その10 混沌夜空を、流星は往く
★回帰解禁マザーズデイ・サムデイ!
第一話『ほうき星狙いのトリックスター』
その10 混沌夜空を、流星は往く
teller:セレスティン=イースター
◆
「全く……ハロルドの阿呆め。何故彼奴は、確実性の無い策ばかり優先して選ぶのか……」
夜が、明けて。
溜息混じりにそう言う私の隣で、私の恋人――ロゼッタ=スターリングことロゼはからりと笑った。
「ハロのやつがゴーイングマイウェイなのはいつものことじゃん? っていうかセレスも薄々気付いてたんでしょ、ハロが無茶やるってさ」
ロゼはからかうような声色で、されど瞳だけは真っ直ぐな色を宿したまま、私の顔を覗き込む。
「エリ姉や子どもたちを守る為とは言え、不自然にあたしも避難させたでしょ。……さすがのあたしも、だーいすきな彼氏が、そこそこ仲良い幼馴染の心臓ブッ刺す場面は直に見たくはなかったもんなあ」
その言葉で、鮮明に思い出す。
シュタインと名乗った得体の知れない老人相手に、意気揚々と同化を試みたハロルド。
そのまま、シュタインごと自分を討つよう不躾にも私を煽り――討ってもすぐにけろりと還ってきた、あの大馬鹿者。
まあ、ロゼには見せるべきでない場面だったのは確かだ。
だからこそ昨夜は早めにロゼも、エリーゼ姉さんも、孤児院の面々もあの場から遠ざけたが――やはりロゼには私の意図は見透かされていたらしい。
私の恋人は、こういうところは妙に聡い。
それが好ましく思える時と、それが厄介だと思う時の両方があることには、まあやはり溜息を吐きたくなるが。
座っていたベンチから立ち上がると、ロゼが首を傾げる気配がした。
きっと彼女のポニーテールも揺れたのだろう。さらりと、音すら聴こえた気がする。
「ほぼ徹夜したのに、もう魔導院に報告に行くんだ? 大変だね、騎士様は」
「そういう仕事だからな。……昨夜あんな騒ぎになったばかりだ。気をつけろよ、ロゼ」
今は解かれたが、街並みが化石に変わったというあの現象。
シュタインの伝令といい、何か、この世界に良くない変化が起きようとしているのは確かだ。
「……ね、セレス」
ロゼも私に倣うように立ち上がり、私の前に躍り出る。
彼女の胸元に輝くブローチは、私が今年の落花祭の贈り物として渡したものだ。
まったく、仕事が早いというか何というか。
どことなく居心地が悪くて目を逸らしたくもなったが、ロゼはそれを許さず言葉を放つ。
「ハロと、かわいージャンヌ、それから義賊のお兄さん方。あいつらは『伝令』について詳しく調べる為に旅に出たんでしょ? ……で、セレスはセレスで騎士として街を守る、と」
「……ああ」
とん、とロゼの足がスキップでもするかのように軽やかに地面を蹴ったと思ったら。
彼女の身体が、私の腕の中に飛び込んでくる。それが当たり前のように。
私もまた、最初からそれが定められていたかのように、自然と彼女の背中に腕を回し抱き留める。
お互いに柔ではないので、よろけすらしなかった。
「……セレス。あたしのことも、ちゃんと頼ってね。あたしだって強いし、この街のこと大事だし、伝令だのマザーだのヤバそうな話知っちゃったし! ……あんたの可愛い彼女は、あんたを癒すだけじゃなくて隣で並んで戦える女でもあるんだから。それを忘れないでよね」
「……別に貴様を見くびってなどいない。信用はしている」
「じゃ、もっと信じてよ。素敵なダーリンに守られるのも勿論ときめきはするけど……あたし、あんたの番よ。あんたと運命共にする覚悟くらい、あたし、とっくに出来てる」
トロールの、番。
ハロルドの阿呆が幼少期に私へ放った揶揄いの言葉を元に、ロゼがずっと主張し続けている、彼女なりの愛の言葉。
私はまた、溜息を吐く。
今度は、呆れたからではなく。
「……頼もしいことだ」
「えへへ、もっと言ってもっと言って!」
安堵に近い感情が籠った息を吐いて、私はロゼを抱き留め続けた。
――昨夜、確かに、はっきりと。
私たちの運命なんてふざけたものは、とうに動き出してしまったのだ。
◆
teller:――――
◆
「……母なる者の使いが、ついに訪れたのですね」
ノエル下級階層の者が暮らす住宅街の、屋根の上。
一人の少年が、空を――正確には、ノエルの中心地に聳え立つ魔導院の本拠地、朝露の塔を見つめながら、ぽつりと呟いた。
