裁きと決別の時
私は喧騒と怒号飛び交う一階へと降りていった。
先頭はオドレイで私、アンリの順に続く。ランタナにはスザンナを迎えにいってもらった。
もっともまだ立ち上がれる状態じゃないかもしれないらしいけれど…。女神様からの福音で癒しがなければきっとあの子は死んでいた。
今までだってそうだったのかもしれない。
女神様の福音があの子をきっと生かしていたんだ。
やるせなさに両手を握り締めれば爪が食い込んだ。
でも、嘆く前にやらなきゃならない事を片付けなきゃね…。
一階へと降りれば階段途中から喧騒はおとなしくなる。
まるで成人の儀の時にローザお姉様が姿を見せた時みたい…でも私に注がれる視線は憤怒や呆れ、侮蔑の感情を載せている。お姉様へ向けられている畏れや感謝の念とは全く異なる熱を帯びている。
そんな皮肉に少しだけ鼻が鳴る。まったくなんて茶番なの?
ガーベラさんが「お客さん!」と少し心配そうに声を出した事で戸外の人達の視線も私へと向けられる。
私は何事も無かったように笑って見せた。
「朝から騒々しいから起きて来ちゃった。で…お外のお客さん達は私へのお客さんかな?」
笑顔のまま私は扉から見える人々を一瞥する。
「あぁそうだ!儂はこの集落の相談役を任せられとるシンスと言う。集落の宝である子供をお前さん達が拐かしに来たと訴えがあった。申開きがあるなら言ってみろ!少し話くらいは聞いてやる!さぁ、流れ者ども名を名乗れ!」
身なりは少し良い腰の曲がったお爺さんが前に出てくる。
その顔には問題事を連れてきおって…と言った感じの迷惑そうな表情を貼り付けている。
私はやれやれと大きく息を吐くと名乗りをあげる事にした。
「私は見ての通り聖都を出たばかりの巡礼の者。決して怪しい者では御座いません。名をユーリシアと申します」
口を開いたのが1番年若い私だったのでシンスとかいうお爺さんは少しばかり訝しむ。もっと厳ついいかにもごろつきってのが出てくるとでも思ったのかな?
私はそんな事知ったこっちゃないので話しだす。
「まず誤解があるので申し上げれば、私はこの集落で不当に虐待を受けている子供に出会い、その子に素質があると見込んだから一緒に仕事をしないかと持ちかけたまでです。そして、幸運にもその子も私と一緒に務める事を了承しました。これは相互同意によるものです」
虐待の言葉に一瞬老人は怯む。そんな男の陰から一人の女性が声高に出てきた。
「そんなの嘘よ‼︎そこのお人好しのふりした夫婦とグルになって私の可愛い娘を誑かして連れ去ろうとしたのよ‼︎たったの大銀貨一枚で幼い娘を誑かしたのよ!」
出てきたのは目を血走らせ、髪を逆立てた女性だった。
顔の造形がスザンナに何となく似ている。髪の色こそ違うけれど瞳の色が琥珀に近い色味だ。
私は瞬時にこれがスザンナの母親かと思い睨みつける。
そのまま私は詰め寄るように近づく。
「あんたがエリゲロン?スザンナの母親の?まったくお話にならないわ。あんた本当にあの子の母親なの?どうしてあんなにも非道な真似が出来たの?」
私は言葉に力を込める。私の怒気が分かるとエリゲロンは少しだけたじろぐ。最初から負け戦なのになんともみっともない。
「あんたの可愛い娘はなんであんなにも痩せ細っているの?」
私は一歩近づく。
「あんたの可愛い娘はなんで朝から晩まで大人だって辛い仕事をこなしているの?」
もう一歩進む。
「あんたの可愛い娘はどうしてあんなに傷だらけなの?」
もう目前には狼狽えるエリゲロンの顔がある。
「あんたはどうして可愛い娘を鞭打ったの?」
私の怒気に当てられたのか、事実を口にするのが怖かったのかエリゲロンは何度も口を開口する。まるで陸に上げられた魚だ。
