第7話 ナナイ1
「■■■■■!
■■!■■■■!」
誰だろう…黒いモヤモヤで見えない…
それに何て言ってるかもわからない…
聞こえてるはずなのに…
「■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■」
「■■■…■■■■■…」
「■■…■■■■■」
あ…この首紐…なんか知ってる気がする…
「■…■■
■■■■■!■■■■■!」
「■■■■■?」
「■■、■■■■?」
唐突に顔を叩かれた気がした。
振り返ると黒髪の少女がすぐ近くに立っている。
見慣れた泣き黒子が睨んでいる。
「起きなさい」
ガキィィイン!
「アインツさん!
着きましたよ!」
「ああ…ここは…
そっか…船に…」
リルドからしばし海路を進んだ。
コタリ村へは、交易船が向かう漁村キールを中継すると、比較的平坦な道のりを進める。
魔獣騒動の1件で乗せて貰えることになっていた。
「そっか、寝ちゃってたか」
「まさかアインツさんが船酔いなんて…
意外でしたよ」
「慣れてなくて…」
膝を支えにして何とか立ち上がると荷物を背負った。
すぐに船は停止した。
桟橋に架けられた板を通り、しっかりした地面の感触を確かめる。
「ここからまっすぐ北に向かうとコタリ村だよ
でも、急がないならキールで1泊してくのが良いと思うよ」
日に焼けた船長が人懐っこい笑顔を向けてくる。
「そうですよね…」
確かに今は無理しない方が良いな…
「宿屋はあっちみたいですよ!」
ミリアは元気だ。
キールは小さな漁村だ。
もともとは泊まり掛けの漁の宿場だったらしい。
傷みやすく交易船に乗せられない海の幸はこういう場所でしか味わえない。
他にも数が獲れない物や加工が大変な物も手に入る。
リルドから出る漁船が減ってからは物好きな旅人や美食家がよく訪れるらしい。
とにかく、ここでの娯楽の中心は食にある。
早足で宿屋を探した。
「アインツさん、どうします?」
メニューを開き見せてくるミリア。
ここは宿屋の隣にあるレストランだ。
「僕は何でも良いよ」
「んふーじゃあ選んじゃいますね!
お金に余裕があるって素晴らしいです!」
ウェイターを捕まえあれこれと注文するミリア。
目を輝かせ、メニューを指差しながら早口で料理の名前を読み上げていく。
「あとは...エールを…」
「待って!お酒は無しで!」
キョトンと不意を突かれたような顔でこちらを見るミリア。
何で不思議そうにするの?
「何で不思議そうにするの?
しばらくお酒は禁止です」
「ええー」
「不満そうにしてもダメだよ
まさか覚えてないの?」
ひたすら面倒だった感情が脳裏に甦る。
ミリアに悪意が無いってわかるからたちが悪い。
「わかりましたよ…
じゃあこの自家製レモネードを
アインツさんも同じで良いですか?」
「うん、良いよ」
「じゃあ2つで」
給仕係に笑顔を向け注文を終えた。
しばらくすると見たこともない海の幸でテーブルが覆い尽くされた。
店頭の生け簀にはカラフルな魚やグロテスクな貝類が泳いでいる。
それらは食材らしからぬ見た目だが、目の前に並ぶ料理は見目鮮やかに盛り付けられている。
丁寧な処理と手の込んだ工程を経ていることが伝わってくる。
「こちらから、
ジェイソンマグロのシーザーサラダ
ヨルムガイの酒蒸し
ロインブダイのアクアパッツァ
ソウギョの煮付け
ミーガイのパスタ
最後にローズマリープリンです」
ゴクリッ…
「船上で失われた栄養を身体が求めている…!」
「めんどくさ…美味しそうで良くないですか?」
翌朝…
身支度を整えキールを後にした。
出掛けに宿屋で聞いた話では、今から出てコタリ村に着くのは夕暮れ頃になるらしい。
船酔いの後遺症も無い。
平野が続く道だ、何事も無ければ予定通り着くだろう。
キールを出て数刻、ポツンと佇む一軒家、その前で叫び声を上げる女性。
ただ事では無いな。
急いで女性の元へ向かう。
「あの!あの!
息子が!」
「お、落ち着いてください!」
肩を支え目を覗き込む。
その瞳は虚ろに濁っているように見えた。
「はい…ですが急がないと!
息子が魔獣に連れ去られたんです!」
「魔獣!?」
ミリアが目を見開く。
「はい!あっちです!
旅のお方!どうか助けてください!
無力な私は祈ることしか…」
女性が足元に縋り付く。
「行きますよ!アインツさん!」
指差された方向に駆け出したミリア。
「え、ちょ、ちょっと、ミリア!」
慌てて追いかけた。
女性が指し示した方向には森があった。
鬱蒼として薄暗く、入り口からじゃ奥の様子を伺い知ることは出来ない。
「僕が前を進むからミリアは後ろを警戒して」
「でも急がないと子供が…」
「わかってるけど死角が多いから注意しないと僕たちまで危ないよ
魔獣以外にも危険はあるからね」
それにちょっと気になることあるし…
蔦を避け、蛇を追い払い、服に留まる虫をはたき落としながら歩を進めていく。
やがて少し開けた場所に出た。
大型の獣の寝床のように見える。
ガキンッ!
