11.父の執着
伯母は私がいる事を忘れているのか、さらっととんでもない事を言った気がするわ?
「知っていたわよ。前公爵の葬儀の後からあなたたちが親密になっていた事は。でもまさか、結婚式も迫って来る頃になって裏切られるとは思わなかったわ」
気になってソファの陰から見ると、伯母の芯の通った冷めた声が父に突き刺さったようで、表情を強張らせていた。
「あれは……仕方なかったんだ……」
「そう。あの頃チェルシーは王太子殿下との縁談も持ち上がっていたのだけれど。良かったわね、選ばれて」
──そうなの?
父の表情を見ると知らなかったのだろうか、目を見開いている。
「まさか……いや、それは……」
「だからどうしても結婚したくて、私を暴漢に襲わせたのだと思ったわ」
王太子殿下ではなく自分が選ばれた優越感でもあったのだろうか。
気持ち悪く緩みかけた顔が一瞬にして険しいものになった。
「どういう事だ?」
「あなたとチェルシーが愛し合ってしまった。けれど何故か婚約は解消されない。だから私を暴漢に襲わせて駆け落ちを偽装した」
「俺を疑っているのか?」
「違うの? ウェディングドレスは不自然なくらいチェルシーの好みに仕立て上げられていたそうじゃない」
「それは……っ、ドレスを準備する時にチェルシーの意見を聞いたからで」
「私が花嫁だったのに、花嫁の意見を聞かずに何故妹の言う事を聞いたの?」
確かに、結婚式の準備は新郎新婦でするものだ。
一生に一度の晴れ舞台。特にウェディングドレスは花嫁が一番力を入れるものだろう。
自分で悩み、選び、半年程かけてデザインから縫製の指示を出す。新郎は支度金としてお金を出す。
愛し合う恋人たちならば二人でデザインを決めたりするそうだが、伯母と父はそんな関係でもないように思えた。
「驚かせたかったんだ。チェルシーが……そういうサプライズが女性は好きだから、と」
「……私が襲われたのもサプライズ?」
「襲われたって何だ? そもそも駆け落ちではなかったのか? きみが駆け落ちしたからチェルシーが身代わりになったんだぞ?」
父の様子からするに、母と共謀して襲わせたのではないような気がする。
公爵家当主としての振る舞いではなく、純粋に驚いている様は演技には見えない。
それは伯母も感じているようで、父を見る目の鋭さが少しだけ和らいだ気がした。
「信じるか信じないかはあなた次第だけれど、駆け落ちなんてしていないわ。あの日、公爵家に向かう馬車が暴漢に襲われたのよ。それで……娼館に売られたわ」
伯母の言葉に父は絶句した。
にわかには信じ難い話だろう。駆け落ちの方がまだマシだった。
「……そんな話をして、俺の気を引きたいのか?」
「……はぁ?」
「本当は男に見捨てられたんだろう? 娼館でも誰にも相手にされないから出戻った。俺がここにいるから」
伯母様、こちらを向かないで。
今私、この人と血が繋がっているとか信じたくないの。
私にも理解できないから解説を求めるような目はやめてください。
「いや、私がここに来たのは」
「忘れられなかったのだろう? 最期のひと時を愛する俺と一緒に過ごしたかった。同情を引くような話を盛らなくても、素直に言えば……うわぶっ!?」
ドゴォッ、という聞きなれない音がした。
何事? と見てみると、父が床に仰向けで倒れていた。
「あ、ごめんなさい。つい手が出ちゃったわ。乱暴な客とか話が通じない客への対処法として教えてもらったの」
見てみれば、父の右頬が赤く腫れているように見えた。
大の大人が床に倒れる程強く殴ったという事!?
「ひ、ひはば! はんらいなひもひれ接していればほんなはね!」
「あら足りなかった? もう一本いっとく?」
伯母が拳を作り臨戦態勢になった。
床に座り込んだままの父は気圧されつ勢いよく頭を振る。
「きめぇんだよ、クズ野郎。浮気した奴なんか願い下げだね。どーせ一夜限りだとか背徳感とか流されたんだろうけど、あれから何年経ったと思ってんの。愛する俺と最期のひと時を過ごしたいだあ? 寝言は寝てから言いなさいよ。……と、あらいやだわ、娼館にいた時の言葉が出てきちゃったわ」
伯母は恥ずかしそうに口元を手で押さえ、今更のように「ほほほ」と笑った。
「ほ、ほほえへろろ!」
父は立ち上がり、情けない捨て台詞を吐く。
よほど痛いのか頬を抑えたままだし、ちゃんと言えてないのがまた情けない。
当然伯母には何の効果も無く、それもまた惨めさを際立たせた。
「あ、ちょっと待ちなさい。セリーナの婚約、解消しなさいよ」
「っ……何れ……」
「さっき言ったの忘れた? あなたたちみたいじゃない、あの子の婚約者と、妹の関係って」
「……婚約は解消しない。浮ついた気持ちはあっても一時的なものだ」
痛む頬を押さえたまま、父は頑なに譲らない。
何がそうさせるのか、もはや異次元レベルで分からないわ。
「あの子はあなたが選ばなかった過去のやり直しのためにいるわけじゃないのよ。もっとあの子の話を聞いてあげて。父親なのでしょう?」
「俺は! セリーナを愛している! お前に言われる筋合いはない。ちゃんとあの子の幸せを考えている!」
激昂した父は伯母を睨んで出て行った。
伯母は呆れ返り、私も苦笑するしかない。
「だめね。昔はまだ話を聞く人だった気もするんだけどなぁ。いつの間にあんなおかしな人になったの?」
伯母の言葉に曖昧な返事しかできない。
私は父の優しい一面しか知らない。
だが、先程の狂気じみた発言は、血の繋がった父とは思いたくないものだった。
「私の前では、優しい父でした」
どこかで信じたくない気持ちもあった。
親身にはなってくれないが、それでも娘として情けもあるのだと。
「伯母様、養女の件、改めて考えてみます」
今は何となく近くにいたくないと思った。
「当然よ。私はいつでも大歓迎だからね」
伯母の笑顔を見て、伯母と結婚しなかった父を初めて愚かだと思ってしまった。