そんな風に何も言えなくなっているあの子の母親をおしのけ、私は戸外へと出る。
家の外は人がぐるっと囲い込んでいた。手には鍬や鋤、鎌や鉈をもっている。職業騎士や聖騎士、冒険者以外には剣など使う必要が無いので手近な農具を武器がわりに持っているのだろう。
「あんた達も何で幼い子供が親から虐げらているのに助けなかったのよ!」
私がスザンナが何故あんな状態なのか問うただけなのに誰も答えられない。
当然だ。この集落の人々はスザンナを見殺しにしてきたのだから。
「それは家の事ですから余所者が口出しすべきでは無いはずですぞ」
シンスとかいう爺さんが苦しそうに吐く。
「へぇ〜。集落の全員引き連れて子供の為なんて大義名分うって来れるってのに、子供の虐待を見て見ぬふりしてた大人はいう事が違うね!ほんと呆れるよ」
私は本気でそう思っている。だからそのまま吐き捨てた。でもそれはこの人達の神経を逆撫でしたようだった。
「余所者が分かったような口聞くな!えぇい!皆の衆、此奴らは人攫いの一味じゃ!遠慮はいらん!やってしまえ‼︎」
それを合図にしたように鍬やら鉈なんかを構えた村人達が一斉に私達目掛けてやって来た。
すかさず前に躍り出たのは護衛であるアンリとオドレイだった。
既に抜刀し、舞うように襲いくる人々を薙ぎ倒す。
アンリは私の右側の人の波を押し除ける。重い金属音と共に1番大柄な男が振り上げていた斧が弾き飛ばされる。そして間髪入れずにその男は胴体に蹴りが入れられ、近くにあった肥溜めの中へと倒れ込む。
左側ではオドレイが踊るように剣を振い、すれ違った人々の振り上げる武器の獲物を切り落とす。刃先の無くなった包丁や鍬などただの棒切れだ。
元々武術や剣術の鍛錬などしていない烏合の衆など聖騎士である二人の敵ではない。
そうして面白いように二人によって場は制されてゆく。
勿論怪我のないように峰打ちやとどめは蹴ったり殴ったりと手加減までしているようだ。
そんな中、私の視界の端にランタナと、彼女に抱えられたスザンナが見えた。
良かった…動けるくらいに回復してたんだね。
だとしたら、頃合いだろう。
私は大きめの声を上げる。
「2人とも、もういいよ」
そう言うと、左右に分かれていたアンリとオドレイは頷きあって場を静めるようにと声を上げる。
「静まれい!静まれ静まれ静まれい!」
「静まれ!静まれ静まれい!」
そう言いながら私の両脇へと戻ってきてくれた。
聖騎士として訓練を受けた2人の声は場を圧倒する。
「此方におわすお方を誰方と心得る!畏れ多くも現薔薇巫女様が絆の恩妹君で在らせられる姫巫女様ぞ‼︎姫巫女様の御前である‼︎一同頭が高い!控えおろう!」
アンリの一段低い声が家の前にこだまする。
その声に怯み動きを止めた人々に私は胸に下げた羽根十字のロザリオを見せるように掲げる。
巫女の羽根十字は一般の木製とは違って銀で出来ている。そこに階級である花印が刻まれている。
つまりはこの銀の羽根十字が私が巫女である事の何よりの証明となる。そして階級を示す花はスノードロップ。姫巫女の雪待草だ。
場が一瞬ざわめく。
近くでガーベラさんの声がする。
「アヴァロンの姫巫女…様…?お嬢さんが…?」
そう言うと段々と理解したのか慌てて地面に平伏する。
見渡せば皆一様に頭を垂れている。
ただ1人だけスザンナの母親だけが膝から頽れて譫言のように「うそ…うそよ…」と呟いている。
「さて、この集落の相談役シンス、面を上げなさい」
私のその声がけにシンスは肩をびくりと震わせつつ「ははぁ」とその土気色の顔を見せる。
