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片翼の翼〜姫巫女は後継探しの旅に出る〜  作者: 佐藤真白


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4/6

姫巫女の旅立ち

巡礼という単語に浮き足だつ私は大きく返事を返す。

「謹んで御役目頂戴いたします!」


横では苦笑したリリーが顔を整えてから同じく返す。

「若輩の身ながら尊き御役目、謹んで拝命致します」


未だに苦虫を潰したようなガーリンソーガ卿を横目に、私達は揃って菊の間を出た。



「ねぇ!リリー!旅だよ〜!外の世界ってどんなんだったか覚えてる?楽しみだね!」


はしゃぐ私をリリーは何時もの調子で嗜めてくれる。そう思ったのに、帰ってきたのは思いの外重い沈黙だった。


「リリー?どうしたの?」


いつもより暗い顔のリリーが私の目を真っ直ぐに射抜く。

蒼くすんだ空のような瞳に吸い込まれるような錯覚を覚える。


「ユーリ…いえ、薔薇蕾の姫巫女、ユーリシア様。私は貴女には負けない。お姉様の後を継ぎ百合巫女となるのは私、リリアーヌ・コンク・ブランカ・クローチェです」



私はその真摯な眼差しに気圧される。

でも、そんな事…周りがいつもリリーには期待していたけれど…本人がそんな風に言うことは無かった。だって…


「あれ…リリーはお父さんから薔薇巫女を目指せって言われてるんじゃなかったっけ?それに、私だって姫巫女として負けられないよ!一緒に頑張ろうね」


そう言って握手の手を差し出したのだけれど、その手は握られる事はなかった。


「私はお父様の言う通りになんて生きないわ。それに百合巫女の座は貴女には重すぎる。貴女に任せられないからこそ私がその座に就くの。だから貴女は百合巫女の座を諦めて、私にその座を頂戴」


「そんな言い方無くない?私だって姫巫女なんだよ?確かに巫女らしくないって皆んな言うけど、お勤めには誰よりも真摯に取り組んできた!それはリリーだって分かってるって思ってたのに!」


「分かってる!分かってるからからこそ、貴女に百合巫女の座は渡せない!」


いつになく激しいリリーに私は本気なのだと悟る。

でも、私だって譲れないものはある。


「リリーの気持ちは分かった」

目の前のリリーは少し安堵の顔を見せる。

私はすかさず「でも」と続ける。


「私は私のできる限りをもって百合巫女様を目指すよ。例えそれがリリーの夢の邪魔になったとしても、私がその目標を目指さない理由にはならないから」


リリーは少し寂しそうな顔になった。


「えぇ、分かったわ。それで構わない。私も私の最大限を持って百合巫女を目指すわ」


「お互い頑張ろ」

「えぇ、負けないわ。だから恨まないでね」


そう言って私達はやっと握手を交わして部屋へと戻った。









「リリアーヌ様、何故あのような事を仰ったのですか?父君からは百合巫女様ではなく薔薇巫女を目指すようにと言われておりますのに…」


リリアーヌの護衛騎士は尋ねた。


「ああでも言わないとユーリは本気になって試練に取り組まないと思ったのです。彼女は少し気分屋で力を抜く癖がありますもの」


そう言ってリリアーヌが微笑めば護衛騎士は納得したように笑む。


それは嘘だった。リリアーヌは本気で百合巫女を目指している。基本的に百合巫女は引退後は成人して城の後宮で穏やかに過ごすとされる。引退後に表舞台に出る事はない。

一方の薔薇巫女は引退後に菊巫女として教会を導く事も、政治の方面に進出して世界を動かす事も出来る。リリアーヌの父が望んでいるのはその未来だ。

誰とも知らない時の法皇の名前だけの妻になる事は許容出来ても、父の後を継いで政治闘争の只中に行くことなど、姉巫女を知る者として受け入れられない。


何より、この絶望の花園で自分にとっての輝ける星であるユーリにはその座を渡したくないと強く願った。



「ユーリはあの笑顔で笑っていてもらいたいから…」


囁いた呟きを拾うものはなかった。






私は自室へと戻ってきた。

大聖堂の控室とは違ってここは教会内で、みんなで暮らす棟だ。午前の務め前まで種の子達を相手していた場所でもある。


今日はオババ様達からの呼び出しもあったから昼食が遅くなってしまった。



私は雪待草なので食堂まで行かなくても食事を部屋へと用意してもらえる。でも一人で食べる食事って慣れなくて私はいつも食堂で他の巫女達と一緒に食べている。メニューも特別仕様ではなく一般の巫女と同じ物だ。リリーは部屋食で家から連れてきた専属のシェフが作ってる。何度かご馳走になってるけど、綺麗な食事って美味しいんだけど食べ辛い。ナイフやフォークの音。鳴らさないようにするのに気を使って折角の食事が楽しめないんだもん。

