その5 星々射抜くその瞳、焦がれて秘めて、宵の闇
★回帰解禁マザーズデイ・サムデイ!
第一話『ほうき星狙いのトリックスター』
その5 星々射抜くその瞳、焦がれて秘めて、宵の闇
teller:ジャンヌ=アップルビー
◆
その日は、今も鮮明に思い出せる。
『一緒に、来るか?』
そう言って、貴方は簡単に、何でもないように、私に手を差し伸べて。
手を差し伸べられたことが、共に居てもいいのだと許されたのが、どれだけ私を救ったか。
きっと、そんなの貴方は知らなくて。
そんな貴方だからこそ、私は惹かれて。
慕う、なんて言葉じゃ足りなかった。
忠義という言葉が、初めて脳に刻みつけられた。
貴方を想う私自身への誓いごと、この胸に刻みつけられた。
――その日は、今も。今も、私の中に在る。
鮮明に、鮮烈に。どこまでも。
◆
魔法世界『エヴリデイ・ハロウィーン』は、全域が魔導院と、魔導院所属の、魔法に長けた魔導士様たちに統治されている。
騎士団は、その魔導士様たちに仕える組織だ。
世界の主なエネルギー源が魔石『カーネーション』なこともあって、この世界における魔導士様たちの社会的な地位は軒並み高い。
そんな魔導院の本拠地である塔『朝露の塔』が聳え立つ魔法都市、『ノエル』。
貧富の差が激しく、身分によって居住区域が定められた街。
だけど今日は、年に一度の落花祭。
『ノエル』特有の歴史がある祝祭で、主に恋人や夫婦の仲を祝い深める記念……という意味合いがあるそうだけども。
近年ではどちらかと言うと無礼講としてのお祭りの面が強くなっているらしく、『ノエル』の居住民以外も引き寄せられて、日頃の鬱憤を忘れるかのように楽しく騒ぐ日……となりつつある。
そう、団長は――ハロルド=パンプキン様は、仰っていた。
『ノエル』は、団長の生まれ故郷だから。
団長のお言葉の証拠に、空が暗くなった今、バッグパック盗賊団の団員様は次々と酒場に繰り出していった。
今日は早くに、団長の幼馴染でもある騎士様――セレスティン=イースター様の襲撃に遭ったので、盗賊団全員で大型機械艇『グッドフェロー号』の修理に何時間も取り掛かっていた。
皆様は本日の疲労を、お酒やお食事、お祭りの賑やかな雰囲気で癒したいのだろう。
だけど私は、と言うと。
――ジャンヌ=アップルビー、20歳。
義賊・バッグパック盗賊団の副団長。
それが、私。
団長であるハロルド=パンプキン様に絶対の忠誠を誓い、彼の目指す道を切り拓く助けとなるべくこの御身を捧げることを、ただ願う者。
副団長である私にとっては、団長のサポートが一番の使命。
他の団員様と違い、団長は街には降りなかった。
ご自分の生まれ故郷に顔を出すよりも心惹かれるものが、彼にはあったらしい。
静謐さに包まれたグッドフェロー号の車両の上を、足音を立てずに歩く。
内部ではなく外部を音もなく歩いて進んだずっと先に、彼は居た。
機械挺の先頭に座って、夜風を浴びて、彼が愛してやまない工具を抱えて。
団長は、真っ直ぐに夜空を見つめていた。
もう何度も見たお姿。
団長はいつだって、空に、星に焦がれている。
そして、私は。
私は、そんな――。
「……ん。おう、ジャンヌか」
なんの気なしに振り返ったのだろう団長と、目が合う。
視線がぶつかったその瞬間、私は表情を上手く取り繕えていただろうか。
弛みきった、はしたない姿を団長の前で晒してはいないだろうか。
冷静さを忘れるなと、常に粛々とあれと、副団長としての自分を内心で叱咤する。
――副団長。団長から賜った、誇らしい肩書き。
この肩書きに恥じぬ振る舞いを心がけよと、今一度己の心に鞭を打つ。
だけど。
だけど、団長は。この御方は。