「貴方の悪行はもう私の耳にも届いています。寡婦扱いとなり集落の共有財産となったエリゲロン一家の虐待を集落ぐるみで黙認し、更には年頃になればスザンナを自身の引き籠もっている息子の嫁として抱える魂胆でしたね?そして本来であれば免除されるはずのエリゲロンの家から税を徴収し私腹を肥やしていましたね?それも彼女の出て行った夫や姉家族の分まで上乗せで請求していたのは調べがついています」
この辺りはランタナがよく調べてくれた。
この辺りの集落では夫に先立たれたり、蒸発してしまって残された女子供は集落の共有財産として救済する慣わしなのだという。
具体的には税の免除と最低限の生活の保証だ。その代わりに収穫期には人手として駆り出されたり、祭りの時には無償で手伝いをする事が多いらしい。
ランタナの調べによればこの相談役はスザンナのお父さんと伯母さん達家族が出て行ってもスザンナ達からその分の税を徴収していた。その取り立てはスザンナが稼げる様になってから増していたそうだ。
母親は出て行った夫に嘆きつつも気付いて問い詰めた。でもそれは迷惑料として押し切られていたようだ。
本当は向こう十年分の税金は出て行ったスザンナのお父さんが既に納付済みなのだけれど、それも知らせてはいなかった。
何とも小狡くて矮小だ。
そして何よりスザンナの母親は集落の共有財産として夜な夜な男達とまぐわっていた。それもあってこの集落ではスザンナへの虐待は黙認されてきたのだ。
そしてよく働くスザンナを無理矢理に自分の息子の元へと嫁がせようとこのシンスは画策していたようだ。もう40を過ぎた息子のために…なんたる勝手かと憤る。
集落の人々の痛い視線がシンス爺さんを射抜く。
「申開きがあるなら申して見なさい」
シンスは視線を彷徨わせ、最後には観念して地面へとその頭を打ちつけた。
「魔が差しただけなのです。それにこの親子には税を払えるだけの余裕がありました。全てはこの集落のためなのです!どうか…どうかご慈悲を…」
まったく小物の癖にと反吐が出る。バレなければ良いと思っていたのがありありと見えて胸糞悪い。
「貴方の言い分が正しいかは役所が調べ沙汰を下します。それまでの間、貴方は謹慎し相談役の職を辞しなさい」
かなり温情込みだけれど今はスザンナ家族の方が優先だし、専門の人たちに任せた方が禍根は少なくて済む。
さて、次は本丸だ。
「スザンナ、こちらへ」
声をかければスザンナは肩をランタナに支えられ、引きずる脚でゆっくりと私の元へ歩いて来てくれる。
「エリゲロン、貴方はこの娘を躾と称して折檻を繰り返しましたね?それは何故ですか?」
エリゲロンは私の問いにグッと言葉を詰まらせる。
返答は返ってこない。
「折檻だけでなく、この子を居ないものとして不当に扱いましたね?」
目は泳ぐ。でも答えはない。
「答えないのならばそれはそれで良いわ。どのみち貴女の元から彼女は居なくなるからね」
エリゲロンはどういうことなのかと呆けた顔で訝しんでくる。
「スザンナは私が見出しました。姫巫女である私が見出したという事は間違いなく彼女はもう貴女の娘ではなくアヴァロンの巫女です」
エリゲロンの反応は顕著だ。
全身が震え、その言葉を飲み込み歓喜と疑念が渦巻いている。
自身がスザンナにして来た仕打ちとスザンナが巫女になった喜びとで感情がせめぎ合ってあるのだろう。
「そんなの…嘘です…その娘は5歳の洗礼で巫女様に選ばれなかった…巫女様は間違わないし、嘘もつかない‼︎それにその子は肉や魚まで口にした不浄の子なのです!巫女様になれるはずなど…」
「あれ?巫女って肉食べちゃいけないんでしたっけ?」
