第16話 プレドゥミルソル遺跡4
ヤクモの大衆浴場…
あそこは水を温める魔術が組み込まれた設備があって、火を使わずに運営されていたな。
魔力効率に勝る上、原理としては高度じゃ無い。
この技術はこれから普及していくだろう。
そういえば、王都の給湯設備なんて気にしたこと無かったな…
「もう良い感じですよ、アインツさん
また難しいこと考えてます?」
顔を上げるとミリアがこちらを見ていた。
視線を落とすと床の窪みに溜めた水から湯気が上がっていた。
【プレドゥミルソル遺跡第4層】
槍の魔獣。
そう形容する。
見た目から漂う雰囲気、危険と断ずるに迷う余地はない。
体長は3メートルほど。
4本の脚は人に近い上半身を支えている。
発達した僧帽筋は槍を投射する姿を想像させる。
辺りに並べられた槍は背中に刺さっている物と同じ物に見える。
おそらくは魔術により有機的に生み出されるのだろう、弾切れは期待できない。
階段を降りた先、等間隔に並ぶ円柱は大きな円を描く。
中央は闘技場と言った趣きで広い空間が確保されている。
奥にはどっしりと待ち構えるように佇む守護獣が、階下に降りた侵入者を睨み付ける。
迎撃ラインを一歩越えれば即座に投擲が始まるだろう。
僕は一声も発することなく全員に目配せした。
すると異を唱える者はなく、皆第3層への階段を登った。
【プレドゥミルソル遺跡第3層】
さて、どうしようか。
まずは現状の手札を確認しよう。
「ミリア、ロープは使えそう?」
ミリアの目を見て尋ねた。
ミリアは先ほどの魔獣が突き付けた逃れ難い死のイメージが脳裏から離れないのだろう…
寒さだけとは思えない震え方をしている。
「千切れちゃいましたし…
どっち道あんなのと戦えるような魔術じゃ無いですよ…」
ミリアは俯いたまま答えた。
「ヨルド、さっきの魔獣の情報はある?」
ヨルドも動揺からか額に汗を滲ませていた。
ゆっくり数回首を横に振り、答えた。
「あんなの見たこと無いですよ…
肺の動きが見えませんでしたし、口や鼻もありませんでした
生物とは思えません…」
ヨルドの声の震えから、恐怖と懸命に戦ってることが窺える。
「俺は無理!戦えねぇ!」
声をかけるまでもなくキーロが叫んだ。
「う、うん
わかった、大丈夫だよ」
キーロは返事をしないままプイと視線を反らした。
「ダグバナさん、煙幕はどうですか?
氷は溶けましたけど…」
ダグバナは視線が合うとピクリと身体を跳ねさせた。
「お、俺は…」
ダグバナは僕の目から逃げるようにヨルドに駆け寄り耳打ちした。
すぐにヨルドが口を開く。
「えっと、何故か操ることが出来なくなったみたいです
おそらく、クーピーの体液か温度で組成が変質したんじゃないかと…」
説明を終えたヨルドはダグバナを小さく小突き睨み付けた。
「あっしは行くっすよ!
火薬もまだあるっす!」
次に声を上げたのはマクロニカだった。
ポニーテールがブンブンと踊る。
「火薬か…
それって離れた場所からでも起爆出来る?」
「出来ます!」
即答だった。
が、自信満々の笑顔はすぐに冷や汗混じりのハニカミ顔に変わり、雲行きの怪しさを感じさせた。
「やったことは無いっすけど…」
そっかぁ…
僕の落胆が伝わったのかマクロニカが身を乗り出して言葉を重ねた。
「でもでもでも!ルーベル様は出来てたっす!
ルーベル様から教わった私が出来ないなんて顔向け出来ないっす!
やらせて欲しいっす!」
マクロニカは僕の返事を待たずに部屋の隅で練習を始めた。
まぁ出来てくれたら助かるか…
最後はヤーマンに向き合った。
「俺の斧なら何回か槍を防ぐ盾には出来ると思うがよぉ
それして意味あるかってとこだよな?」
笑顔を崩さない姿勢が威圧感を底上げしているように思えた。
「少し時間が稼げれば一応手はあるんです…」
僕はヤーマンにそう告げた。
数分前に沸かしたお湯は既に冷えきっていた。
【プレドゥミルソル遺跡第4層】
再び降り立った第4層。
ミリア、ヨルド、キーロ、ダグバナの4人は第3層の確保に残って貰った。
まずやるのは槍の迎撃ラインまで近付くこと。
じりじりと1歩ずつ距離を詰める。
槍の魔獣は微動だにしない。
その背後にあるであろう聖遺物、彼がここに存在する唯一の理由。
それを守るためだけの存在なのだ。
コツ…
その1歩が境界だった。
ギィ…ヒュッ!
