20.再度の話し合い
母の言葉は伯母の養女になる事を思えば希望の光である。
だが、母にとって私の存在はそれくらい軽いものだという事を突き付けられた気分だった。
「チェリー、簡単に言うんじゃない」
「いいじゃない。この子はお姉様とそっくりだし、私と親子というよりお姉様と親子といった方がいいくらいだわ」
……先日、一応娘と言っていた気がするが、その程度なのだろう。
「それに、ローランドもシェリーの方が仲良いわ。婚約解消ではなく、交代したらいいのよ」
手を打って、名案とばかりに明るい笑顔を見せる。
父はしどろもどろで焦っているが、母の方が強いのだろう。
「ローランド様と婚約できるなら、私嬉しいわ。ねぇ、お父様いいでしょう?」
「し、しかし……」
「お願い、お父様。ローランド様ってお父様と同じ色でしょう。だから、私とローランド様が並ぶと、まるでお父様とお母様みたいにいい夫婦になれると思うの」
そこへ可愛がっているシェリーも援護すれば怖いものは無い。
母を溺愛する父の事だ。頷かざるをえないだろう。
「私もシェリーと結婚した方がいいと思うわ。あの子は……問題があるとして婚約解消して、養女に出しましょ。ね、ウィル」
……それでも、無神経な言葉に、私の心が痛まないわけではない。
本当にこの人たちにとって、私という存在がどれだけ希薄だったのかをまざまざと見せつけられて俯いた。
「……ごめんなさいね」
「いえ……」
目の前で繰り広げられるモノが、どこか遠くの出来事のようにも感じている。
伯母には分かっていたのだろう。だがこれでこの人たちに未練も情けも何も無くなった。
かえって本心が知れて良かったのかもしれない。
「……分かった。ただし、婚約はそのままだ」
「え〜」
「ウッドウィル公爵家の意向も聞かなければならない。これは家同士の問題が絡む」
「んもう、仕方ないわね。でも、ローランドはシェリーを選ぶと思うわ。だって先日カフェに行った時、シェリーを熱く見つめていたもの」
母はその時の事を思い出しながらうっとりと頬をピンクに染めた。自分たちの姿を重ねたのだろうか。
「そうよお父様。ウッドウィル公爵家とお話し合いして? 早く決めちゃわないと……そこのおば様みたいに駆け落ちでもされるかもしれないわ」
にやにやしたシェリーの笑顔に虫唾が走る。
だが見るのはこれで終わりだ。伯母が肩に手を回して寄せてくれていたから、私は唇を噛んで耐えていた。
「ではセリーナは私の養女にするという事で、書類にサインをしてちょうだい」
「今すぐにか? もう少し家族としていても……」
伯母が書類を差し出したが、父は何故か引き際悪くあがいている。それが腹立たしくて、もう最後だと思ったら、言いたい事全部言おうと決めた。
「私たちが家族だった事、ありましたか?」
思ったよりも声が震える。息が詰まって苦しくて、おへその周りが重苦しい。
だが今言わなければ泣き寝入りだ。伯母の手の温もりを感じながら、言葉を振り絞る。
「後継のセドリックだけを気にするお父様と、自分によく似たシェリーばかりを気にするお母様。私はお祖母様としか話していないわ」
父は心当たりがあるのか気まずそうに目を逸らし、母はシェリーと顔を見合わせて困ったような顔をしている。
「お母様にいたっては、私の名前すら呼びませんね。それは家族と言えるのでしょうか」
「でも、あなたは私が生んだわよ?」
「生んだだけで家族になるわけではないでしょう?」
家族とは、一緒に生活をし、会話をし、夫婦や親子の関係を作り上げていく事だと思う。
子を生んだだけで親になるわけではない。
子を育てて親も成長するのだと思っている。
──ただ、言ったところでこの人が理解するとは思えない。
私は息を吐いて真っ直ぐに両親だった人を見た。
「今まで育ててくださってありがとうございました。これで心置きなく養女になれます」
家族とは呼べないものだったが、何不自由なく育ててもらった恩はある。殆どは使用人たちからだったけれど。
私は頭を下げて決別の挨拶をした。
養女になるにあたり、誓約書も交わす事になった。あとから父がやっぱりやめた、と言わないようにらしい。
伯母の養女になるので、私は荷物を離れに移す事にした。
全ては入り切らないので、お気に入りのものだけ。
「全てが解決して、私もしぶとく生き残っていたらここを出て暮らしましょ」
「伯母様は助かります。私が助けます。魔術の事は分からないけれど、ハルヴィアで何か見つけてきます」
婚約をどうするのかはまだ分からないが、きっと解消されるだろう。
ローランド様のお母様は厳格な方だ。
ウッドウィル公爵家唯一の跡取りとして育てられているローランド様は、とても大切にされている。
私は嫁としてようやく及第点を貰えるくらいだった。
及第点の理由は、アークライト公爵家出身だったからだ。家柄を重んじるウッドウィル公爵夫人が、領地を持たないオルコットの養女になった私を好むとは思えなかった。
シェリーも乗り気だったし、母のもう一推しがあれば父も頷くだろう。
二人もこれで気兼ねなく堂々と愛し合える。
少しだけ、未来に不安が無いとは言わない。
ハルヴィアで何も得られないかもしれないし、伯母の呪いだっていつ悪化するか分からない。
だが、それでもやれる事はやりたいし、やらなくて後悔はしたくない。
だから、私は淑女の笑みを絶やさずにいこうと思う。
数日後、ローランド様との交流会があった。
もちろんシェリーも一緒だ。
「ローランド様、大切なお話があります」
「え? な、なにかな?」
「私たちの婚約を解消しましょう。そして、ローランド様はシェリーと再婚約をしていただければと存じます」
ローランド様はぽかんとして、私とシェリーを見比べている。
「えっ、で、でも……」
「最近ローランド様は私の方が仲良しじゃない? お姉様は娼婦の伯母の養女になられたの。だからもうアークライト公爵令嬢ではないのよ」
「え、そうなの?」
シェリーの言葉に一瞬ローランド様の口角が上がった気がする。
「でも、及第点もらえたのはセリーナ嬢だったからなぁ……」
「それは私がアークライト公爵令嬢だったからでしょう?」
「まあ、そうなんだけど。一応、持ち帰っていいかな。マ……母に相談しないと」
何だろう。少しだけモヤっとしたものが広がった。
シェリーはローランド様がこの場で同意しない事に頬を膨らませたが、結局その後のお喋りでご機嫌が直ったみたいだった。
ちなみに私はまだ一応アークライト公爵令嬢だ。
父と伯母の話し合いは、今夜二人きりで行われるそうだ。
以後一話ずつ更新します。
小説家になろうの定時は18:30です。