まぁ、それは置いておいて、今日はこれから午後の務めまでそんなに時間がないから取り置きの食事を部屋へと持ってきてもらった。


「女神様よ本日も我らに糧をお恵みくださりありがとうございます。恵みに感謝を…いっただきまーす!」

そう言って出された具沢山のスープを口に運ぶ。美味しいんだけど冷めているとやっぱり味気ない。


「ねぇ、オドレイも一緒に食べなよ〜。どうせさっきの時間もずっと控えてたんでしょ?お腹空いてるでしょ?沢山あるから一緒に食べようよ〜」


オドレイは呆れ顔だ。でも、私がこんな風な我儘を言う時は私が少し弱っている時だってオドレイは知っている。だからいつもは突っぱねられるお願いも割と聞いてくれる。


「ユーリ様、本来姫巫女と私めのような者が食卓を共にするなど恐れ多い事なのですよ?…ですが、些か私の腹の虫も鳴き止みませんので、本日はお言葉に甘えましょう」


ほらね。


「ありがとう」

バレてるっては思っていたけど、ここまであっさり甘やかされるとちょっと恥ずかしい。


だから黙々と食べた。


「リリアーヌ様に言われた件、引きずっておられますよね?」


食事も終盤になってオドレイは言ってきた。


「あはは…うん、実は…ね。私そんなに百合巫女様になるには力不足なのかなってちょっと思ってた」


そうなのだ。私はリリーがあんな風に思ってるなんて知らなかったし、あんな風に言われるとも思って無かった。

誰よりも知っていると思っていた友の意外な一面に驚き、突き放すような言い草に傷ついていた。



「リリアーヌ様の言い分ももっともでしょう。儀式の最中はいざ知らず、菊の方々の説教の時間には居眠りをされますし、種の子達と未だに鬼ごっこで遊びますし、下働きの奉仕者の仕事にしれっと混じって息抜きされていたりしますからね」


うっ…言われてみればそれは確かに姫巫女としてどうなのかとも思う…


「しかし、私はユーリ様はそれで良いと思います。型にはまらないからこそ貴女は輝いていると思います。既存の巫女に囚われない貴女様だけの巫女を目指してはいかがですか?」


私だけの巫女…

オドレイの言葉は私の心にストンと落ちてきた。


「オドレイ、ありがと!なんか吹っ切れた!私頑張って百合巫女目指して旅してくる!だからオドレイも私の事信じて待ってよね」


オドレイは首を振った。あっ…オドレイはもう20歳を超える頃だ…成人したらもしかしたら聖騎士を辞めて田舎に帰ってしまうのかも知れない…

寂しさと不安な気持ちが少し顔を覗かせた。私にとってオドレイは姉であり、兄であり、育ての母のような家族のような人だ。お別れは悲しい。


「いいえ、お待ちしません。私はユーリ様の監視役兼護衛として旅に同行させて頂きます。近くで見守らせて頂きますよ」


「うそ…嬉しいよ‼︎やった!一緒に世界を回れるんだね!」

私は彼女の胸に飛び込んだ。


「えぇ、安心してください。貴女様の所業は逐一教会へとご報告いたしますから、安心してください」


頭を撫でられながらも彼女が胸を張るのは分かった。

そこはオブラートに報告してもらいたい。まだ旅に出る前だけれど、やらかさない自信が全くない。


「そこは、お手柔らかに…」

「ダメですよ?それも踏まえての人選ですから」


出発前からお目付け役は決められていたらしい。オドレイの女神様への忠誠は聖騎士の中でも群を抜いている。だから融通が効かない事も知ってる。


「そんなぁ~」私の口からはなんとも言えない声が出た。






3日後、私の自室の中、目の前には3人の人がいた。

一人はオドレイ。もう一人も見覚えのある聖騎士で此方はオドレイよりも年上で既に成人をしている。もう一人は見覚えがない?何処かであった気がするけれど、思い出せない。


そんな風に考えてると耳元で長さの揃えられた柔らかなウェーブの茶髪が印象的な聖騎士が恭しく礼をとる。

「改めまして、私は聖騎士団所属のアンリと申します。以前はアンリエッタとして何度か姫巫女様の護衛にもつかせていただいておりましたのは覚えておいででしょうか?」



私は頷く。

「アンリとなったのね。成人おめでとう。その様子だと無事に性転は終わったようですね」


性転は成人後に数ヶ月から数年かけて選んだ性別へと完全に体が作り変わる事を指す。男性を選べば性器が外部へと徐々に出て、声が低くなり、胸の膨らみも無くなるらしい。女性を選べば体は成人前よりも丸みを帯びて月経と呼ばれる神秘が月に一度くるそうだ。


