第10話 ククナ
「ミリア、今夜この村を出よう」
宿屋の1室で切り出した。
「はい、ククナさんを連れて、ですね」
ミリアはわかってますよ!と言いたげな様子だ。
「うん、相変わらず察しが良くて助かるよ
お酒さえなければね…」
「?」
?を浮かべるんじゃない…察し悪いなぁ…
「とにかく明るいうちに村の人たちに聞き込みをしよう
この村に来た元の目的はお兄さんの手掛かりだったはずだよ」
「ですね!」
ミリアが親指を立てる。
宿屋を出ると、手分けして情報収集に向かった。
集めるのはミリアのお兄さん、赤い髪の男性の目撃情報と魔獣討伐団についての噂、そして聖遺物や遺跡に関する伝聞。
「赤い髪?女の子なら昨日見たよ
顔はそこそこだけど何よりおっ」
20代(推定)男性
「知らないね、私はこことアルネルドだけで生きてきたんだ」
70代(推定)女性
「聖遺物ね…アルネルドは国境だ
あの街で借用は出来ないよ」
40代(推定)男性
「討伐団?お城でお客さんが言ってた、下らない話に出てきたことがあったよ
元討伐団の兵士さんに力比べで勝ったんだって
男ってずっと俺の方が強い!ってやってるよね
お兄さんもそうなの?」
20代(推定)女性
そろそろ日が落ちる。
宿でミリアと合流しよう。
ミリアから報告を受けたが、ミリアにも大きな収穫はなかったようだ。
ただ一つ、偶然訪れていた行商から、アルネルドの国境を越えた先に遺跡があるらしい、と言う話を聞けたと教えてくれた。
この情報は有益だ。
国境近くならカルナッゾ ―王都バルバドを擁する王国― が探索を簡単に許すとは思えない…
聖遺物はそれだけ未知数な存在だ。
でも今はそれよりも…
「ミリア、この後のことを話しておくね
まず、夜が更けたら詰所に向かうよ
ゲイルさんが待ってくれてるはず
その後はククナさんを連れてアルネルドへ発つ」
ミリアはうんうんと頷く。
「ちなみに…歩きですよね?」
諦め混じりの上目遣い。
「うん、馬車の定期輸送をしてる訳だし、夜明けには着くんじゃないかな?」
「はぁ…」
ミリアが深いため息を漏らす。
「ここに来る時のこと覚えてます?
ククナさんをロープで縛るの、締め付けすぎないようにしないといけないから神経使うんです
話しかけても答えてくれませんし…」
ミリアの目に怒気が込もる。
表情がコロコロ変わって、見てて飽きないよ。
「それに私たちはまだしも、ククナさんはそんなに長く歩けるんですか?」
「そこは僕がおぶるよ
武器になる物を近付けなければ危険は無いと思う」
やがて夜が更け、往来から人気が無くなる。
僕たちは自警団詰所に向かった。
「ゲイルさん、入りますよ」
中にはゲイル1人、頼みは聞いて貰えたようだ。
「僕たちはすぐにここを発ちます
ククナさんは何処ですか?」
ゲイルは立ち上がると地下に続く階段を指差した。
「この村に牢屋はありません
代わりに地下の暗室に閉じ込めています
鍵も頑丈ではないです」
ゲイルの目に迷いはなかった。
「それと一つお願いがあります
おもいっきり殴って下さい!
出来るだけ目立つところを!」
「ふぇ!?」
ミリアが吹き出しそうになった。
「てぃ!」
頬骨の辺りを狙って右拳を振り抜いた。
「がはぁ!」
ゲイルの身体が壁まで飛ぶ。
「何してるんですか!?」
涙目になり詰め寄ってくるミリア。
「ミリア、落ち着いて
警備してたはずの自警団長が無傷のまま罪人を逃がしたらどうなると思う?」
「あ、そっか
なら急ぎますよ!アインツさん!」
この切り替えの早さは才能だね…
ミリアに続いて地下の暗室に向かった。
ガンッ…ガンッ…ガキンッ!
