その4 その娘、怪物の番。
★回帰解禁マザーズデイ・サムデイ!
第一話『ほうき星狙いのトリックスター』
その4 その娘、怪物の番。
teller:New Heroine
◆
『トロール』、とは?
――モンスターの一種。
醜い怪物。
剛腕の巨人。
その皮膚は硬く、傷を負ってもすぐに癒え。
無敵の怪力、絶対の再生。
全てを圧倒する力を持ち、しかしその姿は醜悪で、その気質は凶暴で。
この世界に、トロールの雌の存在はなく。
彼らの繁殖には別の種の雌があてがわれ。
彼らに同じ種族の番はなく、それはどうしようもなく孤独で――。
――なんて、あたしは認めない。
◆
ロゼッタ=スターリング。
それが、あたしの名前。
魔導院おひざもとの街『ノエル』の下級階層の人間が集まる区域で小料理屋を営む、23歳のそりゃもう麗しい美女……と、評判だと信じたい。
あたしのお店はほとんど酒場扱いされていて、労働の合間に訪れたオジサマたちがくだを巻いたりだらけたり、すっかり怠惰を貪る場となっていた。
勿論やりすぎは許しませんとも。
あたしは店主。
この店の秩序とやらはあたしが守る。
「おい、祭りに丁度良い飲み場があんぞ?」
「そこのかわいこちゃんも相手してくれよ。ありったけの酒持ってきて酌してもてなしてくれって。ははっ、だがお代は期待しねえでくれよ!」
下卑た声が、聞こえた。
あーあー来た来た。
この時期になると、落花祭に浮かれたゴロツキどもを多く見る。
街の外からやって来た奴らが、どうも目ざとく酒の気配を嗅ぎつけるわけだ。
何よ、もう酔ってるくせに。
赤ら顔で。
鼻の下をすっかり伸ばして。
どこからか無理やり連れてきたらしい、泣いて怯えるウェイトレスさんを一人引き連れて。
あたしはエプロンを雑に投げ捨て、自身のポニーテールの結びをきっちり確認してから、ふわっとカウンターを飛び越えた。
「はいはーい! ようこそいらっしゃいませ!! わざわざどうもね?」
軽やかに飛んで、チンピラ集団、と言ってもほんの三人の男の前に舞い出ると、既に飲んでた常連のオジサマたちがわっと沸いた。
「お、始まるぞロゼちゃんのいつもの!」
「いけー! やっちまえー!」
見せ物にしているつもりも恒例行事にしているつもりもないのだけど。
どうもあたしの『コレ』は常連さんたちには評判が良く、彼らのお酒も進むので、まあまあよしよし、サービスしてあげましょう。
呆然とあたしを見つめるチンピラたち。
飲食の場にタダ酒たかりに来た上に、あたしを貶める発言と来た。
おまけにこれが一番の重罪。
どこかのウェイトレスさんを誘拐中。しかも現行犯。
この街を統治する騎士団に刃向かうスリルを愉しむ気概も、ぶつかり合う勇気も、こいつらにはないくせに。
そんなやつらには、あたしが相手で充分。
「……ちょうどこのテーブル買い替えたかったのよ! ありがとね!」
あたしはそう笑いながら言うと、近くの空席の小さなテーブルを片手で持ち上げ、一番近くの男を殴りつけた。鈍器代わりのテーブルを、武器に。
殴ったのは、ちょうどウェイトレスさんの細腕を掴んでいた男だ。
ガンッッ、と重たい音と共に男の全身にテーブルが叩きつけられ、予想外であろう衝撃で男が吹っ飛ぶ。
無造作に置いてあった樽や木箱に身体を叩きつけられ、男はぴくぴくと身を震わせていた。
その上から、あたしが手放したばかりのテーブルが降って、男を潰して、地にぶち落とす。
ぴくぴくとすら動けないほどに男が意識を失ったのを確認し、あたしはテーブルと引き換えにウェイトレスさんを自分の片腕の中に招き入れた。
守るように、彼女をこの腕に抱き寄せる。
震える身体を、慰めるように抱きしめる。