ランタナが少しおどけて聞いてくる。
「そんなはずないですよ、ランタナ。ユーリ様の好物はオッソブーコですからね」
オドレイはサラッと私の好物を暴露する。何の流れだこれ。
「あぁ、仔牛の脛肉の煮込みかぁ〜あれ美味しいんだけどあんまり量が回らないんだよね〜」
「ユーリ様はあのメニューの日はおかわりしたそうに恨めしく見てくるんですよ」
だから何の暴露だよ…恥ずかしいわ。
「分かるわ〜姫巫女様ってそういうとこあるよね〜いつもは跳ねっ返りなのに根は真面目で優しいんだよね!あっ、おばさん、申し訳ないけど巫女にどんな幻想抱いてるのか知らないけどさ、巫女も間違うよ?だって人の子だもん。私も元は巫女だったから言えるけどさ。巫女は女神様のお手伝いをする為に選ばれたただの人の子だよ」
ランタナの追い討ちにおばさんと呼ばれたエリゲロンはアワアワし始める。
あれ?ランタナの方がエリゲロンよりも年上だった気もするけど…まぁいいか。
「…そんな…そんなうそよ…じゃぁ…私は巫女様に手をあげていたと…そんな…そんなはずない…」
「事実だよ。巫女だって時には間違える。そしてあんたがスザンナに手を出していたのも、スザンナが巫女なのも事実だよ」
周りの人々もざわめき始める。この世で巫女に害を為すのは禁忌だ。どんな処罰が下されてもおかしくない。無論それは知らんぷりして静観していたもの達だって同罪だ。
なのにこの母親は頭のネジが飛んでいるのか私に縋り付いて来た。
「巫女様も間違えるというのなら…もしそうだというのなら、私めも巫女の可能性があったのでしょうか⁈」
薄ら笑みを浮かべながら私の足元から懇願するように見上げてくる。
私は最後の慈悲のように言い切った。
「貴女は巫女じゃない。巫女に選ばれなかったただの人よ。だからと言って娘に憧れてと希望を押し付けて良い理由にはならない。子が望み共に目指すならまだ分かる。でも貴女のは押し付けでしかない。貴女の子は貴女の身代わりなんかじゃないし、子供達の人生はその子の道だ!道を勝手に強いてあまつさえそれが叶わなかったからと冷遇していい謂れはない!」
その言葉を聞いて女は泣き崩れる。
自分の願望を叶える為の身勝手をやっと理解したのか、それとも己を否定されたからなのか…それは当人にしかわからないだろうね。
でもどんなに打ちひしがれていようと私はこの人に同情などしない。
粛々と沙汰を下すだけだ。
そう思っていたところで隣に来たスザンナに、袖を引かれた。
「どうしたの?スザンナ」
ちょっと躊躇いがちにスザンナは声を出した。
「お姉さん、助けてくれてありがとうございます。あの…お母さんを怒る前に聞いてもらいたい事があるの…」
そしてもじもじとして視線を彷徨わせた後におずおずと外れの方でことの顛末を傍観していた少女の事を指差した。初めて見るが多分彼女がスザンナの妹のクリーノだろう。同じ髪色で彼女よりも少し年下に見える。
そしてクリーノを見た瞬間にスザンナが何を言いたいのかも何となくわかった。
「昨日家に帰ってから、クリーノがいつもと違ってみえるの…これって…」
戸惑いももっともだろうな…。スザンナは昨日、私と共鳴する事で巫女としての潜在能力が開花したのだろう。
今までは無意識に生きる為だけに使われていた力が意味を持った。本来それはもっと時間をかけて慣れるはずの力なのに…やっぱりこの子は女神様に愛された子だ。
「そうだね。そうだよ。よくわかったね」
私はスザンナの頭を撫でた。
スザンナは涙する。妹まで自分と同じように母からいじめられなくて済むと安心する心。それと同時に母と一緒になって私を虐めていた妹なのに…そんな困惑する心。相反する心はただ言葉もなく涙に変わる。