「はい、もう少しで完全に性転するものと。成人の際には憂いを汲み取り、神からの恩寵を有難うございまた。このご恩感謝してもし足りぬ程でございます」


毎日成人する人々の苦しみや後悔を移す私にその感謝の言葉が嬉しくてくすぐったい。


「それが私達の使命だから…でもそう言ってもらえて嬉しいわ」


アンリはその茶色の瞳を細めた。

「皆感謝しているのです。ただ巫女様方に直接お礼を言う機会がないだけですよ。さて、今回の聖巡の旅路に我ら三名が同行する事となりました。私アンリと同じく聖騎士団から、此方は姫巫女様付きなのでご存じですね、オドレイが護衛騎士として同行致します。

そして、草の民から…」


そう案内されかけていた人が思いっきり頭を下げた。


「お初にお目に掛かります!私はランタナです。情報収集や道案内。交渉人や側仕えとして同行いたします」


背は私と変わらないくらいで薄い水色の瞳に、オレンジに近い髪色をしている。捧げ髪は分けていないのでもう成人しているのかも知れないけれど、なんとなく年齢が分からない。


「ランタナね、これから宜しくね。…初めましてなのよね?ごめんなさい、何だか初めてな気がしなくって」

そう答えればランタナの瞳は愉快そうに細められた。


「姫巫女様、いい勘してますね〜。私は草の民、菊巫女様直属の暗部の人間です。何度か姫巫女様の側仕えの巫女に紛れてました!よく分かりましたね」


そう言って先程の元気な女の子のような雰囲気から一転して、妖艶な女性のようにクスクスと笑みをみせた。


草の民とは教会に仕える巫女以外の人々を指す総称。皆、種の位を与えられている聖職者達だ。その中には私達巫女の生活を支える人や聖騎士、地方教会へ派遣されている成人後の元巫女の人々なんかも含まれる。でも暗部なんて私は知らない。


「なんか暗部って怖い名称だね」


「大丈夫ですよ、暗殺とかは私はやりませんから。もっぱら情報収集の間者みたいなもんです。地方にも行く事がありますんで市井の情報もありますよ」


成程、世間知らずな教会育ちをそのまま旅に放り出す事はしないという菊のお姐様方の優しさの形なのだろう。そして此処で暗部の存在を知らせて行く行くは私もその管理をするのだという意識づけのつもりなのかも知れない。それにしても、暗部なんて名前の部署に所属してる割にランタナに暗さや落ち着きは感じない。


「何にせよこれからは一緒に旅をする仲間だわ。色々と教えてね」

「はい、勿論です」


そう言ってランタナは人好きのする猫のような表情で私の手を取り、ブンブンと音がなるのではないかという程振ってみせた。

色々と読めない人だけど嫌いじゃない。むしろ明るくって面白い。



旅は基本的にこの4人でするそうだ。

路銀の管理は聖騎士二人が基本的に管理してくれて、道案内や宿の斡旋、物資調達や毒見なんかはランタナが行うと説明を受けた。


「身の回りの世話役は如何いたしますか?」

オドレイぎ気遣わしげに聞いてきた。


「えっ?いらなくない?服くらい自分で着れるし」

私は普通にそう答えると、オドレイとアンリは苦笑で、ランタナはお腹を抱えて笑ってた。


「アハハッ、姫巫女様、即答!ガーリンソーガ様の嫌がらせ意味無いわ〜。姫巫女様への嫌がらせに世話役を外したの奴ですよ。私はエポック様派なんですけどね、ひどいなぁって皆んな言ってたのに…堪えてないなんて…」

そう言って、もうダメだとばかりに近くの机を叩いて笑い始めてしまった。


どうやらまた私は姫巫女らしからぬ発言をしたらしい。

その後リリーの陣営は護衛騎士が5名、案内役兼暗部の人間が2名、世話役が3名に料理人と小間使いが3名という大所帯なのだと説明を受けた。更には彼女の実家からも護衛と馬車が用意されているそうだ。


