23.旧友
ハルヴィアへの出立が一週間後に決定した。
無事にアークライト公爵家から出て、オルコットの籍に無事入れたのがつい三日程前。
その間、婚約も解消されたし身軽になった私はいつでも出立できるよう、準備をしていた。
私のお供はいないが、ラファエル殿下がしっかりと使用人を付けてくださるそうだ。
身の回りの事くらいある程度はできるよう、伯母……母から教わっている。
ラファエル殿下がハルヴィアに旅立つ準備をしている間、母の友人であるハイランド侯爵夫人との渡りをつけてくれたらしい。
母の旧友との再会というだけでなく、他の目的もあるようだ。
「ラモーナ・ハイランド侯爵夫人の息子がラファエル殿下の護衛に配属されたそうよ。今回同行するからついでに顔見せするらしいわ」
というわけで、ハルヴィアに行く予定の私と、その息子さんの顔合わせも兼ねているらしい。
「優しい方だといいな。でも、普通の方なら何でもいい気もします」
「そうねぇ……」
私とローランド様を身代わりに見立てて婚約をしていた元父。
いつまでも少女のままの元母。
母親の言いなりだったローランド様。
私の周りは個性が強い人が多い。
できれば関わりたくない部類の個性だ。
ハルヴィアへは長い旅路になるかもしれない。護衛ならば何かと近くにいるだろうから普通の人である事を切に願うところだ。
「まあ、ラモーナの息子ならば安全な気もするわ。とはいえ、ウッドウィル公爵令息みたいな例もあるし、付かず離れずでいいかもしれないわね」
母の言葉に同意しかない。
普通の人を願うなんて、何だか変なの、と苦笑した。
数日後、ハイランド侯爵夫人が離れを訪れた。
第一印象は、水色の髪に涼しげな印象の碧い瞳の品のいい女性だ。
その方は母を見るなり駆け寄り、抱き締めた。
「セシリー! 会いたかった! 生きてた! あー! 生きてる? 生きてる! 奇跡!」
「ラモーナ、ラモーナ待って、ぐえっ、相変わらず怪力すぎるってばちょっと手加減して」
「だって! だって、何年ぶり? 永遠の十八歳から二十年経ったの? 早くない? 時代を置き去りにしてきてない?」
母の顔をペタペタと触りながら訳の分からない事を呟く夫人は、とても豪快な方だった。
「母上、セシリア婦人が死にます。余命一分にする気ですか」
後から入って来て母とラモーナ婦人を引き剥がしたのは、深い蒼色のサラサラな髪が印象的な青年だった。
母親譲りだろう碧眼を向けられ、一瞬身構えてしまう。
「ごめんなさい。久しぶりの再会だと思ったら加減が難しかったわ。危うく旧友再会殺人事件が勃発するところだった」
「変わらないわねぇ。騎士はとっくに辞めたはずよね?」
「ええ、辞めたわ。朝と日中の鍛錬は欠かさないけれど」
「それ辞めたって言う?」
「魔物退治や戦争に行ってないからセーフでしょ」
青年の呆れ顔も無視して、婦人と母は久しぶりの再会と思えないくらい会話が弾んでいる。
母の明るい顔を見たのは初めてかもしれない。
それが嬉しくて私まで顔が緩んでしまう。
「すみません。脳筋な母なもので騒がしくて」
「騒がしいとは何よ。華やかと言いなさい華やかと」
「かしましい母ですみません」
「それ褒めてないし!」
無表情の青年に対し、ラモーナ婦人は賑やかな方だ。お淑やかな母の友人にしては珍しいかもしれないが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「改めて紹介するわね。ラモーナ・ハイランド侯爵夫人。私と仲良くしていただいてた時は騎士候補生だったの」
「やだわセシリー。私は今でもあなたと仲良しの認識よ。えっと、自己紹介が遅れてごめんなさいね。ラモーナよ。気軽にラモーナと呼んでね。こっちはうちの次男のレックス。ラファエル殿下の護衛で、今度ハルヴィアへ一緒に行くわ」
青年は私を見ると胸に手を当ててお辞儀をした。
私も慌ててカーテシーで応える。
今のところは普通の人っぽいかしら?
