22.婚約解消
伯母が父から養女に同意する署名をもぎ取った。
あの父からどうやって? と尋ねてみたが、ニッコリと微笑んで優雅にお茶を飲んで真相は謎のままだ。
荒々しいやり方では父が報復に来るのでは、と思ったが、祖母の話では何故か母に怒られ、口を聞いてもらえないらしくそれどころではない模様。
養女の同意書と誓約書は、離れにあれば知らぬ間に持ち逃げされてもいけないということで、一旦祖母が預かっているらしい。
「すぐにでも出したいところだけれど、生憎機関が長期連休で開いていないのよね。仕方ない事とはいえ早く確定させたいわね」
祖母の言葉に何度も頷く。早く伯母の養女になりたいと私の気もそぞろだ。
一日が長く感じるし、早めに確定して安心したい。
「明日、あなたの婚約者が来るのよね?」
「はい。何だか間隔が短いような気もしますね」
「そうね。……妹との仲が進んでいるのかもしれないわ」
ローランド様は婚約の件は持ち帰ると言っていた。
どうなるかは明日次第だが、私としては解消して身軽になってからハルヴィアに行きたいと思っている。
「いざって時は私が交渉しようかしら」
「それは頼もしいですね」
伯母は事あるごとに私を撫でてくれる。
両親にもされた記憶も無いので、ちょっぴり照れくさい。
でも温かくて心にほんのり灯りが点るようだ。
翌日のローランド様との交流会は、ウッドウィル公爵夫人も同席した。
「あなたの事情はよく分かりました。うちの息子に問題があるようでなくて何よりです」
毅然とした態度の公爵夫人は、完璧なマナーでお茶を飲む。物音一つ立てない所作に思わず息を詰まるが、無事に解消できるなら問題は無い。
「……一時的にオルコットですぐに嫁いで来るなら許容範囲内です」
「ですが、ローランド様はシェリーと仲良くしております。ローランド様のお気持ちはどうですか?」
「えっ? ぼ、ボクは……母の言う通りに……」
「公爵夫人の意向は聞きました。今はローランド様の意向をお伺いしております」
公爵夫人をチラチラ見ながら挙動不審になっているローランド様を見て、溜息が出そうになるのを噛み殺す。
いずれ公爵家当主となる人のはずだが、母親がいないと決断もできないのだろうか。
「ボクは……その、あの……」
「ねえボクちゃん? あなた、この子の妹と口付けしていたわよね?」
「えっ……な、なななな、なんで!?」
伯母の言葉に分かりやすく狼狽える。いつの間にそこまでの仲になったのだろう。
息子の様子に、公爵夫人の眉間のシワが深くなる。
問題があるどころか大問題だ。
貴族に愛人がいる事は珍しくない。だがそれは、後継を儲けた後、お互いに話し合い納得してからの話だ。
政略結婚では仲良くなれない男女が否が応でも夫婦になった結果、軋轢を生むのはよくある話だ。
多くは仮面夫婦を演じながら愛人を持つ事はも多いし黙認されている。
互いに愛を求めず、外注する事で円満にいく貴族家もあるくらいだ。
友人くらい仲良くなれば、何かしら協力したりする事もあるらしいが、私には分からないので割愛する。
ただ、正妻以外の子に後継は認めないという法律がある。
政略結婚の大前提が意味を無くすからだ。
愛人の子を籍に入れようとすれば一族の大反対にあうだろう。
混ぜ物をしない為の制度だが、……まあ、王族が破っているへんな国だけれど。
だから、ローランド様がしている事は裏切りになる。私と結婚していない内からそういう行為は推奨されていない。
公爵夫人は大きな溜息を吐いて眉間の皺を揉んだ。
「そちらがするならともかく、あなたがそういう質だったなんて……。ローランド、今決めなさい。今なら婚約者交代で済むそうよ」
呆れた表情の母親を見て、あからさまに狼狽えるローランド様に伯母も冷めた表情を向ける。それと同時に公爵夫人を睨み付けた。
「ちょっと待ちなさい。そちらがするならってどういう意味かしら」
「あら失礼、ご両親の事を言ったまでですわ。お気になさらず」
伯母は納得がいってないようだが、私は気にしない。もう伯母の養女になるのだし、あの人たちの事は関係ない。
「あ……その……シェリー嬢を……」
しどろもどろになりながら言う彼に、選ばれなかった悲しみは湧かなかった。むしろホッとした。
これで何の憂いも無くハルヴィアへ行ける。
「申し訳ないわ、セリーナ嬢。息子の教育を間違えてしまったようでお恥ずかしい。慰謝料は追ってお支払いいたします」
公爵夫人は深く頭を下げた。
私と伯母も、それに倣う。だがローランド様は俯いたまま、唇を真一文字に引き結んでいた。
「何て言うか、良いんだけど、スッキリしないわ。ママの言う事に従うわりに、最後は下半身で決めるあたりウィリアムと同類ね」
ウッドウィル公爵夫人とローランド様が去り、婚約者交代の書類を持って来た。
早速元父に同意の誓約書を突きつけると、口をパクパクさせて項垂れていたらしい。
その隣で母とシェリーは喜色満面の笑みを浮かべドレスを新調しようとはしゃいでいたとか。
「でも、これで私もハルヴィアへ行けます。必ず成果を持って帰ります」
伯母の病気の事、モニカ殿下の血筋の裏付け、ここにいても何も進展しないし婚約解消となって予定もなくなったしちょうどいい。
「ごめんなさい。私の身体が言う事を聞けば一緒に行くのだけれど……」
「伯母様は無理しないで、でーんと構えて待っていてください」
頭を撫でてくれていた伯母の手が止まる。
何度も瞬き、唇をへの字にしながら何か言いたそうにしていた。
「……伯母様?」
「あー、それ。それね。うん。……あのさ、書類上はまだだけど、実質、さ。あたしたちは母と娘になるんだから、ほら。ちょっと早いけど、まあ、練習? みたいな」
常に余裕の笑みの伯母が、しどろもどろになっている。
これはもしかして、呼んでいいのかな……?
ゴクリと唾を呑み込み、大きく鳴る鼓動を押さえながら伯母の目を見た。
「お母様……?」
変な緊張感の中躊躇いがちに呼べば、伯母は小さく息を呑んだ。
それからゆっくりと口角が上がり、小さく微笑む。
「お母様」
もう一度呼べば、目を見開いて頬を膨らませた。
そして嬉しそうに顔を緩ませ、頭を撫でるのを再開した。
何だかちょっと照れくさかった。