「みんな、よく聞きなさい!巫女としてスザンナは初めての仕事を今この時成し遂げました。スザンナが妹、クリーノ前に出なさい」
名指しで呼ばれたクリーノはキョロキョロと周り見るけれど誰も何も彼女に言わない。何が起こるのか分からないから何も言えないのだろう。
大人達の視線の中トボトボと半べそになりながら歩いて来たクリーノに私は告げる。
「おめでとう、クリーノ。洗礼はもうすぐだったかしら?その前になってしまうけれど祝福を貴女に。貴女は女神様に愛された。アヴァロンへの入島を私の名の下許可します」
聖都以外では誕生月だったり、半年、一年に一度の頻度でしか五歳の洗礼を受けられないことも多い。本来五歳を超えれば洗礼されても問題はない。そしてランタナからの情報が正しければこの子は先月すでに五歳にはなっている。今は洗礼待ちだったに過ぎないから問題は何もないはずだ。
そしてクリーノには羽印があった。姉妹で巫女は少ない。でもここまでの力量差は残酷に思える。
クリーノはその残酷さも分からず、アヴァロンへ行ける、巫女に選ばれたと理解するのに時間がかかっている様子だ。
でもね、私は許してなんてあげない。こんなに小さくても自分を守るためだったとしても実の姉が鞭打たれているのを笑って見ていたこの子を私は許さない。
だから出来るだけ優しい笑顔で事実とこれからを語って聞かせる。
「貴女は巫女に選ばれたのよ。そして貴女のお姉さんも巫女に選ばれた。共に女神様の手伝いを託された。でもね、もう今日限りでスザンナは貴女の姉ではない。この子は高位巫女としてより多くの人々へ女神様のご威光を伝えなくてはならない。そんな光となるスザンナに貴女のような者は必要ない。これからこの子はアヴァロンでも多くの巫女達の憧れとなる。貴女の手が届かない存在になる。籍も新たに貴族が親となるでしょう。だから貴女は二度とスザンナを姉と呼んではならない。スザンナの妹だと名乗ってもならない。それが約束出来ないのであれば巫女には推挙しない。貴女とスザンナではその身に宿す女神の寵愛と心根が違いすぎる。これは温情よ。貴女が今後辛くならない為のね」
実際クリーノに見えた羽印は左足の小指に一枚羽。正直言って女神様の恩寵は弱い。福音も祈りの力だけだ。どんなに頑張っても蒲公英より上には登れないだろう。それどころか自分の家族を虐げてでも自分の身を守って来た付けなんだろうけど、羽印が発する輝きが鈍い。もしかしたら数年でアヴァロンから追い出されるかもしれない危うさがある。
女神様だって妬みや嫉みなんて黒い感情の子をそばに侍らせたくはないみたいで、日頃の行いや性格が悪いと羽印は力を失う事がある。
クリーノにはその兆候が見えた。
それでも目の前の少女は巫女になれることに喜んでいる。
でも本当の意味で姉とは違う道なことは理解していないんだろうな…
まだこの子は幼い。正しい道に戻れる未来を今は信じよう。
さてと…私は娘二人が巫女に選ばれた事に狂喜しているエリゲロンへと向き直る。
「という訳で貴女の娘達は女神様の娘としてアヴァロンへと渡ります。貴女の娘はもう居なくなる。理解した?」
嬉しそうに半笑いでコクコクと頷く女が何とも気持ち悪い。全く理解していない。
この2人はエリゲロンの籍から独立し、新たな籍を教会から得るのだ。そしてスザンナは半強制的に貴族の籍になるだろう。私だってそうだった。そして血縁だからと悪用されない為にクリーノも何処かへ囲われる事になるだろう。
つまりこの親子が交わる事は二度とない。
でもそれだけじゃこの親に対する罰には足りない。
