28.チェルシーの醜聞
「セリーナを身篭った……から、って、それはチェルシーが……?」
「チェルシーから初めて妊娠した時の話聞いた?」
「ああ、初夜で授かったのだと……」
「セリーナは結婚からどれくらいで生まれた?」
「え? 確か、半年かそこらで」
まだ会えていないが、兄様にも子がいるならば分かるだろう。
「生まれた子は小さかった?」
「いや、生まれたばかりの赤子に違和感は無かったし、チェルシーも何も言っていなかった」
「これは私の推測なのだけれど、ウィリアムとチェルシーが結婚式の前に身体を重ねた。その時に妊娠したのではないかしら」
「チェルシーが? ……まさか」
「恋心を募らせて身体を開く事はたまにあるそうよ。婚約者ならば微笑ましい話だけれど。まあ、結ばれない事が燃え上がらせる要因になったのではないかしら」
別名浅はかとも言うけれど、不義の恋程お互いしかいないと燃え上がらせ、結ばれたら結ばれたで急速に冷めるのもよくあるらしい。
「純潔でなくなったから王家には嫁げない。ちょうど折良く妊娠した。ウィリアムに嫁げばいいけれど私が邪魔。不貞だった事実を隠す為に私を駆け落ちした事にして身代わりに結婚する。上手くできた話じゃない?」
まあ、それでも親の罪を突き付けるかのように不貞の末に生まれたセリーナは私と同じ黒髪で、どちらかと言えば私に似ていたから二人とも目をそらしていたのだろうな。
兄様は唖然としているが、この推測はほぼ当たっていると思うわ。
「あのチェルシーが……? いや、仮にチェルシーがやったとして、あの子が破落戸を雇うようには見えない」
「そうね。……チェルシーと仲が良かったモニカ殿下はどうかしら」
兄様は信じられない、といった表情で見てくるが、モニカの素行の悪さは私たち世代で密かに囁かれていた事だ。
王女という身分でありながら権力を使ってやりたい放題していた女。
王女だから誰も咎められない。
実情は、国王陛下の血は入っていないようだけれど。
「お前は……王家を侮辱するのか」
「推測よ、推測。信じるか信じないかは兄様次第だわ」
「信じるか。純粋無垢なチェルシーと、可憐なモニカ殿下だぞ。そんな話誰が……」
分かってはいたが、落胆がすごいな。
結局男たちの目は節穴だらけね。
「はいはい。勝手に信じていればいいわよ。あ、この部屋の荷物持って行くわね」
「何を言って……」
「私の部屋なのだからいいでしょう?」
「お前は勘当されている! この家の者ではないのだからダメに決まっているだろう」
あーもううるさいわね。
兄様のこういった四角四面で融通がきかないところは相変わらずだわ。
婚約者だった義姉も苦労してそう。
「一つだけ。私宛の手紙だけよ」
「だめだ!」
「いいじゃない、けち!」
「けちとはなんだ、いつからそんな汚い口を聞くようになったんだ」
本当に面倒くさい。チェルシーには甘いくせに、いつも私には何癖つけてくるの本当に頭にくるわ。
「じゃあこの部屋にある物を買い取るわ。おいくらかしら、当主様」
「んなっ……」
買い取りならば文句は無いだろうと思ったが、どうも火に油を注いだらしい。
顔を真っ赤にして肩を震わせている。
「お前は」
「セーシーリーアーーーー!!」
「うぼぁ」
どこからともなく私を呼ぶ声がして、誰と分からないうちに身体に体当たりされた。
私の周りの女性たちはどうしてこうも肉体派ばかりなのか。
「元気? 帰って来たのならば連絡してちょうだいよ」
「え、と、フラン義姉様?」
「やだぁ覚えててくれたのね。そうよ。あなたの義姉のフランシス。一応、まだそこの石頭の妻よ」
私が知るより少しふくよかになられた義姉は、兄様の婚約者だった方だ。実家にいる頃から仲良くしていただいていて、兄様より強いのは顕在のようだ。
「立ち話もなんだし、そこに座って話しましょ。この部屋は私が管理しているの。あ、そこで転がっている給仕さん、レディ二人のためにお茶を用意してくださらない?」
義姉に突き飛ばされて床に転倒した兄様を顎で使えるのはおそらくこの人だけだろう。
兄様は何か言いたげに睨んでくるが、義姉の有無を言わせぬ笑みで黙らせられた。
「長く留守にしていたのね。今までどうしていたの?」
「ええ、と」
駆け落ち云々は置いといて、私は今まで自分の身に起きた事をかい摘んで説明した。
「まあ……大変な思いをしたのね。それにしても、ほんっとチェルシーとモニカはロクな事しないわね」
「信じてくださるのですか?」
「信じるもなにも、社交界の女性陣……特にあなたたち世代はアークライトの醜聞をきちんと正しく理解していてよ」
優雅にカップを傾けながら、義姉は何でもない事のように話す。
ラモーナの他にも信じてくれる人がいるのは嬉しい誤算だ。
「フラン、チェルシーとモニカ殿下はこいつの過ちを払拭してくれたんだぞ。あの時二人がどれだけ苦労したか……」
「私の見立てでは、王太子殿下も一枚噛んでいるわね」
「王太子殿下が……ですか?」
「ええ。姉妹が王宮務めの使用人をしている子が私の侍女にいるのだけれど、チェルシーと王太子殿下が密会していた時期があったそうよ。支度をしていた時に『内緒ですよ』って教えてくれたの。……アラヤダシャベッチャッタワー」
チェルシーと王太子殿下が密会……それが本当ならば醜聞だ。ウィリアムはチェルシーを溺愛しているし、元々親密だった二人を密会させるほどマヌケではないだろう。
「でたらめを言うな。チェルシーはウィリアムを心底愛しているぞ」
「ちなみにいつ頃か分かりますか?」
「確か、結婚して、子どもが生まれてしばらく経った後かしら。モニカに会いに来たのを装って王太子殿下の元へ行っていたらしいわ」
その密会が本当ならば、ある人物の出自が曖昧になるのではないだろうか。
髪と瞳の色、顔も母親と同じだから怪しまれなかっただけで、可能性はゼロではないだろう。
「フラン義姉様、実は」
「お前たち、俺の話を聞け! さっきから、チェルシーを貶すような事ばかり言って。まるでチェルシーと王太子殿下が不貞していたみたいな言い方じゃないか!」
「そう言ってるわよ?」
「チェルシーはそんな事ができる子じゃない。純粋で健気でいじらしいか弱い子だぞ? 王太子殿下に気に入られていたのに、姉の代わりに身代わりで嫁いでいったんだ。どれだけ苦労したか分かっているのか?」
兄様の前では上手く立ち回っていたものね。
あれが演技なのだから私よりよほど娼婦の才能があるのではないかしら。
兄様の言葉に義姉はカップをソーサーに置き、ひと息ついて兄様の方に向き直った。
「あれは演技ですわ。そうすればお馬鹿な殿方は引っ掛かりますでしょう? 社交界の女性たちの間では、チェルシーは昔から『姉から婚約者を寝取った』『友人から夫を寝取った』『公爵家に王家の種を入れた』ともっぱらの噂ですわ」
兄様の表情は青褪めていく。
対して私は、見る人が見ればやはりどこか歪んで見えるのだな、と少しホッとした。