眼鏡をかけ、ローブを纏った小柄な少年は、首元のスカーフフードに口元を埋める。
それから、先ほどよりもずっと小さな声で彼は言った。
「……僕も、役目を果たす時が来たようだ」
目を閉じて、そう告げて。
何かに縋るように、スカーフをしばし撫ぜて。
――次に顔を上げ目を開いた時、少年の瞳は、凛とした光を宿していた。
ためらいも迷いも、全て捨てたような、真っ直ぐな瞳。
揺れない、確固たる意志を宿した瞳。
少年は、今度はハッキリと声を発する。
「――そこに居るのでしょう、バジル」
「……げっ。見つかっちまいましたかあ」
少年の声に、屋根の煙突の陰から一人の男が渋々と顔を出す。
歳は30代半ばと言った頃の、よれよれのスーツを着、ぼさぼさの髪を直そうともしない、だらしのない風体の男だった。
しかし、浮浪者と言うには妙なバイタリティを放っている。
バジルと呼ばれた男は、そんな、奇妙な空気を纏った男だった。
少年は、振り返りもせずバジルに命ずる。
「……バジル。バッグパック盗賊団を追いなさい。彼らが乗るグッドフェロー号は発ったばかり。まだ間に合います。早急に、伝令役の回収を」
「石ころになったじーさんを回収、ねえ。もうちょいやる気の出る任務だと俺としてもありがてーんですけど」
「バジル」
「……へいへい。怒んない怒んない。そんな威圧的な態度取って、まーた魔導院で陰口叩かれても知りませんよっと――ねえ、猊下?」
それだけ飄々と言い残して、バジルは屋根をひょいひょいと伝って路地裏に消えていった。
残された少年は、静かに俯く。
――猊下。魔導院の頂点に立つ、『賢者』と呼ばれし大魔道士。
魔法都市のトップ。この世界の、トップ。
それが、この11歳の幼い少年――エクレール=サティの肩書きだった。
バジルの気配が消えてから、エクレールも屋根伝いに歩き出す。
迷いのない瞳のまま。
だが。
「……あれ? へー……珍しい。お客さんだ。新入り? な、わけないか」
屋根の上に、エクレールにとっても予想外の存在が居た。
仔猫の群れに囲まれた、黒ずくめの少女。
カラスの羽根のように黒く、長い闇色の髪。黒いフード付きパーカー、ショートパンツ。
猫を構っていた黒い少女は、エクレールを見て、にたりと悪戯っぽく笑う。
「アンタも一緒に遊ぶ? ゆらりゆらりと、自由に夜遊び――ああ、今は朝遊び? まあいーや。一緒にのびっとするかい?」
「……結構です」
エクレールは踵を返し、黒い少女を避けて、迂回する形で魔導院に帰ろうとしたが。
少女はふらりと、やはり猫のように軽い身のこなしでエクレールに近づき、するりと懐に入り込むように彼の眼前でしゃがみこんだ。
「へえ? アンタ、伊達メガネくんなんだ。キレーな目の色してんのに勿体無い。メノウ? だっけ。こういう色の宝石」
「な……っ」
ほんの一瞬で詰められた距離に動揺して後ずさるエクレールに、少女はくすりと笑い。
つん、と指先でエクレールの眼鏡のブリッジを弾いて、またふらりとエクレールから遠ざかる。
ニャアニャアと鳴き、群れを解く仔猫たちと共に、少女は気ままな調子でエクレールに背中を向け。
「アタシ、メロディ。またね、伊達眼鏡の紳士くん」
ひらりと手を振り、ひらりと夜の路地裏に落ち、メロディと名乗った少女は溶けるように姿を消した。
静けさが残る屋根の上、エクレールは、しばらく訝しげな表情を崩せなかった。
――これも、一つの出会い。
◆
――そして、ここでも。
エクレールに命じられるがままに義賊を追うべくまずは路地裏を歩いていた男、バジルは、薄暗い中で華奢な身体とぶつかった。
ああ、可愛い女の子かな、と感触だけで思い至り、バジルは咄嗟に相手の肩を支え抱いて、へらりと調子の良い笑顔を浮かべる。
「あー、ごめんね? お怪我はないかな、美しいお嬢さ……ん……?」
言葉を途中で止め、バジルは思わず目を丸くした。
抱き留めて、朝焼けの中見下ろした相手。
彼の腕の中に居る女性、は。
あまりにも華奢で、小柄だったから。
女性は、バジルに恭しく頭を下げ、柔らかい声で礼を言う。
「ありがとうございます。お陰様で助かりました。貴方も、お怪我はないですか?」
「え、あー……うん……」
「それは良かったです。昨晩は大変でしたね。お互い、今日も良い日になりますように」
女性はくすりと笑って、力の抜けたバジルの腕から抜け出し、またバジルへと穏やかに微笑みかける。
