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身代わりのあなたに花束を  作者: 凛蓮月@記憶をなくした孤独な妻発売!


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17.種子【side アデライン】


 元々私は、トラヴィスが王太子だった頃の婚約者候補だった。

 当時の国王陛下の側近の娘だった私とトラヴィスは幼馴染で、仕事の父についてきてよく一緒に遊んでいた。静かに本を読んだり、飽きたら王宮をくまなく探索したりしたものだ。

 だが私たちが結婚する事はなく、現王妃オフィーリアがその座に収まったのは、私がアークライト公爵令息──ヒューバートに奪われたからだ。


 社交界デビューを終え、初めての夜会に出席した時の事だった。

 アカデミーの友人たちと談笑していると、騎士科の人たちに声をかけられた。


「お嬢さんたち、今宵は素敵な一夜を過ごせているかい?」


 見目麗しいがにやにやした顔が不快で、当たり障りなく断っていると、拒絶されたと感じ取ってほとんどの男性は引き下がった。

 だがヒューバートだけは空気を読まずに居座り、話し掛けて来る。

 花摘みに行ったところで追い掛けてきて、正直鬱陶しかったのを覚えている。

 彼は執拗に私に話し掛け、それに気圧された友人たちはそそくさと逃げてしまった。

 私も無視を貫いていたが、あの男は口が達者でのせるのが上手い。

 まんまと引っ掛かった私は、甘いカクテルを飲まされ、フラフラとなったところで休憩室に連れ込まれた。


「何かするわけじゃないけど、あんたが王妃になるのは不都合な事らしいんだよね」


 逃げなければ、と回る頭で警鐘が鳴る。だが足元が覚束ない中でドレスが重く感じ、まともに歩く事さえままならない。

 その時何かされたわけではないが、年頃の男女が伴もつけずに二人きりでいると何かと不都合なわけで。


「あ……あなたたち、そういう関係だったの!?」


 ようやく扉を開けて出たところでよりにもよってオフィーリアに見つかってしまった。

 ヒューバートに支えられた私、時折転んだ事によってはだけたドレス。

 ──状況だけで判断されてしまった。


「ち、違うわ。誤解よ」

「近寄らないで! トラヴィス様の婚約者候補でありながら、ふしだらだわ!」

「待って、オフィーリア、話を……」

「きゃああああ!」


 私を不潔だと罵る彼女が叫んだ事で人だかりができてしまい、言い訳もできる状況ではなくなった。

 その人だかりの中にトラヴィスもいて、……私を蔑むような目線を忘れた事は一度も無い。


 その後、私はヒューバートと婚約させられた。

 伯爵令嬢だった私と、公爵家嫡男だったヒューバート。

 今までのらくらと婚約を躱し続けてきた彼に落ち着いてほしかった公爵は、有無を言わせない態度だった。


 王宮でトラヴィスの姿を見つけても、一瞬睨まれた後目線を逸らされた。

 彼は間もなく、オフィーリアと婚約した。


 始まりはこんなでも、結婚するならば彼に歩み寄りたかった。

 公爵家嫡男のはずなのに騎士科であるヒューバートは、領地経営に興味は無く、結婚後は私がしなければならない事はあらかじめ言われていた。

 王太子の護衛だった彼が結婚してもこのままなのだと言った時は正気を疑った。

 結局、結婚してもあまり家に寄り付かず、ウィリアムを授かったのは奇跡だった。


 ウィリアムが生まれて間もなく、ヒューバートはオフィーリアの護衛に変わっていた。

 冷えきった私たちは、夜会さえ一緒に出席する事も無く、私は幸せを感じる事もなく無味無臭に生きてきた。


 このまま貴族の結婚らしく、互いに心を通わせる事無く終わるのだと思っていた。

 それでも構わなかった。

 会話らしい会話もなく、私にはどうでも良かったのに、ある日突然、何故か彼の方から歩み寄られていた。


「今まですまなかった。これからは家族の事を見ていくよ」


 軽薄な彼がそんな台詞を言うのが信じられなかった。勝手にすれば、と思っていた。

 だが確かに夜会は一緒に出席するし、そばにいてくれる。

 ウィリアムにも目を掛け、もしかしたら、それなりの関係になれるかもしれない、と思っていた。

 まあ、軽薄なのは相変わらずで、夜会中は華々を両手に侍らせていたわね。そこはもう諦めていたから好きにしたらと思っていた。


 そうこうしているうち、私は二人目を身篭った。

 悪阻が酷くて横になっている事が増えた。

 ヒューバートは戸惑いながらも世話を焼いてくれたと思う。


「これ、王太子殿下からいただいたんだ。妃殿下が妊娠中、悪阻で辛かったけれどこれを飲めばスッキリするから好んで飲んでいたらしい」


 王太子殿下から下賜された物を無碍にするわけにはいかない。

 飲んでみれば確かに悪阻はおさまり、起きていられるようになった。


 ──だが、お腹の子が生まれる事はなかった。

 大量の出血と共にお腹からいなくなってしまったらしい。その時に、私は二度と妊娠できなくなってしまった。


 ヒューバートは妾を作るように周りから言われていたのだと思う。それも仕方ないと思ったが、彼にそんな気配は無かった。

 けれど同時に、私との閨もなくなった。


 また、振り出しに戻った。

 いや、振り出しならまだマシだった。

 再び彼は家に寄り付かなくなった。

 心を開きかけていたのに、中途半端な歩み寄りは私の心を蝕んだ。

 それでも、ウィリアムとの時間が私を慰めてくれていたのは事実だ。


 そして、ウィリアムやトラヴィスの息子、サディアスが生まれて二年後。

 オフィーリアは女児を出産した。

 父譲りの金の髪、透き通る宝石のような碧い瞳。

 お人形のような王女モニカは、両親に愛されて育てられた。

 モニカの瞳の色が王家の殆どに表れていた紫ではなく碧いという事で疑惑の目が向けられたが、この国で碧眼、翠眼、紫眼は主流で、先祖の誰かにいるのだろうと次第に流されていった。

 そんな疑惑があったから、トラヴィスはことさらモニカを可愛がっているようだった。


 その頃、ヒューバートは近衛を辞し、騎士団に入団した。

 夜会の度に聞こえる下世話な噂に、ヒューバートへの気持ちは完全に消えた。


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