15.交流の場の闖入者
ローランド様と婚約したのは、十五の頃だった。
私との会話が最小限だった父から、突然宣言されたのだ。
初めてお会いした時から紳士的な態度で接してくれた。
お互い趣味も興味がある事も違うため話は弾まないし、反応もできない。
けれどそれでは結婚して長い年月を過ごしていくにはつまらないだろう。だから少しは興味が持てるよう、ローランド様の好きなものを勉強した。
すると少しずつ会話ができるようになって、お互いの事を理解し始めていたと思っていた。
「ねえローランド様、これどうかしら」
「え? あ、ああ、うん、いいんじゃないかな」
「そうでしょう? お母様とお揃いで買ったのよ」
「へえ。それはとても素敵だね。どうりで似合っているよ。きみはチェルシー様に似ているからとても映えているよ」
「んもう、お母様は関係ないでしょう?」
相変わらずシェリーとばかり話すローランド様。
客観的に見て、彼の気持ちを推し量るがいまいち掴めない。
「ローランド様、あの……」
「それでね、ローランド様」
シェリーからちらりと目線を向けられ、鋭く睨まれる。
ここで怯んではダメよ、と奮い立たせ、口を開いた。
「シェリー? こんなところにいたの」
場違いな闖入者によって発声を遮られる。
シェリーを探していたらしいその人は、年齢にそぐわないピンクのふわふわしたドレスで現れた。
「お母様どうされたの?」
「新しいドレスを買いに行きたいの。付き合ってくれる?」
「えっ、どうしようかしら」
シェリーはチラチラとローランド様と母に視線を往復させる。
これは……流石にどうなのかしら。
「お母様と行ってきたら?」
「え……でも」
迷っている風のシェリーに、母は何かがピンときたようだ。
ローランド様は気まずそうにお茶を含んだ。
「じゃあ、ローランドも一緒に来たら?」
「えっ」
私と、ローランド様の声が重なる。
すかさず顔を伺うと、一瞬口角が上がっている気がした。
「あなたのセンスを見てあげるわ。将来的にドレスを見繕うのだし」
「お母様、ローランド様は私の婚約者です。今日は私との交流の日ですよ」
「あなたのために言ってあげているのよ? ほら、結婚式のためのドレスも見に行けばいいじゃない」
「それならば私も行きます」
まるで両親と伯母の時のようになっていると予感がし、慌てて立ち上がる。
「やぁねぇ、サプライズよ。あなたが一緒に来たら意味ないじゃない」
だが、母は目をすわらせ、腕を組んで睨んできた。母に合わせてシェリーもじろりと睨んでくる。
ローランド様は二人を諫めようともせず、ただ俯いて紅茶を飲んでいる。
「ね、ローランド様行きましょ」
「え、でも……」
「ローランド様」
呼び止めても、彼はシェリーにグイグイ引っ張られて立ち上がり、私を一瞥して行ってしまった。
「お母様……」
「ローランドも満更じゃなさそうね。本当に、シェリーの方がお似合いじゃない」
悪びれもせずに微笑うこのおぞましい生き物は何だろう。
ローランド様は私の婚約者だ。解消を望んでいるとはいえ、母たちはそれを知らないはず。なのに諌めもせず、シェリーを優先させるとはどういうつもりだろうか。
「ローランド様は……私の婚約者です」
「そうね。でも、ほら、シェリーと私は同じでしょう? どういうわけか、ローランドはウィルと同じ。まるで私たちみたい!」
目を輝かせて手を叩くこの人を、母と慕っていた自分に怖気が走る。
「ああ、そういえば、あなたはお姉様にそっくりね」
母は微笑みを浮かべたままゆっくりと近寄って来て、私の頬をするりと撫でた。
「大丈夫よ。あなたをどうにかしようなんて思わないわ。一応私の娘なのだし」
「どういう……」
「そういえば最近、あなたお姉様のところに行っているそうね」
母が私の行動を把握しているのが意外だった。
背中に汗が伝い、生唾を呑み込む。
「病気と伺ったわ。しかももうすぐ死ぬだなんて! 娼婦をしていたのだから、仕方がないわね。惨めよね。駆け落ちなんてするからいけないのだわ。せっかく会えた男も呆気なく戦死して、きれいな娼館からも捨てられた哀れなお姉様と話しても、何も得られないでしょうに」
目を見開き、それが愉しいとでもいうようにらんらんと輝かせている。
「伯母様を……悪く言わないで……」
「悪い事なんて言ってないわ? 真実を教えてあげているの。でも、すぐに死ぬって聞いたのに、案外死なないのね」
早くいなくなればいいのに──
母の口がそう動いたが、母の表情は穏やかだ。
不気味で、ゾッとするようなその顔を見て絶句した。
「お母様ぁ? 早く行きましょう」
「はぁい! ……じゃあね、お姉様」
ニッコリ笑って、母は行ってしまった。
扉が閉まり、その場に座り込み、胸の辺りの布地をぎゅっと掴む。
鼓動が速く、走ってもいないのに息が切れる。
──あれは、人の顔を被ったケモノだ。
誰かを陥れる事に躊躇いの無い、悪魔だ。
自分の欲望に忠実で、欲しいものは奪い取り、快楽のためだけに生きている。
私は、そんな人の娘──のはずだ。
だが、最後のあの言葉は、まるで私を通して伯母を見ているようだった。
結局、ローランド様との交流はまともにできないまま終わってしまった。彼と話もできずにいるこの状況は望ましいとは言い難い。
これから先もきっとシェリーは乱入して来るだろうし、母も介入するかもしれない。
もうどうしていいか分からず、しばらくその場から動けなかった。