義手を叩きつけ南京錠を壊し、扉を開いた。
「ククナさん、行きましょう」
ククナの肩を支え立たせると、荷物から取り出したローブを被せた。
「う…どうして…?」
階段から差す光だけでは表情まではわからなかった。
「とにかく急いでアルネルドまで向かいます」
ククナの手を引き詰所を出る。
壁にもたれ俯くゲイルを一瞥し、心で謝辞を送った。
村を出てしばらく、早くもククナの足が止まる。
無理もない、履いている靴は何年も使い古された物だろう、擦り減って穴が空いている。
「乗ってください」
ミリアに荷物を預け、しゃがんで背中を差し出す。
ククナはすんなりと従い、無言で身体を預けた。
軽い…
それに昨日までの印象よりずっと小さく感じる…
手や背中に伝わる骨張った感触は普段の食事がどんな物だったのか容易に想像させた。
「アインツさーん
私も疲れましたー」
「まだ歩き始めたばかりだよ
ミリアなら大丈夫!信じてる!」
「はーい…わかってましたよぉ…」
ミリアがこれ見よがしに肩を落とした。
「アインツさん…」
どれくらい歩いただろう。
まだ夜が明ける様子はない。
耳元でククナがか細く声を出した。
「私…私は…」
「ゆっくりで良いですよ」
「はい…」
ククナはポツリポツリと途切れながら、過去のことを話し始めた。
「―言い訳も謝罪も、そんな権利…無いなんてわかってるんです…
ですが…これが私から話せることの全てです…」
ゲイルから聞いた話と合わせて考えてみると、やはり魔術研究所の人間…その中でもナナイと言う少年が事件の中心で間違いないだろう…
でも…
「ククナさん、僕から許すと言うことは決してありません
ですが、これ以上人を殺すのは止めてください
10人殺したところでククルさんは戻りません」
「どういうこと!?」
肩を掴む手に力が込もる。
「悪魔は契約を破ることは出来ません
でもククナさんは悪魔から"10人殺せば生き返らせる"と言われた訳じゃない
そうですよね?」
「は、はい」
ククナの声が震える。
「悪魔が使える魔術は通常の魔術と変わらない
そもそも悪魔の力でも代償として支払った物をそのまま返すことは出来ないんだ
だからそんな契約を持ち掛けることはないはずです」
ポトリ…
肩に温度をもった雫が落ちた。
「じゃあ…私がしたことは…」
少し前を進むミリアは振り返らなかった。
こんなに長く黙ってたってことは聞こえてはいたんだろう。
良く見ると拳に力が込もっていた。
夜明けから数刻、城塞都市の外壁が見えた。
背中のククナはすっかり寝息を立てていた。
「あそこですね!」
朝靄に霞むゴールを目指し、ミリアの足取りが少しだけ軽くなった。
閉ざされた外門は近付くに連れ存在感を増していく。
拒絶を形にしたよう印象を受ける。
「向こうに通用門がある!
壁沿いに回ってくれ!」
外門に着くと門の横、小窓から顔を出した兵士が指を差し指示をくれた。
外門を開くことは出来ないようだ。
通用門には歩行者が列を作っていた。
既に日は高い。
簡単な所持品の検査を受けないと街に入ることは出来ないようだ。
「病気か?」
列に並ぼうと最後尾に目をやったところで声を掛けられた。
「要救護者は優先する決まりだ
背中の女性は病気か?」
守衛の兵が一歩近付く。
「はい、(心の)病気です」
「ん…んぅ…」
声に反応したククナが小さく呻く。
「そうか、なら付いてきてくれ
簡単な身体検査を受けて貰う
病院の手配は必要か?」
守衛は振り返らずに続けた。
「いえ、教会に知り合いが居るので頼らせて貰います」
「そうか…お大事にな…」
城下町に入ると守衛への宣言通り教会を探した。
「怖いけどいい人でしたね」
ミリアが近寄り、歩幅を合わせてきた。
「それより、アインツさん
アルネルドに知り合いが居たんですね!」
「あれは嘘だよ
大きな街にはだいたい教会があって、孤児院を開いていたり、身寄りのない人を保護する慈善をしてくれることも多いからね」
それを聞いてミリアはニヤリと白い歯を見せた。
「んふふ、アインツさんでも嘘ついたりするんですね」