「レックスです。騎士やってます。以後よろしくお願いします」
「セリーナと申します。よろしくお願いいたします」
頭を上げると目が合って、ふわりと微笑んで見たが、レックス様の表情は真顔のままだった。
こういう時、元父もローランド様も笑みを浮かべていたから真顔のままでいられてちょっとドキッとしてしまった。
何か気に障る事でもあったかな……?
だがラモーナ婦人が彼の頬をむにっとした事で、それは杞憂だと分かった。
「ごめんねぇ、この子、表情が動かないのよ。あまり笑わないけど表情が乏しいだけで怒ってるわけじゃないからね」
「……ひはひへふ、そろそろはなひへふらはい」
「表情筋を鍛える運動〜」
母親にされるがままになっているが、何となく嫌ではなさそう?
彼の感情が少ないのか、ラモーナ婦人の明るさがなせる技なのか。いずれにせよ、良好な親子関係にあるようで羨ましいな。
ひと通り息子で遊んだらしいラモーナ婦人は、満足したのか手を離した。
レックス様は「いたい……」と言いながら頬を擦っていた。
「で、セシリー、その子は」
「セリーナ? チェルシーとウィリアムの長女で、つい先日私の養女にしたの」
「そっかー。あなたと同じ黒髪だから、親子と言っても過言は無いわね」
うんうん、と一人納得した婦人は、私に目線を向けた。
「あなた、幸運よ。あの二人の元にいるより、セシリーの方がいいに決まってるわ。よく決心したわね」
「はい。……元両親は私を見てくれなかったので、むしろ助かりました」
努めて明るく言えば、ラモーナ婦人の背景に炎が灯った気がした。
「あの二人ね。結婚式の茶番をぶち壊さなかっただけでも感謝してほしいわ」
「あら、私が駆け落ちしたって信じなかったの?」
「あなたに駆け落ちするくらい愛する男がいたなら、きっとまず私に相談するでしょう? でも私は何も知らずに結婚式であなたの晴れ姿を楽しみにしていたのよ。花嫁が来なかったら何かあったと思うのが普通じゃない?」
今まで元両親の話を信じていた私は、いかに目が曇っていたのかを突き付けられた気がする。
確かに花嫁が身代わりになる事自体がおかしな話だ。
「真っ先に疑ったわ。あなたは拐われたって。だから訴えたけど、妹が身代わりになる事でその場を収められた。花嫁が来ないのに、誰も心配しなかったのよ。家族ぐるみか、と失望したわね」
ラモーナ婦人が吐き捨てると、母は苦笑した。
「信じてくれる人がいて良かったわ」
「あの場で納得した人の方が少ないんじゃないかしら。その後長女が一年も経たないうちに生まれてるから、その時点でお察しよ」
ラモーナ婦人の言葉に、申し訳なくて俯いた。
私の存在が少なからず母の人生に影響を及ぼしてしまった事がいたたまれない。
もし私が元母のお腹にいなければ、とどうしても考えてしまう。
「ラモーナ、セリーナには罪は無いわよ」
「そうね。あなたと同じ黒髪で生まれてきた事は、悪い事はできないと神の思し召しに見えるわ。親の罪を突き付けるかのような容姿だから、疎まれてしまっただけよ。だから、気にしないようにね、セリーナ」
私の気持ちを見透かされたような気がして俯いた。何て返せばいいか分からなかった。
「いいの。セリーナは私と同じで生まれてくれてありがとうなんだからね。でもちょっと生まれてくるお腹を間違えただけなの」
母がぎゅっと抱き締めてくれる。
その一つ一つが嬉しくて、益々俯いてしまった。




