14.交渉決裂の理由
伯母と話した翌日、本邸にて父と伯母で私を養女にする話し合いの場が設けられた。あらかじめ内容は伝えてあるそうで、もちろん私と私の味方になると言ってくれた祖母も同席した。
ちなみに母はいない。母がいるとシェリーも、となるし、場が混乱するからと知らせていないらしい。
そもそも母は伯母が来てから会おうともしていないので、興味が無いのかもしれない。いつでも自分中心の人だな、と小さく溜息を吐いた。
メイドがお茶をテーブルにセットしたのを合図に、まず伯母が話を切り出した。
「セリーナを私の養女にしようと思います」
「断る」
腕組みをした父はふんぞり返って即座に答えた。
それが意外で膝上に置いた手が汗ばむ。
祖母は父を見据えたまま、私の肩に手を回してくれた。
ちらりと伯母を見ると、表情一つ変えずに真っ直ぐに父を見ていた。
「ここに来てひと月ほど経つけれど、あなたたちはセリーナを娘として接しているとは思えないわ」
「セリーナは大切な娘だ。何一つ不自由ない生活をさせてやっている。一年後にはウッドウィル公爵令息と結婚する予定だ。セリーナはアークライト公爵家から出す」
政略的な意味があるからなのだろうか。
父は今日まで結局解消に交代にも応じてくれなかった。
「政略目的の婚姻なら、アークライト公爵家からは妹を出せばいいじゃない。セリーナよりも親しくしているでしょう?」
「シェリーはまだ十六でアカデミーも卒業していない」
「急がないなら妹の卒業を待っても問題無いでしょう? 女性は行き遅れたら好奇の目に晒されるけれど、男性はそうでもないし」
「婚約者を交代したらセリーナはどうなる。それこそ行き遅れになるではないか」
「あら、私の手腕にかかれば、婚約者なんてすぐに見つかるわ。私に似て艶のある黒髪だし、性格は大人しいけれど公爵夫人の教育をしっかり受けていたから淑女として申し分ないわ」
伯母がその後の事も考えてくれているなんて思っていなかった。
そういえばそうよね、と自分の浅はかさに恥ずかしくなる。
「お前が見つけてくるのは公爵家より上か?」
「そうねぇ。公爵家より上がいいと言うならば、ラファエル様にお願いしてみようかしら。まだ独身だし」
ラファエル様は確か三十くらいだった気がする。
十歳以上離れているのは流石に恐縮してしまう、と思っていたらテーブルがガチャンと音を立てた。
驚いて音のした方を見ると、父がテーブルを叩きつけたようだ。
「ふざけるな! のらくらといつまでも独身の輩に大事な娘をやれるわけないだろう!」
「あなたが公爵家より上を、と言うからラファエル様を推薦したのに。ラファエル様に不服があるならば、甥に当たる王子殿下にも聞いてみるわ」
「だめだ! 王家の者など、色素の薄い男しかいないじゃないか!」
父が何が言いたいのか理解できず、息が詰まる。
目を見開き、血走らせた父にゾッとして、祖母に助けを求めた。
「……もしかして、と思っていたけれど、ウッドウィル公爵令息とセリーナを婚約させているのって……」
「うるさい! セリーナは絶対に公爵令息と結婚するんだ。お互いに愛し合っているから幸せになれる。今はシェリーに傾いていても、本心はセリーナを愛しているはずだ。俺が……っ!」
勢いよく顔を上げた父は、ハッとして口を噤んだ。
きっと、私と祖母と伯母は同じ気持ちだろう。
……いや、私は悲しい、虚しいが先にきているが、伯母と祖母は嫌悪と憤怒だ。
「セリーナは私ではないし、ウッドウィル公爵令息はあなたではないわ。自分たちがそうだったからって身代わりに仕立てるなんて最低」
伯母が吐き捨てると、祖母は大きな溜息を吐いた。父は苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。
「とにかく、養女にも出さないし、婚約も解消しない」
「ウィリアム」
「これは当主判断だ」
結局、話し合いはそのまま終わってしまい、私たち三人は応接室を追い出された。
そのまま離れに戻り、無言でソファに腰を下ろす。
「公爵夫人……」
「申し訳ないわ。……誰に似たのかしらね……」
祖母は顔色を悪くしながら頭を抱えた。
「まさか自分の身代わりにしていたなんてね。……ちなみに聞くけれど、あなたはウッドウィル公爵令息をどう思っているの?」
「ローランド様の事は……正直、分かりません。以前は両親のような関係になりたいと思っていましたが、今はそんな気持ちもなくなりました。彼が望むなら、婚約解消も受け入れます」
シェリーが介入する前は、そこそこ親しくできていたと思う。
趣味は合わないし、話も感性も合わなくても、政略結婚なんてそんなものだと思っていた。
だが今は彼がシェリーを選ぶならば、それでもいいと思っている。
「分かったわ。……養女の件は一旦保留にする。強引に進めても、あの男が無理やり何かするかもしれないし。まずはあなたの婚約を解消して、身軽になりましょう。辛いかもしれないけれど、ウッドウィル公爵令息の気持ちも確認して、できれば双方納得して解消できたらいいのだけれど」
伯母は頬に手を当て、ふう、と息を吐いた。
母と同じ仕草なのに、伯母の方は艶があって同じ女性だというのにドキドキしてしまう。
でも、そうか。
自分の気持ちばかりだったが、ローランド様がどうしたいのかも話し合わないといけないのか。
「できるかしら?」
「や、やってみます」
「今のあなたは積極的に交流しようとしていないと言われかねないから、とりあえず何でもいいから話し掛けて。妹を優先しても、つまらないだろうけれどその場にいてちょうだい。そうね、開始から一時間程は我慢して。夕食は何かとか、別の事を考えていたらいいわよ」
伯母はウインクをして明るく言う。
別の事を考えながら置物になるのは得意だ。
ちょうど明日が交流の日。
気はのらないが体裁は整えるべきとの言葉に、ゆっくりと頷いた。