城下町の外れ、外壁の近くに教会は建っていた。
すぐ隣に孤児院も併設されており、子供たちが笑い声を上げ走り回っている。
「アインツさん、もう大丈夫ですよ
歩けます」
ククナが耳元で囁いた。
少し嬉しそうに聞こえた。
背中から降りたククナは子供たちの方へ2歩近付き止まった。
微笑み見つめる横顔に狂気の色は無い。
「んふふ、可愛いですね!ククナさん!」
「はい…」
教会から壮年のシスターが扉の前に立ち、こちらを窺っていた。
「僕が話してくるから、2人はここに居てね」
そう残すと、シスターに視線を向け頭を下げ、踏み出した。
「―事情はわかりました
ククナさんを連れてきて下さい」
シスターは淡々としていて表情が読めない…
「はい」
2人の元に戻るとミリアが子供に混じって走り回っていた。
ククナは優しく微笑みながら見守っている。
「ククナさん!シスターに顔を見せるからこっちに来て欲しい!」
ククナに呼び掛け手招きすると、ククナは視線を子供たちに預けたまま立ち上がり、こちらに向かって歩き始めた。
「ククナさん、あなた料理出来るわよね?洗濯も掃除も、最近子供たちが元気過ぎてもう手が回らないの」
「え?」
ククナは戸惑いの声を上げ、シスターの目を見つめた。
「だって私は…」
「あなたは息子を1人で食べさせてた母親でしょ?
力を貸してくれるなら歓迎するわ」
「あ…あの…」
ククナは声を詰まらせ鼻を啜る。
溢れ出た涙はポタポタと握り締めた手の甲を濡らした。
話はまとまったようだ。
いつの間にかシスターの話は、教会と孤児院でのルールと仕事についての具体的な内容に移っていた。
外に出ると芝の上で寝そべり息を切らすミリアと子供たちを夕焼けが照らしていた。
はしゃぎすぎだよ…
「ミリア!もう行くよ!
宿を探そう!」
「あの…アインツさん…」
振り返るとククナが少し腫れた目でこちらを見ていた。
「あの…ありがとうございました!
本当に!本当に!
貴方に出会わなければ私は…
あとその…殺そうとしてごめんなさい…」
「ぷ、ぷふふ」
途中まで涙が出そうだったのに笑ってしまった。
ククナも不思議そうな顔になった。
「だって殺そうとしてごめんなさいって…
なんかおかしくて…ぷくく…」
◆ ◆ ◆
アインツが楽しそうに笑うのなんて、久しぶりに見た気がするよ。
でも…魔術研究所か…
私が知らない内に何か動いているのかな…
机の上には解析が終わった魔術阻害のブレスレットが無造作に置かれている。
私は1人背もたれに身体を預け、足をプラプラと遊ばせた。
コンコン
「開いてるよ」
「失礼します、いかがですか?解析の方は」
この大臣、日に一回は確認に来る…
鬱陶しいなぁ…
「もう終わってるよ
後は魔術書への術式定義だね」
「流石です、カンナ様」
深々と頭を下げる姿を冷やかに見下ろした。
義手と義眼への適用方法もわかったし、次は魔術研究所と魔術協会、王族が何処まで関わってるか調べてみるか…
でも今回は良くやったよ、褒めてあげるよ我が弟子!
「それで、カンナ様…
魔術書はいつ頃になりますか?」
あ、まだ居たんだ…
「さぁね、また明日おいで
そうそう、そこのブレスレットは持っていってよ
もう用は無いし、君達が管理しなさいな
後さぁ、人を集めてって言ったけど適当じゃ困るんだよね」
「は、はぁ…」
大臣の顔色が青くなっていく。
「君はまだ嫌みが聞きたいの?
出てって欲しいんだけど」
「し、失礼します!」
まったく…あんな無能よりいくらでも人は居るだろうに…
さてと、何処から手を着けようかな…
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。
感謝してもしきれない思いです。
もし本作をお読みになった結果、ほんの少しでも「面白い」「続きが気になる」「良い暇潰しになった」等、思っていただけましたら、
ページ下部にある星マークからの評価、感想、ブックマーク等いただけますと、とんでもなく励みになります。
ではでは、今後ともよろしくお願いいたします。




