19.期限
祖母の話を聞いて、私も、伯母も、ラファエル殿下すらも口を閉ざしていた。
王妃殿下の身勝手さが、周りを掻き回して歪ませている。
そしてあろう事か、私の祖父とあらぬ関係になり、不義の子を出産し今日まで何食わぬ顔で王家の椅子に座っている。
「オフィーリアが私がいるここにモニカをやらないのは、私が何かするのではと怯えているのだと思うわ」
静かに言い放つ祖母の纏う空気は、悲しくて痛ましい。
望まぬ相手と結婚させられ、常に裏切られていたなんて……祖母の歩んできた人生を思うといたたまれない。
「あなたが婚約解消を申し出た時、モニカの付け入る隙を与える訳にはいかなかった。血の繋がり以前に、オフィーリアの娘というだけで憎悪の対象だったわ。……けれど、そのせいであなたに過酷な運命を背負わせてしまった」
両親の不義を見て、婚約解消も視野にあった。
だがそれを許されず、伯母一人が犠牲になってしまった。
「アデライン様、顔を上げてください」
項垂れた祖母を、伯母は穏やかな表情で見ていた。
「ずっと、一人で耐えて、お辛かったでしょう」
「私がした事で、あなたにとばっちりがいってしまったわ。罪の無い誰かを犠牲にしてまでも復讐をしたいわけじゃなかった」
「でも、私を受け入れてくださいました」
伯母が祖母を抱き締める。
病魔に冒され娼館を追われ、行き場の無かった伯母を受け入れると決めたのは祖母だった。
きっと罪滅ぼしもあったのだろう。
「このまま一人で朽ちると思っていたのに、姪にも会わせてくれた。駆け落ちした事になっていた不義理の私を受け入れてくださっただけでもお釣りがきます」
「セシリア……」
「今の話で、断罪すべき人が誰なのかもハッキリしました」
伯母はラファエル様を真っ直ぐに見る。
祖母の、伯母の幸せを奪ったのは──
「……我が身内ながら情けない。母と姉がすまない」
ラファエル様は顔色を悪くして頭を下げた。
彼は悪くないはずなのに、と思うが、祖母も伯母も謝罪を受け入れた。
「ラファエル様、私はモニカの、王家の罪を暴きます」
「ああ。愚姉はハルヴィアから離縁されたとはいえ、王家の血筋ではないなら大問題だ」
「王妃は知ってて送り出したのですから、信用問題にもなりますね」
「ただ……モニカの血筋を暴こうにも、アデライン様の証言だけでは足りないですね」
祖母は王妃殿下から直接聞いたわけではない。
しかも三十年以上も前の話だ。シラを切り通されては詰められない。追い詰めるには、確実な証拠が必要だ。
「……離縁の理由は、モニカの不貞だけではないかもしれないわ」
祖母が思い出したように呟く。
「匿名で一度ハルヴィア王室に手紙を出したの。モニカの血筋に不安があります、と」
それはモニカ殿下が嫁がれて一年程が経過した辺りだったそうだ。
ハルヴィアの第二王子殿下と蜜月を過ごしているだろう時に出したが、特に変化は無かったため捨て置かれたのだろうと落胆したらしい。
ただ、その後モニカ殿下は身篭らず、第二王子殿下に見放されてしまった。
それをきっかけに不貞し始めたそうだから、楔にはなったのかもしれないと祖母は言う。
「ハルヴィアへ行ってみますか」
ラファエル殿下の言葉に伯母が顔を上げる。
「では私も……ゴフッ」
手を上げたところで、──吐血した。
「セシリア!」
「医師を!」
「伯母様……」
何度も咳き込み、その度に血が溢れてくる。
忘れていたわけではない。
伯母があまりにも元気そうで、余裕の表情でいるから実感が無かったのだ。
メイドが呼んできた医師が診察をする。
大量に吐血したため顔色が真っ白になった伯母を見て足が震える。
「これは……」
「セシリアは治らないのですか?」
ラファエル殿下の声が震えている。
伯母の頬を撫で、張り付いた髪をそっと避ける仕草は、ただの知人に対するものではないと感じた。
「専門ではないので確証はございませんが、婦人から魔術要素が感じられます」
「魔術要素!?」
「それは一体……」
「元々大したご病気ではないと思います。ですが、意図的に悪いものを増幅させているのでは、と推測いたします。一種の呪いと言いますか」
誰が、と考えたら思い当たるのは少数だ。
何もしていない伯母がこんな目にあわなければならない理不尽さに怒りで涙が出てくる。
「私は魔術の専門外ですので、よろしければ知人を紹介いたしましょう」
「お願いします」
医師は頷いて去って行く。
もしも本当に呪いだとしたら、それが解ければ伯母の病気は治るのだろうか。
「すみません、ラファエル殿下。お見苦しいところを見せてしまいました」
「構いません。こちらこそ病気と伺っていたのに、無理をさせてしまいました」
「私に残された時間はあまりないかもしれませんね。呪いが解けなかった時の事も想定して動かねば……」
「まだ横になっていなさい。あなたは沢山血を吐いたのよ」
祖母も伯母を止める。伯母は仕方なくベッドに横たわった。
そんな伯母を見て、私は決意した。
「ハルヴィアへは私が行きます」
「セリーナ……」
「アカデミーを卒業して、結婚まで暇ですし」
「だが、色々準備があるのではないか?」
「セリーナは今、私の養女にしようとしているのです。婚約も解消するつもりではあるのですが……」
「どちらも父が渋っているんです。私と婚約者……ウッドウィル公爵令息を自分と伯母に見立てているようで……」
ラファエル殿下も眉を顰めて険しい顔をした。
誰でもそうなるわよね。
「私が権力でどうにかしてやりたいが、養女も婚約も、こればかりは当主の署名がいる」
「もう一度話し合うしかないのかしらね」
前回の父の態度を思い出してぶるりと震える。
またあのやり取りをしなければならないのだろうか。
「大丈夫よ、セリーナ。私が何とかしてあげるから」
伯母は儚げに微笑う。
自分が何もできない悔しさで唇を噛み締めた。
後日、再び話し合いの場が設けられた。
何故か今度は母とシェリーも一緒だ。
伯母に理由を尋ねてみると、沈痛な面持ちだった。
「ごめんなさい、セリーナ。……今日の話し合いは、あなたにとって辛い事になるかもしれないわ」
伯母の言葉に私の鼓動が大きく脈打った。息を吐いて、吸って、気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫です。……伯母様がいらっしゃるから」
上手く、笑えたかしら。伯母が頭を撫でてくれたから、きっと大丈夫ね。
「先日も申し上げたけれど、セリーナを私の養女に、そしてウッドウィル公爵令息との婚約を解消してほしいの」
「何度言おうと無駄だ。養女には出さないし婚約も解消しない」
腕を組んで頑なになった父に、母は小首を傾げている。
「いいじゃない。何がいけないの?」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。