大丈夫、あなたは震えていい。息をしていい。
あたしが、守る。今決めた。絶対だ。
「な、なんだこの女!? よくも……!」
男たちが動揺しながらもあたしに殴りかかってくる。
腕の中の女の子が悲鳴を上げて目を閉じるけど。
そんな拳、なんだって言うんだか。
武器も持たずに衝動だけであたしに勝てるなんて、思い上がらないで欲しい。
ひらっと拳を躱して、華奢な女の子を抱き寄せたまま思案する。
今のあたしの武器は片手と両脚。敵はあと二人。
腕の中のこの子の恐怖を早く和らげる為にもさっさと勝負を決めてしまいたい。
――さて。
あたしには恋人が、いる。
その彼氏の特技は、材質の弱い部分を見抜くことだ。
剣を携えた誇り高い恋人は、いつもその目で見抜いた弱みを、的確に叩っ斬る。
さて、じゃあ対抗してあたしの特技は何か。
――対峙した人体の急所を見抜くこと、だ。
攻撃を躱されて呆然としている相手の眼前に拳を突き出す。
目的は攻撃でなく、距離を取る為。
改めて、状況確認。
敵は目の前の男と、その男の全身を上手いことあたしへの壁にされている後ろの男。
辺りをささっと見回しても、カンペキ。
敵との距離なら、あたしが自由に動ける空間なら、バッチリ確保した。
しゃがんで、目の前の男に足払いを仕掛ける。
男が体勢を崩したところを掌底で二発ほど、突いた。
上半身のたった二箇所。
こいつの弱いところ。
『あがっ』と呻いて勢い良く突き飛ばされた男の全身が後ろの男の胴体に、丁度弱点がある部分に命中する。
よし、勝利。
これで三人ダウン。
最後の仕上げに、とダウンしたチンピラ三人を、今回の撃退に使ったテーブルごと蹴り飛ばし、見事店の外に蹴り出した。
最後まで、ウェイトレスの少女を抱えたまま。
「はいはい、無銭飲食もかわいい女の子をいじめるのもお断り! お帰りいただきます! ……帰すって、物理で、だけどね?」
ようやくあたしが笑い、片手でスカートの裾を淑女のようにふわりと掴み一礼すると、わあっと酒場全体に歓声が上がった。
「いよっ! ロゼちゃん!! 今日もシビれる戦いっぷりだねえ!」
「相変わらず強いったらありゃしねえ! これには騎士様も形無しだろうよ!」
拍手喝采が飛び交う中、あたしは腕の中のウェイトレスさんを支えて立たせ、今日一番の笑顔を向けて語りかけた。
「もう大丈夫よ。怖かったわね」
戸惑うように揺れてた彼女の瞳が、その瞬間に糸が切れたように潤んで。
わあわあと泣き出したその小さな身体をぎゅうと抱き込んで頭を撫でていると。
声が、聞こえた。
綺麗な声。綺麗なテノール。
「……何の騒ぎだ、ロゼ。店先にならず者を転がせておくな」
「! ……あはは。治安を守ってたんだって。手のかからない可愛い彼女でしょ? セレス!」
――そこに立っていたのは、あたしの恋人のセレスティン=イースターだった。
◆
あたしは幼馴染と、長年付き合っている。
と言ってもあたしと同じ孤児院で育った下級階層仲間のはずの恋人ことセレスティン=イースター、愛称・セレスは、齢13の頃から騎士団入りして……で、今もお堅い騎士様として、そこそこに名を馳せてそこそこに活躍している。
あたしは変わらず下級階層暮らし。
小料理屋を一人で切り盛りして、そこそこに繁盛して、そんな日々。
セレスとはお互い付き合っていることは別に周りに隠していない。
あたしなんかはお店の常連さんに、あの堅物の騎士様と恋人なんて大変だろうとよく苦笑される。
否定はしない。こいつクソ真面目だし。
助けたウェイトレスさんに何度も何度もお礼を言われ、セレスが騎士の権限で部下を呼び、ゴロツキどもが連行された後だ。
あんなに盛り上がっていた常連さんたちが、今日もお酒の入ったまま昼寝に帰り、夜の労働に備えに行って。