「見ろよジャンヌ! ぱっといい武器のネタ思いついてよ、改良がすげー捗って仕方ねえの!」
この御方は、眩しいままだ。
私より三つは年上だと言うのに、私たちの頼れるリーダーであることはずっと変わらないのに。
今はこんな、少年のように曇りなき笑顔を見せて。
自省に囚われて挨拶すらも忘れた私を咎めることもせず、簡単に私を懐に入れてくださって。
この御方の器の大きさに、この御方の真っ直ぐさに、私は何度も何度も惹かれてきた。
夜空に注がれていた視線が私を捉え、黒い瞳が、私を映す。
単純なことにそれだけで、浅ましい私の心臓がとくりと音を鳴らした。
いつだって、空に、星に焦がれている、団長の瞳。
そして私はそんな――いつも迷いを孕まないその瞳に、ずっとずっと焦がれている。
団長の瞳に吸い寄せられたくなる気持ちを律して、一歩退いた立ち位置を守ったまま団長と目を合わせる。
ああ、素敵。
貴方はいつも、美しいまでに恐れ知らずに、他人を見据えるのですね。
「……団長が有意義な時間を過ごせたのならば、素晴らしいことです。しかし、お疲れでは? 休息は取られましたか? 何か、お飲み物でも――」
「まあ待てって。言われなくても休みくれえ取るから……ほらよっと」
「……え」
団長が私へと、何かを放った。
宙で弧を描いたそれは、反射的に伸ばした私の手の中に、当然のように収まる。
手元に視線を落とすと、それは鞘に包まれた短剣だった。
普段自分が愛用している短剣と、そうサイズも軽さも変わらない。
初めて握る筈のそれは、不思議なくらい私の手に馴染む。
短剣から団長に視線を移すと――団長は、痺れ上がるくらい大胆不敵に笑っていた。
取り繕おうとしていた冷静さが、一瞬にして崩れそうになる。
私の中の何かが溶かされそうなくらい、全身に熱が伝染していく。
だって、この御方の自信に満ち溢れた笑顔にもまた、私はずっと惹かれ続けていた。
ぞくりとくる程に素敵な笑みを浮かべたまま、団長は言った。
「どうよ? 持ちやすいだろ? 鞘からも抜いてみろよ! 切れ味だって保証するぜ? しばらくジャンヌの武器も見れてやれてなかったからな。せっかくだから新しいモン打って打って、やっと完成したってわけよ!」
弾む声が、朗らかな笑顔が、彼の機嫌の良さをこれでもかとわかりやすく物語っている。
この御方の歓喜が、この御方の幸福が。
どんな奇跡をも飛び越えて、必ず私の心をも満たしてくれる。いつも、ずっと、そう。
機械弄り全般が得意で手先も器用な団長は、鍛治の技術にも機械弄り同等の興味を持ち、そのスキルを日々ほぼ独学で磨いている。
バッグパック盗賊団の団員たちそれぞれの武器の整備も、団長が直々に引き受けているほどだ。
団長の申し付けに従い、短剣を頑丈な鞘から抜く。
星明かりを反射する鋭利な刃は、丁重に研ぎ澄まされていた。
暗器の類を長いこと愛用してきた私の目から見ても、一級品と呼べるくらいには、だ。
何よりやはり、私の手に馴染むのが良い。
団長が拵える武器は、団員たち――その武器を使う者のことを第一に考えられて造られている。
上に立つ者としての彼の視野の広さが、こういう部分にまで活かされている。
「な? イカすだろ? かっこいいだろ?」
「……はい。とても」
ええ、格好良いです。素敵です。
貴方が。
短剣について訊ねられていたことはわかっていたし、私もそういった意味合いの質問に答える振りをした。
でも、団長。
素敵な短剣です。有難いです。
それでも私にとって、一番素敵なのは、貴方なのです。
短剣に見惚れていると、近いような遠いような空が、弾けるように明るくなった。
魔法都市『ノエル』の市街地の上空で、花火が上がったようだ。
