12.決断
「セリーナ、あなた最近婚約者と交流せずに、お姉様のところに行っているそうね」
晩餐後、自室に戻るところを珍しく母に止められたと思えば、相変わらず少女のようにふわふわとして頬に手を添え、小首を傾げていた。
「交流会の時にシェリーが来てローランド様とずっとお喋りしているのです」
「まあ。もう、シェリーったら、困った子ね」
母はシェリーを窘めるような事はしない。
年齢も三十も半ばなのに浮世離れしているようで、困ったと言いながら本当に悩むような人ではない。
「うかうかしていると、シェリーに取られてしまうわよ」
何が面白いのか、ふわりと笑うその目はよく見てみると笑っていない。
伯母を最初に見ていた一瞬のあの目だ。
「お父様には散々お願いをしているのです。婚約解消か、婚約者交代してほしいと」
「そうなの? ウィルは何て言ってるの?」
「絶対に解消しないと。私としては今のシェリーとローランド様はまるでお父様とお母様のようでしょう? とてもお似合いだと思うの」
「へえ……。そうなの……」
相変わらずふわりとしているが、目が笑っていない。
お父様も話の通じない異性人のようだが、お母様も同じ雰囲気を感じる。
こちらの方が愉悦が混じっている分質が悪いかもしれない。
「ふふふ。あなたたちを見ていると、若い頃を思い出すわ。ウィルはお姉様の婚約者だったから、もしかするとあなたたちを見て昔を思い出しているのかもしれないわね」
もしそうだとしたら、大迷惑でしかない。
私たちを通じて自分たちの愛の始まりを反芻するなんて、何を考えているのだろうか。
「でも、そうね。もしシェリーとローランドが愛し合う関係になったら、あなたに何かしちゃうかもしれないから、お母様が言ってあげましょうか?」
母の言葉に違和感を感じた。
何かするとは……何?
「……伯母様のように……ですか?」
言った途端、母の笑みがすっと抜け落ちた。
「なんですって? あなたは私がお姉様に何かしたと思っているの?」
「いえ」
「お母様は最初は仕方なく身代わりになったの。王太子殿下のサディアス様からも求愛されていたのよ? それをお断りしてお姉様の尻拭いをしたのに酷いわ!」
一方的な責めに、廊下にいたメイドたちがチラチラと見てくる。
気まずくなって俯いていると、自室にいたらしいシェリーが顔を出した。
「お母様、どうなさいましたの?」
「シェリー! 聞いてちょうだい。この子ったら、お母様が身代わりで結婚するためにお姉様に何かしたんじゃないかっていじめるのよ」
母は少しだけ開いた扉を開け、シェリーに抱きついた。
「優しいお母様が何かするわけないじゃない。お姉様ったら酷いわ」
きっ、と睨んでくるシェリーを黙って見つめる。
金の髪に紫の瞳、お母様の色合いと全く同じだ。
「シェリーはお母様と同じなのね」
単純に、羨ましいと思った。
母と同じ、明るい金の髪、それに映える神秘的な紫の瞳。
私も瞳の色は同じだが、黒髪だから暗い印象を与えてしまう。
だから、明るくて眩しくて、そう思ったからぽつりと出た言葉だった。
だが、何故かそれは母の逆鱗に触れたらしい。
シェリーに縋りついていた母は、気付けば私に向かって来て、勢いよく振りかぶった手を私の頬に叩きつけた。
「あなた……妹を侮辱するの?」
何が起きたか分からず、呆然と床を見る。
ゆっくりと目線を母に向けると、今まで見た事がないくらいに怒っていた。
遅れてやって来た頬の痛みを和らげようと手で抑え、だが、温厚な母がした事が信じられず、視界の隅にいたシェリーも驚きの顔を見せた。
「侮辱って、どうしてですか?」
「私と同じって、どういう事よ!」
母が激昂する理由がわからず、ただ困惑してしまう。
何かおかしな事を言っただろうか。
「ただ、シェリーと同じ、金髪だと思っただけです……」
痛くて、理不尽で、涙が出て来る。
どうして、と頭の中でぐるぐると回る。
「あら、そうなの? まあ、当然よねぇ。だって私が生んだ子だもの」
その変わりように驚いたのは、私だけではなかった。
先程までの目を吊り上げた母ではなく、いつもの少女のような砂糖菓子のような甘さがある顔だ。
「私に似て誰かを惹き付けてしまうのよね。でも仕方ないわよね。私の子だから」
にっこり笑った母は、そのままシェリーの部屋に入って行った。
──怖い。
あれは誰だ。あれは誰だ。私が知る母はおっとりとしていて掴みどころが無くて甘くて。
あれは知らない。あんな母は知らない。
震える足を窘め、自室に逃げ込む。
ベッドに勢いよく飛び込み、きつく目を瞑るが枕がじわりと濡れていた。
叩かれた頬がじんじん痛む。
父も、母も、あんな人たちだったかしら。
私は今まで何を見ていたの?
盲目的に信じて、真実の愛を賞賛して。
「名前すら……呼ばれなかったわ」
一度も母の口から私の名前が出なかった。
覚えているのかさえ怪しい。
だが、それがきっかけとなり私は新たな決断をした。
翌日、そのまま寝てしまったせいか少しばかり頬が腫れていた。
朝食の席で母に何か言われるかと身構えたが、相変わらず私の存在を気にしていないようだ。
私がいなくても、構わないみたい。
「セリーナ、その頬どうしたの?」
唯一、声を掛けてくれたのは祖母だった。
「昨夜、母から殴られました」
祖母は思わずといった体で口元を抑えた。
「婚姻前の顔になんて酷い」
痛ましげにみられ、触れようとしたのか、躊躇って結局触れられなかった。
「お祖母様、私、決めたわ」
祖母は私がいわんとする事が何かすぐに察してくるたようだ。
「あなたがどんな選択をしても、私の孫である事は変わらないわ」
「お祖母様……」
「ごめんなさいね。私もあの二人が何を思ってそうしているのか分からないわ。あの手の人って自分が一番と思っているのよ」
祖母も似たような人に会った事があるのだろうか。
一瞬だけ、怒りの表情になって、私の目線に気付くと苦笑した。
それから祖母と一緒に離れへ向かった。
「いらっしゃい。その顔は、決めたのかしら」
「はい。……私は伯母様の養女になります」
伯母は目を輝かせ、笑顔を返してくれた。