カウンター席に座ったセレスと、今は久々に二人きりだ。
「うちの店来るの久しぶりだね、セレス。騎士様はお忙しいんじゃないの? 期待の星なのにさあ」
「おい、勝手に祭り上げるな」
あたしの言葉に呆れながらも仏頂面は崩さない。
セレスの眉間に寄せたシワが緩むのは、決まって恋人とちょっといい雰囲気になった時くらいだ。
恋人っていうのは勿論あたし。現在まだいい雰囲気ではない。
まったく難儀な男だ。
いつもつっけんどんな態度でいるくせに、あたしのことは大好きなんだから。
その想いにあたしの想いが負ける気はしないけど。
「ロゼ」
「んー?」
お冷の準備をしていたら、カウンターに紙袋が置かれて目を丸くした。
……ああ、そうじゃん。
今日は年に一度の街の落花祭だった。恋人に贈り物をする習わしがあるお祭り。
全く、昔からマメな男だ。
あたしなんかのどこが好きなのか知らないけど、その愛だけはずっとずっと違わず伝わってくる。
そしてあたしも、そんなセレスがだーいすきだ。
「ありがと。毎年毎年マメだねー」
「……落花祭だろう。菓子店に貴様が好んでいたいつもの焼き菓子が並んでいなくて驚いたぞ。おかげで今年は苦労した」
「あはは、ありがと。お礼にちゅーしてあげよっか」
「阿呆か貴様は……」
「あは、お堅いねぇ相変わらず」
軽口を叩きながら、カウンターに本命の贈り物を置く。あたしからセレスへの、日頃の想いのかたち。
お酒に漬けていたケーキだ。
「味は保証するわ。小料理屋の主・ロゼッタちゃんにまっかせなさい」
「最初から疑ってなどいない。……ありがたくいただこう」
「えへへ、あたしこそありがたく。……ほんとにありがと、大切にするね」
セレスから渡されたのは、今年は焼き菓子ではなかった。
行商人が来ていたのだろう。
見慣れない異郷の地の細工物。
透き通った色のブローチを、両手で抱き締めるように包み込む。
「……いいのか? そんな急ごしらえで私が選んだもので」
「いーの。セレスの愛さえあれば、あたしには特効なんだなあこれが」
あたしは笑って、ブローチを店内の灯りにかざす。
ああ、まるで、星みたいだ。
小さい頃、あたしとセレスとあともう一人、ハロルド=パンプキンという名の幼馴染と三人で良く、夜空の星を見に行った。
ハロのやつ、義賊生活満喫中らしいけど今頃どこで何をしているのやら。
なんてもう一人の幼馴染を懐かしみつつ、あたしの心は最初からずっとセレスのものだった。
セレスと昔からケンカばかりしていたハロは、子どもの頃、セレスのことを『トロール』だと言った。
ありえないくらい怪力でタフで凶暴だから、らしい。
トロールとはまったく失礼な。
あたしのセレスはそりゃ強いけど、最初から今もずっとずっとかっこいいっての。
と反発しつつ、幼かったあたしは律儀にトロールについて調べて。
トロールには番がいないと知って、それがなんだか寂しくて。
――だったら、セレスがもしトロールなら。
あたしだってトロールになる。
存在しない番になって、セレスと添い遂げてみせる。
セレスが自分の道を突き進んで強さを得ていくなら、あたしはこいつの番であり続ける為に、あたしなりに強く誇らしく在るだけだ。
トロールの番。
あたしはそれを目指してずっとこんな風に生きている。
強さを追求して、鍛えて、武術まで半ば独学で身につけちゃったりして。
トロールは醜いって?
それでいいのかって?
ばかね。
醜いは、愛しくない、の理由にはなんないの。
ブローチを贈られた落花祭、またセレスへの愛しさが増す。
あたしは本当、何度だって。
ずっとずっと、こいつだけに恋に落ちる。
◆