だって娘が巫女になってこんなにも嬉しそうなんだもん。
だからきちんと罰は与えよう。
「二人をアヴァロンへと連れて行くのは貴女にとっては罰にならないみたいだね。だから私が罰を与えます。今後貴女は巫女の母を名乗ってはいけない。名乗る事を禁じます。そしてスザンナが今まで受けて耐えて来た痛みをその身に受けなさい!神罰の祝福…」
いつもの祝福の時とは違う黒い光がエリゲロンを包む。
途端に彼女は踠き苦しみのたうち回る。何もしていないが背からは血が吹き出して服を赤く染め上げた。
声にならない断末魔のような叫びが辺りには響く。
これが私の持つ福音の力。女神様の意向に沿わぬ行いをした者達を罰する為の福音。神罰を与える福音。今回この女に施したのは巫女の親と名乗る事を禁じる痛みの神罰だ。対象者が被害者へ与えた痛みをのまま体験させるもの。
これは肉体的にも精神的にも作用する。逃れる術は巫女を通しての女神様からの赦しか心の底からの改心しかない。
そしてこの女は何が悪いのかなんてきっと分からない。
目の前では「痛い!痛い‼︎やめて!ゆるして‼︎」とのたうち回る醜い女がいるだけだ。
周囲の者達は目の前で与えられた神罰の奇跡に畏れ慄き遠巻きにしている。さっきまで巫女になれるとはしゃいでいたクリーノも母親の見た事もない母親の様子に今では涙目だ。助ける手を差し伸べる者はない…そう思っていたのに……でも…やっぱりね。
私は少し眉を下げた。この子は本当に優しい。
私の隣でスザンナが私の袖を引いた。
「お姉さん、私、お母さんを赦します」
静かに言ったスザンナの言葉にのたうち回る女は希望を宿した。
「でも、お母さんには私達の事を忘れてもらいます」
あぁ、この子はきちんと線引き出来る子だ。残酷にもそれを選択できる強さがある。
母親は何を言われているのか分からないって顔だ。
スザンナはそのまま母親の傍で膝をついた。
「お母さん、今痛い?私はね、ずっと痛かった。とっても痛かった。体も痛かったし、お母さんに嫌われちゃった事が、見てもらえなかった事が痛かったよ。でもね、またお母さんに優しく抱きしめてもらえたら、好きだって言ってもらえたら、必要としてもらえたらって思って頑張ってたんだよ」
スザンナは今にも泣き出しそうな苦しい顔をしていた。
「でもね、もういいの。私は私の役目に行くよ。だからお母さんとは今日でお別れ。今からお母さんは私の事もクリーノの事も忘れるの。そして嫌だったものも忘れるの。最後に残るのはお母さんの本当のお母さんの部分だけ。それが女神様からの赦しだと思ってね」
それは優しくて残酷な赦しだと思う。この母親の根底に潜むのは女神の使徒たる巫女への憧れと執着。そして誰かと比較しなければ己を保てない弱さ。
本能的に母親は怯える。痛みではなく恐怖で身をかたくする。
でもそれを溶かすような慈愛のこもった微笑みでスザンナは母親の頬にそっと触れた。
刹那それは淡い光となって母親を包んでゆく。
「これが最後だから…さよならお母さん、今までありがとう。さようなら」
母親は忘却への嫌悪と恐怖を瞳に一瞬だけ映したけれど、痛みからの解放と安堵でそのまま穏やかな顔になり気を失った。
次に起きた時にはもうこの女は娘達の事など覚えてはずだ。
そしてスザンナの体も直後大きく傾く。慌ててオドレイが支えてくれる。
全くまだ巫女としての正式な洗礼を受けていないのに…それに昨夜の折檻の傷も癒えていないってのに無茶して…。
でも巫女として俗世としっかり決別してみせた妹巫女候補が心底誇らしかった。
次回はクリーノの視点からを書いてみたいなと思います。