彼女の両手の手提げ袋には、救急用品や日用品が大量に詰まっている。どう見ても一人分の量ではない。
昨晩街全体が化石となったことでまだ街には混乱がある中、それでも朝一番で買い出しに出向いた帰りだろう。
小柄で華奢な、幼げな体躯。
しかし全体から滲み出る所帯染みた空気。
二本の長い三つ編みの、少女、ではなく女性。
バジルにとって不可解な雰囲気を持つその女性の名は――エリーゼ=ハートフィールド。
身体は小さいが、ノエルの下級階層用孤児院にて幼い孤児たちの親代わりとして働く26歳の女性で――ハロルド=パンプキン、セレスティン=イースター、ロゼッタ=スターリングの姉にして、母のような存在だった。
バジルはしばしエリーゼの前で固まったあと、へらりと適当な笑みを返してその場を去る。
エクレールがバジルに命じたのは、ハロルド=パンプキンの追跡だったかと、脳内で反芻しながら、謎の男は一人歩く。
偶然に出会った、母性的な女性を避けるように。
バジルは今までの人生から、自分は女好きだと自負すらしていた。
だが、エリーゼの雰囲気にあてられて。
本能的に、やりにくい、と思ったのだ。
何故だかは、わからないが。
まだお互いの名前も知らぬ二人の、一瞬の邂逅。
これもまた、一つの出会い。
――いつか世界を、揺るがす出会い。
路地裏で出会った、バジルとエリーゼ。
屋根の上で出会った、エクレールとメロディ。
――物語は、少しずつ始まりを迎えていた。
◆
teller:ハロルド=パンプキン
自慢の機械艇、グッドフェロー号に乗り込んで。
今は石ころと化したシュタインのジイさんを、ペンダントとして首から下げて。
最後に愛用のゴーグルを、ガッといつもの装着済ませて。
「行くぜ、野郎ども!! 行く先は、回る道は、この世界全部だ!! 母なる者だかなんだか知らねえが、世界中に散らばったお母様とやらの小言に、思いっきり抗ってやろうぜ!! リセットなんてさせやしねえ!!」
うおおお、と盛り上がる野郎どもの元気の良さに、オレも機嫌良く手元のマシンガンをくるりと回す。
マザー?
リセット?
冗談じゃねえ。
オレらの人生、これからだ。
勝手に外野に諦められてたまるか。
ジイさんが目覚めたら、そこんとこもよおく聞いてもらわねえとな。
グッドフェロー号を出発させようとしたところで、オレの後ろに控えるジャンヌの目線をやる。
「ジャンヌ」
「はい、団長」
「信じてくれて、ありがとよ」
昨夜の、オレが一度はセレスに討たれた時のこと。
ジャンヌは、あの光景を目に焼き付けちまったはずだ。
オレの言葉にジャンヌは少し目を閉じ、しかしどこか安らかな表情で首を横に振り――真っ直ぐにオレを見た。
「……団長は、私に『信じろ』と言葉をくださいました。私は団長の命は、全力で遂行します。いついかなる時も。……当然、心配はしましたが……私には、あの言葉が十分な救いだったのです。だから、問題ありません。……おかえりなさいませ、団長」
「……そーかい。オレの右腕は、最高に頼もしくて助かるな。――行くぜ、ジャンヌ! 世界に一泡吹かせる為に!」
「……はい、団長。……ずっと、お傍におります。常に前を往く貴方の背中は……私が、必ずお守りします」
「おう。信じてるぜ、ジャンヌ! ずっとな!」
口角上げて、ジャンヌに背を向ける。
ジャンヌに、盗賊団の野郎どもに、オレを信じてついてきてくれる奴らの記憶に、でっけえ背中を焼き付けさせて。
「いくぜてめえら、ついてこい!!
今日も明日も勝ち続ける!
星々、母君、世界の意思!! 全部に中指立ててやれ!
煌めき、闇夜、塗り潰し!
オレらの闇で、世界を照らせ!
大荷物、引き連れ引きずり、オレらの旅路は変わらず続く!!
さあ、今日も勝ってやろうぜ! バッグパック盗賊団!!」
野郎どもの雄叫びも、ジャンヌの信頼の視線も、全部全部背に受け止めて、オレは今日も自慢の機械艇を走らせる。
今のこの時、本格的に。
オレの伝承は始まった。
語り継げ、歴史を占めろ!!
オレが生きた証、オレたちが生きた証。
そう簡単に消させはしない。
この命の煌めきで、世界中を慄かせる。
誓いと共に走り出したオレは、ちょっとやそっとじゃ止まれない。
リセットしたきゃ、力ずくでやってみな。
――オレみてえな暴走特急流れ星、止められるもんならな!
◆第二話へつづく!




