーに夢中で、他の女性には目もくれなかったから。
そんなチェルシーが妊娠をきっかけにウィリアムに嫁ぎ、けれども何らかの理由で再び関係を持った。
その時に王太子殿下に頼み、アーヴァインを前線に追いやったとしたら……?
「許せないな……」
「え?」
「貴重な魔術師を、研究職の魔術師を、しかも魔道具作りで魔法オタクの魔術師を、何の理由も無く前線に追いやった……? 我が国の王太子殿下はアホなのか?」
えーと?
「許せん。魔術師は本当に少ないんだ。いつか本物の魔法を見たいと夢にまで見ているというのに! セシリアを身受けする話が出ているなら、身内になれたのに……!」
「あー、そういやコイツ、魔法オタクだったわ」
義姉の呆れ顔に私も兄様に対して反応に困った。
チェルシーやモニカを盲信していたのに、こんなに変わるもの?
「チェルシーが魔術師とセシリアが幸せになろうとするのを阻止したのだとしたら絶対許せん」
とても私情が混ざっている気もするが、チェルシーに対するモヤが晴れそうでよかったよかったと思う事にしよう。
「あー……呪い、お前が呪われているのだな」
「そうですね。まだ可能性の段階ですが」
「魔術師クラブに出入りしている男がいる。以前は前線に行っていたが、現在は退役して魔術師指導にあたっているそうだ」
意外なところからツテが掴めそう。
我が兄が魔術師オタクでよかったわ。
「ぜひ紹介してください」
「紹介したいのはやまやまなんだが、彼は神出鬼没でね。必ず会えるとは限らないよ」
それでも、可能性があるならばそれに賭けたい。
余命宣告を受けてただ静かに死を受け入れる覚悟だったのに、セリーナに会えて、ちょっと欲張りになったかもしれない。
『二人で幸せになれる方法を探します』
そうね。私もあなたと同じ、足掻いてみるわ。
やられてばかりじゃ死んでも死にきれない。
どうせなら、やり返された事はきっちりお返しして差し上げるわ。