一方の私達は基本徒歩と乗り合いの馬車の予定だと説明される。

元々そうだろうなぁと思っていたので理不尽も感じない。

リリーは実家が貴族様だし、彼女自身もあまり出歩いたことのないお姫様だもん。彼女がその足で長旅をする様は想像が付かない。


一方の私は姉巫女につれらてこの教会へ来るまでの道中を覚えている。だからそんなもんなのかと感じる程度だった。


出発までの僅かな間にランタナは旅の支度を全て揃えてくれた。アンリとオドレイも手伝ってくれた。


荷物はそれ程なかった。足りなければ都度調達するので問題はないんだから今はこれでいい。地方の教会に立ち寄る事もあるのだからその時に借りる事も出来る。




御役目の頻度は1日二回から一回へと減った。これは私達姫巫女が不在の間の負荷を慣らすためらしい。それに、ここのところ多くの巫女見習いが見出されて入島していたのは代替わりの為の女神様からのお示しだったそうだ。


代替わりの前年位から福音は少し弱いけれど多くの巫女が現れるのが常らしい。

現役の巫女で前回の代替わりの時のことを知る者はほとんど居ないので、知らなかった。

でも、菊巫女の姐様やお姉様はそろそろだと気付いていたそうだ。




告知から明日で1週間となる。

私は今日、午後のお勤めの担当だった。しばらくこの神聖な儀式にも参加出来ないのだと感傷に浸りながらお勤めをこなした。

対面のバルコニーに見慣れた友がいない事が妙に切なかった。


相変わらずお姉様の神器捌きは美しく、目が離せなかった。

ここに戻ってきたら、私はどちらになるのだろう。



女神像の最奥で女神に最も近い位置でひたすらに女神に祈り願いを乞う百合巫女となるのか…それとも悩める乙女の合間を渡り憂いと未練を断ち切る薔薇巫女になるのか…想像も付かない…。

どちらも今の自分では成れないと漠然と不安はある。その不安を拭う為の旅路でもあるのだと今一度強く思う。


何時ものお勤め以上にその日のお勤めは視界が滲んだ。



翌朝の早朝、私とリリーは互いに示し合わせた訳でもないのに大聖堂にいた。1週間前からなんやかんやと忙しくってリリーとは話していない。


「おはよう、リリー。いよいよ今日から出発だね。リリーも此処でお祈りしてから出発するの?」


「えぇ、そうしようと思って。でも、ユーリに此処で会えるだなんて思ってなかったわ。だって貴女ったら何時も祈祷をサボろうとしてたでしょ?」


「いつの話よ!ちゃんと姫巫女を拝命してからはお勤めをサボった事なんてないって知ってるくせに」


「そうね、そうだったわ。ごめんなさい。隣でお祈りしてもいいかしら?」


私が頷けば私達は広い大聖堂の乙女の間に両膝をつく。薄く張られた水面はまだ冷たい。

でも私達は構わずに両膝をつき、両腕を胸の前に交差させる。両翼ある乙女の時間は少ない。そのなかで姫巫女の時間はあと一年ほどなのだと寂しくなる。


静寂の祈りを破ったのは私だった。


「昨日の夜はさ、珍しくローズお姉様が私の部屋に訪ねて来てくれたの。激励かなって思ったらお説教だったわ。巫女としての心構えをしっかりとその胸に刻みなさいって…なんでもお姉様が旅立つ前夜にもお姉様のお姉様から受けた有難い御指導なんだってさ。リリーも百合巫女様からそういうのは言われたの?」


少し寂しげにリリーは微笑む。

「えぇ、教わったわ。7年前にね。私のお姉様はお忙しい方だし、そういった事を口で諭す方ではないわ。全て常に行動でお示しくださってる」


「そっか…7年も前からそんな指導するなんて、そっちの派閥はやっぱり厳しいんだね。流石は百合巫女様を多く出してる名門は違うね」

そう返せば青い瞳は静かに伏せられた。

百合巫女と薔薇巫女は互いにどちらの妹分が次期巫女長となるのかを競い合っている。百合巫女の妹だから絶対に次の百合巫女になれるわけでは無い。


それに、百合巫女は名誉ある役職だけれど、退役後までその権限を有するのは薔薇巫女だったりもする。だからなのか両者は派閥のように別れていて、互いを牽制しあう。私の姉巫女である薔薇巫女様は割と寛容で、一般生活にはあまり干渉しない。その代わり巫女としての公の公務にはとても厳しい。