今日は落花祭。
本来ならば、愛し合う恋人や夫婦の為の祭り。
私は団長のことが、愛おしくて愛おしくてたまらない。
心から、この御方の全てを恋い慕っている。
これは、私の一方通行の想い。
団長はずっと、恋や愛とはまた違う枠組みで生きて、それらに固執しない独自の価値観を大切にしたまま生き続けている。
そんな団長のことが好きだ。
そんな団長だからこそ、好きだ。
私が団長を慕う理由、私が団長に仕える今に至福を覚える理由。
その日のことは、良く覚えている。
その日は、いつも私と共に在る。
団長にその気はなかったとしても、私は団長との出会いで世界が変わった。
恩義があるし、それ以上に個人的な憧れがある。
想いを抱くようになった理由については、今は回想する時ではない。
理由自体を、きっかけそのものだけを、私は重要視しない。
彼の傍で積み重ねた日々に、積み重ねていく未来に、私は愛を感じている。
この想いだって、私は、真っ当な成就は望まない。
ただ、どこまでもこの御方のお傍に居たい。
夜空の星々に焦がれる貴方の背を守り続けたい。
団長。
私はいつか命尽きるその時まで、貴方にとって誇らしい、無二の右腕でありたいのです。
故郷の祝祭だと言うのに、団長が落花祭にも、落花祭の意味にも頓着していないことは理解していた。
それでも私は、再び鞘に収めた短剣を胸の前でそっと抱き締めた。
まるで、恋人からの贈り物にそうするように。
「ありがとうございます……団長。大切に、使わせていただきます」
「おう、使え使え! おまえにピッタシの武器はオレがいくらでも作ってやるからよ。存分に力を振るってくれや」
「はい……勿論。全身全霊で」
落花祭が、愛し合う人々の為の祭りだと言うのなら。
一方的な愛でも良い。あやからせてほしい。
夜空を彩る花火に、私は密かに、貴方を想い、願う。
どうか、団長に。
私の愛しい人に、祝福を、灯火を。
この御方が世界を照らし尽くす度に生まれる影の中を、私は幾度も暗躍して、この御方の光を強める手助けをしたい。
影として、一番の傍に居たい。
だからどうか、温かい灯火よ、広がって。
彼の眩しさを、温かさを、より広げて。
光が強くなれば影も強くなり――私は、この御方をお守りする力を、より振るえるのだから。
私が無言のまま祈っていたその時。
街の方から、花火の音とはまた違う喧騒が聴こえた。
楽しさから来る声とは違う、と思った。
悪い気配を、肌に感じる。
それは団長も同じだったらしい。
すくっと迷わず立ち上がった団長の堂々とした佇まいに、私の眼はまたも奪われる。
団長は、どこか愉快そうに笑って駆け出した。
魔石『カーネーション』に縛られがちなこの世界で、『カーネーション』を無視して生きるこの人は誰よりも自由に見えて。
そんな彼自身の影だけは踏まないよう追従する日々を、私は抱き締めたいくらい愛していた。
「ったく、街で何があったか知らねえがギャーギャーうるせえなあ。オレより目立とうってか? 随分といい気になった野郎もいるもんだ!」
「団長が……いつも、一番素敵です……」
「ははっ、違いねえ! ついてこい、ジャンヌ! うるせえのも派手なのも――全部塗り潰して、オレらが勝つぞ!!」
「……はい、喜んで。どこまでも、お供いたします」
まただ。
傍に居る許しを得られたことに、頬が確かに熱くなる。
お守りします、団長。
貴方自身も、貴方の夢も、貴方の未来も、全て。
貴方が教えてくれた想いを胸に、貴方から贈られた武器を手に――どこまでも、私は、貴方と共に。
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