10.バカな人
あれから父に何度も婚約解消、もしくは婚約者交代をお願いしたが、あしらわれるだけで話も聞いてもらえない。
相変わらずシェリーは交流会で当然のようにローランド様の隣に座り、私以上に話し掛けている。
ローランド様も特に窘めるような事はしない。
私が注意するのを待っているし、注意したところでシェリーは聞かない。
「いいじゃない。ローランド様も私とお喋りしている方が楽しいでしょう?」
「あ、ああ、でも……」
チラチラこちらを見ないでほしい。
こんなにも頼り無い方だったかしら、と気持ちは冷める一方だ。
こんな方と両親のような関係になりたいと思っていたなんて、どれだけ盲目的だったのか、と自分が嫌になるわ。
「私は用があるから、あとはごゆっくり」
「あ……」
いっその事、ローランド様の方から解消を申し出てくれないかしら。
こういう時でも引き止める事すらしない彼に、段々と熱も冷めていく。
「もう、ローランド様ぁ! お姉様なんかいいじゃない。私とお話しましょう?」
二人を見ないようにして席を立つ。
シェリーを振り払えない時点で無理だわ。
私は応接間を後にして離れへ向かう。
伯母は体調のいい時はいつでも私の愚痴を聞いてくれるからだ。
「あっははははは! ダメだねぇ、弱い男は」
「義務すら果たすつもりが無いなら、いっその事あちらから婚約解消なり交代なり申し出てほしいわ。お父様に言っても取り合ってくれないのだもの」
父は頑なに解消に応じないどころか、話すらまともに聞いてくれない。
私はローランド様を愛しているだの、一時的なものだのと妄想ばかりしている。
「不思議よね。自分と同じ境遇なのだから、交代しても良さそうなものだけれど」
「婚約の話をすると、『愛しているならば試練を乗り越えるんだ』とか訳のわからない事ばかりで、最近は話すのも億劫なんです」
せめて聞く耳を持ってくださっていれば、まだ話し合う余地もあるのに。
でも今諦めてしまえば私の将来はお先真っ暗だわ。
「私の養女になればいいのよ。あんな男の言う事なんか聞く事ないわよ」
「……そうは言っても……」
確かに伯母の養女になった方がいいとは思う。
だが、どこかで決断できない私がいる。
自分でもよく分からない。両親やローランド様に期待しているわけではないが、伯母の後を継ぐ事がどういう事か想像できていないからかもしれない。
「難しく考えなくていいのよ。幸せになりたいでしょう? まあ、公爵令嬢の身分はなくなるけれど、オルコットの名は残せるわ」
「オルコットはどこからいただいたのですか?」
娼婦だった時に賜ったのだとは思うが、誰かに譲れる爵位を持つ人は限られているだろう。高位貴族か、あるいは……
「娼婦をしていた時に、馴染みの客のご両親がご自身が持つ爵位を譲ってくださったの」
「えっ」
「バカみたいに私ばかり指名してね……。身受けする話も出ていたのだけれど、結局……魔物討伐で亡くなったらしいわ」
伯母は目を伏せ、涙を堪えるかのような顔をしている。正確には泣きたいけれど、泣けない。そんな顔。
おそらく、その表情を見る限り、私が想像している事は当たりだと思う。
「伯母様はその方を愛していらっしゃったのですね」
伯母はハッと目を見開き、眉根を下げて微笑う。
「バカな子だったの。……貴族の次男坊でね、魔術師だったの。親に頼らず自分でお金を貯めていたのですって。だから何年もかかってしまって、ようやく貯まったと思ったら……前線にやられてしまって、仲間の方が訃報を持ってきたの」
彼の葬儀の時、両親は彼に譲った爵位を伯母に譲った。
預かる土地も無い、名ばかりの爵位だが、貰ってほしいと懇願されたらしい。
『本当に、あなたの話をしている時は嬉しそうにしていて……。こんな事なら私たちが身受けのお金を出してあげていたら……』
大人しくて真面目で、頑固な大馬鹿者。
そんな彼が愛したのが伯母だった。
両親は泣き崩れ、せめてもの慰めにとオルコットの姓を伯母に授けたらしい。
二人が結ばれていれば、きっと幸せな日々を送れていただろう。
運命とは時に残酷だ。
幸せになるべき人からいなくなる。
「それでも、その方は伯母様と一緒にいられて嬉しかったのではないでしょうか?」
「そうだといいわね」
伯母は柔らかに微笑った。
その後も伯母と談笑していると、扉を叩く音がした。
「珍しいわね」
「お祖母様かしら」
「きっとそうね」
使用人は下がらせているため、伯母が扉を開ける。
するとそこに立っていたのは父だった。
「あら、いらっしゃい。どういったご用件かしら」
「セリーナはいるか?」
いつもと違うような声音にドキッとして、ソファに縮こまる。
見つかりませんように、という思いは、伯母に届いたらしい。
「セリーナに何の用?」
「ウッドウィル公爵令息とのお茶会をすっぽかしたらしい。お前が何か吹き込んでいるんじゃないか?」
「吹き込んでいたらどうなの? どうせ令息はあの子の妹と楽しくお喋りしているのでしょう?」
「義理の兄妹になるから仲良くするのはいい事だろう。一時的に惹かれあっても、最終的に結婚するのはセリーナなのだから気にせず構えていればいい」
……父は分かってくれない。
婚約していても、互いの信頼が大切なのだと。
一時的にでも蔑ろにされれば、信頼は地の底だ。
嫌な気持ちを押し殺してまで結婚しないといけないのならば、誰でも結婚したくなくるだろう。
「一時的なつもりが、永遠になる事もあるのでは? ……あなたと、チェルシーのように」
「なにっ……」
「そうならば、婚約者交代した方がいいわね」
「俺は……きみが駆け落ちしなければきみと結婚していた! 妻になるのはきみだと思っていたんだ!」
「でも、チェルシーを愛していたのでしょう?」
「それは……」
「あなたのお父様がお亡くなりになって、私が公爵夫人と公爵家を建て直していた時、あなたはチェルシーと一緒にいたわ」
「……」
その話は聞いた事がある。
祖父が亡くなって、傷心の父を慰めたのは母だった。
伯母は慰めもしなかったと。
だが、当主が亡くなると引き継ぎなど、様々な手続きもある。領地経営の方針も変わるだろう。
伯母は祖母のサポートをしていたのだとしたら……?
「良かったじゃない。あなたはあなたの愛する人と一緒になれて。幸せになったのでしょう? 私がいなくなったおかげよね」
「チェルシーは身代わりだったんだ! きみがいなくなったから仕方なく結婚したんだ!」
「ああ、純潔を奪った責任をとったのよね」
「……!?」
父は生唾を呑み込み息を止める。
対する伯母は、冷めた目をしていた。




