18.発芽【side アデライン】
そんなあるお茶会の日。
サディアス殿下とモニカ殿下の友人を、というお披露目の時。
お茶会は私とウィリアムだけで行く事が殆どだったが、珍しくヒューバートもついてくると言い出した。
騎士の彼は日中仕事だし、華やかな夜会は好きだが、マナーを重んじる茶会は苦手な彼が仕事を休んでまで来るのは本当に珍しかった。
だから、ある種の勘が働いた。
オフィーリアとヒューバートが見つめ合っている。
分かりやすく、というわけではない。あちらは王太子妃だから、対外を重んじて周りに目配せをしているだけだ。
だがヒューバートと視線が絡み合った時、違和感があった。
それを裏付けたのが、国王陛下夫妻に挨拶をし、割り当てられたテーブル席に座った直後だった。
王太子殿下がヒューバートを呼んでいるとメイドから言付けられたのだ。
訝しみながらも彼はついて行き、すぐに戻ると思っていたのに参加者が国王陛下夫妻に挨拶を終え、自由歓談の時間になっても戻らない。
ウィリアムが他の友人と歓談している隙に探しに行くと、王宮の生け垣の片隅に、ヒューバートと……何故かオフィーリアがいた。
二人は身体を寄せ合い、オフィーリアは彼の頬に指を添えている。
「そろそろ戻らないと。妻が心配している」
「もう少しいいじゃない。近衛を辞めてしまってあまり会えなくなったのだし」
「……もう会うつもりはない」
「どうして? 近衛を辞めたのも急な話だったわ。……まさか、アデラインを愛しているの?」
私からはヒューバートの表情は見えない。
だがオフィーリアは少し焦っているように見えた。
「あなたがアデラインが欲しいと言うから協力してあげたじゃない」
「あれはあんたが王太子妃になりたいと言ったから協力しただけだ」
「へぇ、そう。……結婚してから散々私を抱いたのに?」
オフィーリアが何を言っているのか分からなかった。
確かにヒューバートは結婚してからも帰宅しない日は多かった。
近衛の仕事で一日中王族を警護しなければならないから。
だが、そうではないとしたら。
「モニカ、可愛いでしょう? 私と、あなたの子よ」
息を大きく吸い込んで悲鳴を呑み込んだ。
心臓が抉られたような感覚が襲い、鉛を呑み込んだかのような重さが胃の辺りに広がる。
「瞳は碧いけれど、髪色はあの人と同じだからとても可愛がってくれるわ。自分の血は一滴も入っていないのに! もうおかしいったら! アデラインに見せてあげたいわ。あの人もあなたも、私のに夢中で、身も心も私を愛しているって」
オフィーリアの恍惚を極めたような声が耳に響く。それと同時に、腹の底からグツグツと煮えるような怒りが湧いてくる。
「俺は……」
「愛しているでしょう? だからあのお茶をアデラインに飲ませた」
あの……お茶……
「あなたが跡継ぎの男児がいるのに二人目を作るからいけないのよ」
「それは……」
まさか、悪阻が軽くなるというお茶が、子を流すための物ならば。
それを知ってて渡したのであれば、それは──
「近衛に戻って来なさいな。モニカも本当のお父様がいたら嬉しいわ」
ヒューバートがどう返事をしたのかは知らない。
私は音も立てずにその場を離れたから。
まさか、最初から裏切られていたなんて気付かなった。
自分が愚かで滑稽で惨めで、乾いた笑いが込み上げる。
涙すら出ない。
怒りと絶望と苦しみと失望と──様々な感情が渦巻いて、残ったものは無だった。
それから私はずっと自分を殺して生きてきた。
あの男は騎士は続けていたが近衛には戻らなかった。
あの男の血を引いたウィリアムすら憎悪の対象になった。
だが私と同じ色味を持つ子に、ふと我に返る事もしばしばあった。
ヒューバートが騎士団長になっても、何の祝いもしなかった。
普段家にいないくせに、昇進したから祝えは都合が良すぎるでしょう?
オフィーリアに復讐したかったが、証拠が提示できないのと、トラヴィスがモニカを可愛がっているせいで訴えたところで信用されず、返り討ちにあうのでは、と思うと何もできなかった。
ただ、自分の血を引いていない子を溺愛する彼を見て、とても愚かだと思う事で溜飲を下げていた。
モニカはそうして育てられ、我儘を尽くしたバケモノにもなっていた。
ヒューバートからの何か言いたげな目線は全て無視をした。
彼の代わりに公爵家の事でやらなければならない事は沢山あったから何かしら仕事をして話し合う余地も持たなかった。
ウィリアムの婚約者を決めた時だけ、少し会話をした。
「この子を婚約者として打診します」
「……分かった」
たったそれだけのものだったけれど。
彼が倒れ、運ばれてきた時も何の感情もなかった。
ウィリアムは心配していたが、部下から事情を聞いて「愚か」としか言いようが無かった。
「アデライン……今まですまなかった」
気落ちしたせいかすっかり弱気になり力無く横たわる姿を見ても、「だから?」としか思えなかった。
むしろ今更何に対しての謝罪だろう。
この人の中途半端な所が本当に大嫌いだった。
「すまないと思うくらいなら、最初からしなければいいのに。私を罠に嵌める事も、オフィーリアを抱く事も、……隠し子を作る事も」
その時の驚愕の顔は未だに思い出しても笑える。
口をパクパクさせて、水面に上がった魚みたいだった。
同時に、私が何も知らないと思えるおめでたい人だと思った。
そんな彼が滑稽で、可笑しくて、それから私は彼を看病する事にした。
「王太子妃殿下からいただいた特製のお茶よ。あなたを心配して送ってくださったの。治るといいわね」
あの日と同じように、私もお茶を進めた。
あの人は黙って飲み続けた。
──それに何が入っているのか、理解していたかは分からないけれど。