ガキィィイイン!
数メートルはあろう大槍が矢のような速さで空を走る。
ヤーマンはその一線を正確に捉え、弾き飛ばした。
「うぉお!いけ!」
僕は魔獣が次の槍を構える前に外した義手を右手で放り投げた。
魔獣が飛んでくる金属塊に向け槍を振るう。
「今!」
「はい!」
僕の掛け声にマクロニカが即応する。
パァァアン!
義手に取り付けていた火薬が炸裂し軌道が逸れる。
義手は槍の横薙ぎを躱し、魔獣の頭上を飛び越え、背後に落下した。
魔獣は身から逸れた投射物への警戒を止め、こちらへ眼光を向けた。
義手には義眼を持たせてある。
白黒の視界で聖遺物が置かれた台座を探す。
見つけた!後は!
カタカタ…ガタッ…
僕は義手を遠隔操作し台座から聖遺物を外した。
すると魔獣は目に精気を失い、その場に倒れ伏した。
「手がある…なるほどねぇ…」
ヤーマンは感心したように腕を組んでいた。
初めて笑顔を崩した気がする。
「わ!手がない!」
階段を登った僕たちを見たヨルドが声を上げた。
「お待ちしておりましたよ、アインツ様」
館に戻るとルーベルが待ち受けていた。
整列したメイドが一矢乱れぬタイミングで一斉に頭を下げる。
「ガッハッハ!アインツさん、あんたどっかの貴族か王様だったのかい?」
ヤーマンが豪快に笑う。
「いや…そんなことは…」
遺跡の探索成功をこんなに早く…どうやって知ったんだ…?
疑問を投げ掛けるようにマクロニカに振り返り、目を合わせる。
マクロニカはポニーテールをブンブンと元気に振り、何も分からないと意思を示した。
「あの、アインツさん…」
ミリアがもじもじと手をこねながら近付いてきた。
「これお祝いの雰囲気ですよね?
お酒は…」
やめて欲しい…
「やめて欲しい…」
館内食堂、大きなテーブルには昨日の物より更に豪勢なご馳走が整然と鎮座している。
肉、魚、酒、更には楽団が弦楽器を奏でる。
まさしく贅を追求した空間だ…
「俺たちは帰るぜ」
ルーベルに報告を終えたヤーマンが食堂に顔を出した。
「は?」
「なんで!?」
キーロとヨルドが目を見開いて抗議した。
「俺たちは仕事に来ただけだ
客と酒を飲むのは仕事じゃねぇ
わかってんだろ?」
笑顔の奥に怒気が込もっている。
有無を言わせぬ命令だ。
が…
「ふざけんな!1人で帰れ!」
「そんなこと言ったらお金の計算やめますよ?
他にも!頭脳労働出来ない癖に威張らないで下さい!」
2人の怒りは収まらなかった。
「…」
ヤーマンは静かに退散した。
ダグバナは居心地悪そうに、じっとワインのビンの模様を観察していた。
「ヨルドちゃん!一緒に食べよう?
歳の近い女の子と喋るの久しぶりなんだ!」
ミリアがヨルドの横に座った。
手には赤い液体が入ったグラスが握られている。
あれは…ワインだ…
「ミリアさん
私もですよ
と言うか普段組員以外とまともに話しませんからね」
ヨルドがハニカミながら応えた。
「敬語じゃなくていいよ!
ヨルドちゃん、17でしょ?
私18!ほとんど一緒!」
ミリアはヨルドの手を取り、顔を近付ける。
「あ、はい、じゃあ…
でも最近ずっと敬語だったから慣れなくて…」
ヨルドが目を反らし頬を朱に染めた。
ガチャッ!
その時勢い良く扉が開いた。
「あっしが来ましたよ!
アインツさんにお酌してこいって、ルーベル様にお仕事頂いちゃいました!」
ポニーテールが元気になびく。
外は夜が更けていく…
◆ ◆ ◆
数刻前…
「ああ、よろしく頼むよ
もう直着くさ、うん」
「うん、誰1人怪我も無し、上出来だろう?」
「そうだね、慰問では無く祝賀だ
豪勢にしておくれよ
私の大事な弟子なんだ」
「あ、1つ伝言を頼むよ
聖遺物の鑑定は王都でするように、とね」
カタ…
私は用件を全て伝えると遠隔意思疎通の聖遺物への魔力供給を止めた。
ルーベル、そしてガンドーラ、無理を言ってしまったからね。
名前ぐらいは覚えておこう。
それよりもやっと1つ目…
王都で一緒に喜べるのを楽しみにしてるよ、アインツ。
コンコン
「カンナ様、いらっしゃいますか?」
やれやれ、もう少し余韻に浸っていたかったな…
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