目の端に動く物を捉え、反射的に左腕で庇った。
音もなく飛びかかってきたネコ科の獣が義手に噛みつく。
「ぐっ!」
横薙ぎに腕を振り、投げ離す。
フシャーッ!
威嚇する獣。
「ミリア、ロープ貸して
もう一度動きを止めるから縛って欲しい」
「は、はい!」
ミリアは一瞬の出来事に呆気に取られていたようだ。
僕のほうに来てくれて良かった。
左腕にロープを持ち、獣ににじり寄る。
左腕を突き出し臭いを嗅がせる。
しかし、警戒しきっていて、人慣れした猫のように嗅いではくれない。
でもこの距離なら…
一気に左腕で獣の後ろ首へ掴みかかった。
当然獣は噛み付き、引っ掻くが服が破れていくだけだ。
「ミリア!今!
でも締め付け過ぎないでね!」
「うぇ!?はい!」
注文通り四つ足の動きを止める程度に絡まっていくロープ。
やがて獣は抵抗を止めた。
「ごめんよ、寝床を調べたら帰るからね」
「ひっ!これ骨ですよ!
人の骨!」
寝床近くに散乱した骨にミリアが悲鳴を上げる。
「違うよ、全部動物の骨だ」
ん?
寝床にキラリと光が反射して見えた。
「ペンダント…」
拾い上げまじまじと観察する。
赤いガラス細工が埋め込まれたペンダントだ。
かなり古い物に見える…
「もう戻ろう、ミリア」
「え?でもまだ…」
「いや…戻ろう…
ロープは解いてあげてね」
「わかりました…」
ミリアは言葉を飲み込んで獣の拘束を解いた。
森の奥へ姿を眩ませる獣。
先ほどの女性が待つ家に戻ると、森でのことを話した。
大型の魔獣が通った形跡がなかったこと、血痕や布片のような痕跡がなかったこと。
「あとこれ、見覚えありますか?」
獣の寝床で拾ったペンダントを見せる。
「これ!息子のです!
ああ…やっぱり…」
ペンダントを抱き締めるように胸元に握りしめ、彼女は涙を落とした。
ミリアも憐憫の眼差しを向けている。
「あの…お礼とも言えませんが、お食事をしていってくれませんか?」
おずおずとした様子で視線をこちらに向けながら尋ねてきた。
「いえ、でも僕たちは…」
「寂しい女のわがままと思って聞いていただけませんか?」
「アインツさん…」
ミリアも僕の目を見て訴える。
「…わかりました」
「そう!?じゃあスープを温めなくちゃ!」
一転して笑顔を見せる女性。
あっという間に質素だが手の込んだ料理が食卓に並んだ。
「さ!遠慮せずに食べて!」
無理に問いただしたりしないでなるべく早くここを出よう…
スープを一口飲み込んだ。
起きなさい。
ガキィィイン!
振り下ろされる斧を無意識の内に左腕で弾いた。
トスッ!
斧は空中で回転し、床に刺さった。
「なんで…なんで…」
うわ言のように繰り返す女性。
頭が割れるように痛い…薬を盛られたか…
この女、やっぱり正気じゃなかった…
ゆらゆらと斧の元へ向かう女性。
ふと目をやると、ミリアはすぐ横で寝息を立てていた。
良かったひとまずミリアは無事だ。
再び斧が振り上げられる。
今度は振り下ろされる前に飛び付き、斧を持つ手元を押さえた。
無防備な頬に右手で平手打ちを浴びせる。
「ギャっ!」
小さく悲鳴を上げ壁際に倒れ込む女性。
拘束したいけど…今は気絶させるしかないか…
倒れ込む女性の背中に手を当て、魔力を込める。
慎重に…心臓の動きを…抑えるだけ…
やがて女性は血圧の低下により意識を保てなくなった。
気絶した女性をミリアのロープで椅子に拘束した。
「アインツさん…この人…」
「うん…事情はわからないけど、まともな状態じゃない…
ミリアは怪我してない?
それに荷物、無くなってる物がないか確かめないと」
ミリアはハッとした顔で荷物の方を見た。
「そっか!ただ事じゃ無さすぎて考えてなかったけど、物盗りの可能性もありますよね!」
テキパキと荷物の確認を始めるミリア。
財布を取り出し、リルドで得た札束を一枚一枚数えている。
「ん…」
「あ、目が覚めたね
会話出来る?」
意識を取り戻した女性と目線を合わせた。
「あと…3人だったの…」
「3人?」
「3人で10人だから…ククルが…」
女性は焦点のあっていない目でぼんやりと虚空を見つめている。
要領を得ないが何となく察しは付いた。
でも予想通り"あと3人"がこれから奪う命の事だとしたらこのままには出来ない…
「ミリア、コタリ村まではどれくらいかな」
「キールを出るとき、夕暮れまでには着くって言ってましたよね…
もう半分くらいは進んでると思いますよ」
「半分…仕方ない
この女性をコタリ村まで連れていこう」
「え?
あ…はい」
再び女性に目を向け尋ねた。
「僕はアインツ
この子はミリア
名前だけでも教えて欲しいんだけど、言える?」
「私の…名前は…」
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。
感謝してもしきれない思いです。
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