16.ラファエル殿下の来訪
事の顛末を伯母と祖母に話すと、無の表情だった。
「親子揃ってまあ……」
祖母は何食わぬ顔で紅茶を飲み、伯母は呆れて溜息を吐き、乱暴に前髪を掻き上げる。
「まあまあ。さすが、愚姉の友人だけありますね」
苦笑しているのはラファエル殿下だ。サラサラの金髪と紫の瞳が印象的な、第二王子殿下。
母やシェリーと色味は同じなのに、中性的で、だががっしりとした体型は頼もしさを感じる。
「まだ友人なの? 会ってる風じゃなさそうって聞いたけれど」
「義姉と会ってる席に来るそうですよ。まあ、大抵二人が話して義姉は空気らしいけれど」
ラファエル殿下は優雅に紅茶のカップを傾ける。
以前聞いた話で、母は王太子妃殿下の元へ訪れているとは聞いたが、その場を利用して会っているのか。
「王太子妃殿下はよく許しているわね」
「義姉は穏やかな方なんです」
自分に会いに来たと見せかけて、別の人とばかり話している……何だか今の私と重なって、勝手ながら親近感が湧いた。
「それで。チェルシーは私がすぐに死ぬと聞いていたのね」
「はい。オルコット卿が戦死した事も知っているようでした」
「……なるほどね」
伯母は小さく溜息を吐き、次いで険しい顔をした。
「何度考えても、チェルシーが情報を自ら集めているとは思えないわ。……ねえ、アーヴァインが……オルコット卿が戦死した前線への指示者は誰だったかしら」
「……兄上ですね」
「王太子殿下……」
二人は思案顔で俯いている。そして目を合わせて頷いた。
「これは仮説なのだけれど、二十年前、私を襲ったのはおそらくチェルシー。これは間違いないと思うわ。理由は、そうね。純潔を捧げたウィリアムと結婚するため……」
そこで伯母は口を噤む。私の顔を見て、真面目な顔をした。
「セリーナ、あなた今十八だったわね」
「ええ」
「もし、結婚前の不貞で、チェルシーが妊娠したのだとしたら……」
祖母とラファエル殿下は目を見開き険しい顔をした。
「ずっと、王太子殿下よりウィリアム様を選んだ理由が分からなかったの。なれるかはともかく、あの子の事だから派手な方に行きそうじゃない? 王家に入るには純潔が必須だけれど、王太子殿下を丸め込めばいくらでもごまかせるし」
「確かに。公爵家より王太子妃になった方が自尊心も満たされるでしょうし、兄上ならやるでしょう。あの人の性格的にもそっちの方が……」
私のせい? 私を授かったから伯母をこんなめに合わせたの……?
だとしたら許せない。
自分の存在が穢らわしく感じて悲しみより怒りが湧いてくる。
「セリーナ」
そんな私を伯母が抱き締める。
「あんたまた変な考え起こしてるでしょう。私の不幸があんたができたせいだって」
「だって……そうでしょう? 私ができなければ、身代わりの結婚なんかしなかったかもしれない」
「バカね。あなたに罪は無いわ。正直に言えばむしろ今となってはあんな気持ち悪い男を貰ってくれてありがとうなんだけど」
酷い事を言われ、仮にも私の親なのに、泣いたり怒るよりも先に苦笑いがきてしまった。
確かに父は伯母には勿体無さすぎる。
「私は何も知りません〜みたいな顔してるチェルシーの協力者がいるはず、と思ったら」
「間違いなく姉上でしょうね」
「やっぱりそう思うわよね」
母とモニカ様が共謀して伯母を陥れたのだとしたら、何故、と憤りが先に来る。
どうしても父と結婚したかったなら、婚約者を交代すれば良かったのに。
「チェルシーやモニカに恨まれるような事はしてないはずなんだけどなぁ」
伯母はボヤきながら腕を組む。
どうにかして二人を裁けないものだろうか。
誰かを貶めるような真似をして、自分たちは何食わぬ顔で幸せに暮らしているなんて許せない。
「調べようにも二十年前の事だし、証拠も無い。売られた娼館もなくなってしまったのよね」
伯母が最初にいた娼館は、割と普通の所で気のいい仲間と楽しく商売していたそうだ。
だが急に羽振りが悪くなり、店主は借金を残して夜逃げ、残された娼婦たちは借金のかたに売られたらしい。
「それなのですが、どうやら愚姉は……アークライト公爵にしきりに会いたいと言っていたようです」
「はぁ?」
アークライト公爵といえば、父の事だろうか。
まさか、母だけでなく、モニカ様からも思いを寄せられていた?
「え、待って、それ本当?」
「ええ。僕の推察なのですが、本当ならば、愚姉が……という事なのかもしれません」
「えええ……好きなら持って行って構わなかったのに」
伯母は心底げんなりした表情で項垂れた。
見目麗しいわけではない父がそんなにモテるとも思えないのだけれど。
「モニカの気持ちを知ったチェルシーが横取り……。ありえそうでおそろしいわ」
「しきりにチェルシー夫人に兄上をけしかけていたので、夫人を兄に嫁がせて自分はアークライト公爵夫人に収まりたかったのかもしれません」
なんて身勝手なんだろう。
その推測があたっているなら、政略など関係無く自分たちの欲望を優先しているという事だ。
二人に嫌悪感が増している中、ふと祖母を見ると険しい表情をしていた。
「……おぞましい」
ボソッと呟いた言葉で、祖母の嫌悪感があらわになる。
「それが真実ならば、とても罪深い事だわ。ああ、けれど、今となってはそうなった方が良かったのかもしれないわね」
祖母の瞳には嫌悪だけでなく憎悪も宿る。
尋常ではない雰囲気に、私たちは圧倒されていた。
「お祖母様……?」
不安になって袖を引く。瞬時にいつもの優しい祖母の顔に戻った。
そして目を閉じ深呼吸して再び開く。
「あなた達、モニカ殿下が出戻った理由、知っているかしら?」
「ええ。ハルヴィア側の回答では、第二王子殿下の側近と不義密通をしたからとか」
「ふふ……血は争えないわね」
祖母は自嘲したように笑う。
言葉の意味を正確に捉えるならば──
「モニカ殿下は王家の血筋ではないからよ」
その言葉に私たち三人は固まった。




