27.変わらない部屋
数日後、私はセドリックと同じ馬車に乗り実家であるウィンストン侯爵家へと向かっている。
正直全く気乗りはしないが、呪い関連の魔法書を探すためには仕方がない。
ちなみにセドリックが集めた魔法書は、あまり役に立ちそうになかった。
基本的な魔法の使い方や超級魔法など、アーヴァインが見たら喜びそうな物かもしれないとは思ったが、私には無理そうだった。
ちなみに私もついでに使えないか試してみたが、無理だった。
もし使えるならばアーヴァインから何か言われていただろうから、別に気にはしていないが。
魔法といえば、セリーナは多分誰かを幸せにする魔法が使えると思っている。
実際私は一軒目の娼館にいた時くらいには幸せを感じているから。
セリーナと話していると、自分の事のように私の人生を悼んでくれるのが分かるから、ちょっぴりむず痒い。
それに無理だと思っていた母にもなれた。
私が生んだわけではないが、半分くらいは血が繋がっているから実の娘といっても過言ではない。
できればセリーナと二人で静かに暮らし、時折アデライン様やラモーナも交えてささやかなお茶会ができたらいいな、と思っている。
そのためにはまず呪いを解かなければならない。
だから呪い関連の魔法書を持っているかもというクリフォード兄様がいる実家に行くのは仕方がない事なのだろうが。
「ウィンストン侯爵家に着いたら、僕が伯父上を引き離しますから、伯母上は懐かしの実家を見てはいかがでしょうか」
「そうね……」
「伯母上の自室に置いてきたものなどがあるなら、持ち出してもいいと思います」
……甥っ子よ、それはある意味窃盗にあたるのでは? と将来が少し心配になったが、一応実家ではあるのよね。
その辺りはどうなのだろうか。
そもそも自室が残されているかは不明だ。
嫁いで行ったし、駆け落ちの濡れ衣着せられてるし、引き取られなかったし、勘当されて荷物も片付けられたんじゃないかしら。
でも、そうね。……アレがあれば、持って帰ろうかしら。
まあ、期待はしないでおこう。
「よく来たな、セドリック」
「こんにちは、クリフォード伯父上」
兄様はチラリと私を見て、すぐにふい、と目を逸らした。
一応私の実家でもあるんですがー? と声を大にして言いたい。
だが頭ごなしに邸内に入る事を拒絶するようでもなく、どうしたいのかが図りかねた。
「今日はどうしたんだ?」
「突然の訪問すみません。伯父上の魔法書を見せていただきたくて来ました」
「セドリック、お前も魔法に興味があるのか。いいだろう。こっちだ」
相変わらず二人だけで話が進み、私は黙って後ろから着いていく。まあ、別に構わないけれど、大人の対応してほしいわ。
だが、私がいた頃と比べてあまり変わっていないようで、懐かしさもある。
両親は領地で隠居しているのかしら。
兄は婚約者とそのまま結婚できたようだが、両親の情報は入って来なかった。
私がいなくなったと同時に社交界を退き兄様に家督を譲られたなら、まあ情報が入らなくても仕方ないか、とは思っていたが。
「魔法関連はこの辺りだな」
「ありがとうございます。呪術関連はどの辺りでしょうか?」
「……まさか、セドリック、お前……」
「ええ、実は……僕に呪いが掛けられている気がするんです」
セドリックは胸の辺りをきゅっと握り、薄らと涙を浮かべている。何も知らなければ儚い美少年そのものだ。
「「はぁ? どういう事!?」だ!?」
私と兄様の声が重なる。
私だけでなくセドリックもなの?
呪いってそんなに流行りのものだったの?
「大丈夫なの? あんたまで掛けられてるの? どうして早く言わないのよ」
「……待て、セドリックを放せ」
セドリックの肩を揺さぶると、兄様が私の肩を掴み乱暴に引き剥がされた。
「レディに対して力が強過ぎない?」
「っ、すまん。いや、だが」
「伯父上、伯母上に対して乱暴は止めてください。それより早く魔法書を見せてください。僕に掛けられた呪いの正体を知りたいんです」
「わ、分かった」
セドリックが兄様の背中を押し、チラリと私の方を見た。
まさか、引き離す作戦のうちなのかしら?
ぽつんと残された私は、仕方なく自室を目指す事にした。
邸内を歩いていると、手入れが行き届いているようで、使用人たちの働きぶりがよく分かる。
基本的に主が歩くだろう場所にはおらず、影でしっかりと家を維持するために働いているのには好感が持てた。
かつての自室の扉の前に立つと、思わず息を止める。
扉の取っ手を回すと、鍵はかかっていないようですんなり回った。
そもそも二十年近く経過している。片付けられていてもおかしくはない。埃だらけかも。
まあ、高性能マスクのおかげで塵一つ身体には入らないだろうけれど、覚悟してゆっくりと扉を引いて行く。
「これは……」
どれだけ酷い有様だろうと思ったが、意外や意外。当時のまま手付かずで、埃一つ舞っていない。
勉強のための木の机、猫脚のタンス、白を基調としたドレッサー。
応接用のテーブルには荷物が乱雑に置かれ、ソファにもいくつか散らばっているが、それ以外はよく整理整頓されていて正直驚いた。
ベッドなんかいつでも寝れるようになのかシーツがはぴんと張ってきれいなまま。置いていった今では型落ちの古いドレスもそのまま。
どういう事かしら。
「駆け落ちは失敗したのか」
呆然と部屋の中を見ていた私に、低い声がかけられた。
振り向くと兄様が難しい顔をして立っている。
「男に捨てられて娼館に売られたんだろう。よりにもよって結婚式当日に駆け落ちなんかして、実家に迷惑がかかると思わなかったのか」
憎々しげに見てくる兄様に言いたい事は沢山ある。
どうせ言っても信じてくれないのだろう。
「……どうして片付けなかったの?」
「質問に答えろ! 何故何も言わずに逃亡した! せめて一言あれば……っ」
「言わなかったのではなく、言えなかったのよ。だって私が駆け落ちしたなんて知ったの、つい最近の事だもの」
兄様から目を逸らし、部屋の中に目を向ける。
アレをしまった場所を思い出し、目的の場所へ向かった。
「ふざけるな!」
「いった!」
後ろからグイッと引っ張られ、肩を強く掴まれた。
兄様はツバを飛ばして怒鳴るが、汚いので勘弁してほしい。
「どういう事だ。自分の事なのに過去すら忘れたのか!」
「離してよ。……結婚式当日の朝、馬車に乗ってアークライト公爵家へ行く途中破落戸に襲われたのよ。使用人も護衛も全部逃げた。破落戸に指示してる護衛がいたからみんなグルだったんでしょ」
「な……お前は我が家の使用人たちまで乏すのか!」
兄様の腕を力いっぱい振り払い、掴まれた肩を叩く。掴まれた箇所がじんじん痛んで気分は最悪だ。
「知らないわよ。私は真実を言ってるだけよ。誰かが破落戸を雇って私を襲わせたんでしょ」
「仮にそうだとして何の為に?」
「……セリーナを身篭ったからじゃない?」
兄様は目を見開き、口を開けて唖然とした表情になった。