リリーの方は常の生活からしてお勤めであるとの認識らしく、常に厳しく指導を受けているようだ。

共通してどちらが選ばれても教会が揺るがないだけの人を育てる事を目標としているらしい。


「ねぇ、リリー、この前さ、少し喧嘩しちゃったでしょ?あの後考えた。沢山考えた。やっぱり私は百合巫女を目指すよ。たとえそのお勤めが大変なものだとしても、私はそれを目指す事を認められている。目指したくても道すら開けない人も多い中で、それを目指してもいい私が目指さないなんて、他の人を馬鹿にしていると思ったの。だから、正々堂々私は貴女に挑むわ。それで負けたとしても絶対に後悔しないと思う」


リリーは思いの外真っ直ぐに私を見つめていた。


「ユーリの気持ちは確かに受け取ったわ。でもね、私も負けてなんかあげない」

もちろんだよと頷き返せば、リリーは少し迷ったように、不安そうに青の瞳を向ける。


「ねぇ、ユーリ、この試練が終わってまた此処に帰ってきたら…どちらが百合巫女としてその座に上がるのかが判ったら、また此処で逢えないかしら?その時、私は貴女に伝えたい事があるの」


「いいよ、その時には私も沢山お土産話を聞かせてあげる。だからリリーに話せるような楽しい旅にするつもりだよ」


そう言えばリリーはなんとも言えない表情で「無茶しちゃ駄目よ」と苦笑を漏らした。


信用ないんだなぁ…私。いや、ある意味で信用されてる?

複雑そうな私の顔が可笑しかったのかリリーの顔にはやっと笑みが戻った。


「ユーリ、貴女は私の片翼の巫女です。女神の両翼は揃ってこそなのです。だから本当に無事に帰ってきて。貴女の旅路に幸多からん事を女神の名のもとにお祈り致します」


ふわりと祝福の光が舞って私を包んだ。私達巫女は女神様の一部に喩えられる事がある。百合様は女神の心そのもの。薔薇様は女神様の腕。そして私達姫巫女はその両翼として喩えられる。

リリーは対となる私の安否を気遣ってくれる。ライバルだけど、大切な仲間だと思ってくれているのだと嬉しくなる。


「うん、ありがとう。リリー、貴女の旅路も光溢れ幸多き旅路になる事を女神様の名のもとにお祈り致します」


私も返礼の祝福を贈る。光がリリーを包む様は中々に上手く出来たと思う。私は祝福を贈るのが苦手で昔はよくリリーに練習に付き合ってもらっていた。

それを彼女も思い出したのか、私達は互いのおでこをコツリとぶつけて一頻り笑い合った。



教会の外へ出る事は少しばかり怖い。毎日顔を合わせていたリリーと離れ離れになる事は寂しい。どんな旅になるのか、自分が立派な高位巫女になれるのか不安もある。それをただ今は互いに慰め合う。


でも別れは永遠では無い。旅には終わりが来る。その旅の先での再会を約束して私達は大聖堂を後にした。




私達の出発は午前のお勤めの時間だった。

今生の別れって訳でも無いので巫女仲間全員に別れを告げる事はない。昨夜の夕食の席で姫巫女は試練の為の旅に明日から出るとローザ姉様が周知したくらいだ。


夕食後には何人かの子達が駆け付けて気を付けて行ってらっしゃいませと挨拶をくれた。でも今日は菊巫女の姐様方以外に見送りは無いんだろうな…


渡し船に乗り込んで島を見る。やっぱり小さいのにとても大きい。初めてこの島に来た時のことを思い出す。はしゃいで私は湖に落ちかけたんだったなぁ〜。

一緒に旅立つリリー達は一足先に最新の魔導船に乗り込み対岸へと旅立って行った。



「私達も出発だね。それでは行ってまいります」

そう礼を取れば船は沖へと漕ぎ出される。


ぼんやりと対岸へ向かう船の揺れに身を任せていたら、教会から何人もの人影が出て来て叫ぶように手を振り出した。


「姫巫女様――!お気を付けて‼︎お帰りをお待ちしています‼︎」

それは教会に奉仕にきている種の人々やまだ儀式に参加できない巫女見習い、午後の式に出席予定の下級巫女達だった。


私は頬が緩む。寂しく無い訳じゃ無い。でも帰る場所はちゃんとある。待っていてくれる人々は此処にいる。だから頑張ろう。




「みんなーーーー!!私、頑張って来るからね!!!!みんなも元気でねーーー‼︎」

そう手を大きく振って私はアヴァロンを旅立ったのだった。


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