共鳴 〜スザンナサイド〜
それはとても不思議な体験だった。
その日は朝の乳搾りが終わる前にガーベラおばちゃんに声をかけられた。
私にお客さんなんだって…
まだ牛舎の側溝掃除も飼い葉掃除もしてないけどいいのかと聞けば、そんなんよりも大事な用事なんだからいいんだよと返された。
大事な用事ってなんだろう?それにお客さんってだれ?
私は不思議に思いながらもおばちゃんから渡された手拭いと石鹸で手早く身体を洗うと持ってきていた帰り用の服に着替えた。
ガーベラおばちゃんはとっても優しい近所のおばちゃん。私が困ってるのを知ってから家のお手伝いをするとお金をくれる。食事も食べていけって言われるけど、私は家で食べるからって言っていつも食べなかった。
本当はいつも美味しそうな匂いでお腹が鳴っていた。でも、私だけ美味しいご飯を食べたのがお母さんにバレたらって思うと怖かったんだと思う。
まぁ、それはおいといて、おばちゃんは私にお客さんはおばちゃんの家にいるって教えてくれた。
本当に誰だろう?私に今までお客さんなんてこなかった。それに家じゃなくてなんでおばちゃんのところなんだろう…不安があるけれど、いつもお世話になっているおばちゃんからの話だから、会ってみる。
緊張する。もしかしたらお父さんかな…それとも伯母ちゃんかな…
ドキドキしながらガーベラおばちゃんについて上がったおばちゃんの家で待っていたのは銀色の髪が綺麗な少し年上のお姉さんと黒い髪で怖い顔してるお姉さん?と茶色の髪の門番みたいな顔のお兄さん、ニコニコと猫みたいに私をみているお姉さんの4人だった。
どうしていいのかわからなくて、おばちゃんに助けを求めてみるけど、おばちゃんは「しっかりと話をしておいで」と私の背中を優しく押すと出て行ってしまった。
どうしよう…
困り顔の私を安心させるように1番綺麗な銀髪のお姉さんが私に話を聞いてもらうための対価だといって大銀貨を差し出してきた。
こんな大金本当に良いのかな…?でもそれだけ払っても私に話を聞いて欲しいんだって思いが伝わってきた。私はその銀貨を大事に懐へとしまった。
そして、お姉さんから一緒に来ないかと誘われた。正直ドキドキした。ガーベラおばちゃんからもうちの子にならないかと何度か言われていた…その時も本当はドキドキしてた。もし、そうなったらどんな生活になるんだろうってふわふわした気持ちになった。でも直ぐにその気持ちは真っ暗な落とし穴に引き摺り込まれる。だってお母さんがきっと許さない。許してくれない…。普段私なんか目に入らないお母さん…でも、私が他所に行くのは仕事以外はダメだって…お父さんみたいに居なくなるのはゆるさないって何度も言われてる…。
「私がお父さんみたいにいなくなっちゃったら、お母さんもクリーノも大変になっちゃう…だから行けない」
そう答えれば、お姉さんからは理不尽を説かれた…
そうだ…私は本当に理不尽だと最初は怒っていたのに、いつのまにか今を生きるために諦めて、理不尽を受け入れていたんだ…
そう気付くと何も言えなくなる。
「だって…私が巫女様に選ばれなかったから…それにお父さんが一緒に行こうって言ったのをやだって言っちゃった…」
毎日のようにお母さんから言われる言葉。お前が巫女様に選ばれなかったダメな子だから…失敗作だから…お父さんの子供だから…それにお父さんの手を振り払ったのは私だ。お父さんからの助けを嫌だっていって他の人に助けてもらうのはなんて都合がよくて狡い奴なんだろう…そんな悪い子の私にお姉さんは優しく頭を撫でられた。ちょっとだけ、私はびくってしちゃったけど構わず撫でてくれた。お母さんに昔髪をとかしてもらっていた頃を思い出す…。
そしてそのまま両手を握られた。
あったかい。
それはとても優しい手だった。
なのに不思議とその手は段々と熱くなる。苦しくは無いし、痛くも無い。なのに段々熱くなる両手と背中…背中というよりも少し下の腰やお尻のあたりが熱い。でもそれはやっぱり不快感は無くて…むしろ心地いい。不思議な歌が頭に流れ込んでくる。
聞いた事なんてない歌なのになんだかとても懐かしい。
大丈夫だよって言われてる。愛してるよって教えてくれる…そんな歌が…。気付けばお姉さんは私を抱きしめてくれている。あぁ…私はお母さんからこうしてもらいたかった…でもお姉さんが今はそれを叶えてくれているんだ…女神様の化身のお姉さんが…
私は一瞬だけ洗礼式で聞いた女神様の楽園の中にいた。
大きな羽の光に包まれた人が私をみている…
「◾️◾️◾️◾️◾️」
私は今、女神様にお会いしたんだ…
そう思った。
そして私は女神様からお仕事をもらったんだ…
そうわかった。
でも…それって…
お姉様が私を抱きしめながら謝ってくる。私をどうしても連れて行くって。分かってる…分かってるの…そうするのが正しくて、そうしなきゃいけないって…でも…そうなったらお母さん達はどうなるの…?
お姉さんはどうもならないって言った。私がいないだけの日常が明日からあるだけなんだって…
私…巫女様になれるの?
選ばれたの?
そんな不安が溢れた。
本当はなんとなくだけど分かってる。そうなんだって…
お姉さんはそうだよって言ってくれた。
途端に私は悔しくなる。だって私はもう7歳だ。何で5歳の洗礼で気づいてもらえなかったの?あの時に気付いてもらえてたら私はこんなに苦しくなかった。お母さんもきっと喜んでくれたし、まわりから馬鹿にされたり罵られたり、憐れまれることなんてなかったはずなのに…。お腹を空かせることも、背中に痛い鞭を打たれる事も、赤切れに涙する事もなかったかもしれないのに…。
これまでも我慢してた日々が悔しくて何だか悲しくて私は声を上げて泣いてしまった。
どのくらい泣いたのかはわからないけど、お姉さんはその間ずっと私を抱きしめてくれた。そして私の事を特別なんだって何度も言ってくれた。私の心はなんだかポカポカした。本当はお母さんに言ってもらいたかった言葉だったけど…私はなんだか満たされていく。
お姉さんは分かってるよねってきいてくる。
うん…分かってる。私は女神様のお手伝いをしなくちゃいけないんだって…だってそう女神様から言われたから…
でもそれは…それはお母さんもクリーノとも離れなきゃいけないんだって事。もう、一緒に暮らせない。本当にお母さんから見てもらえなくなるんだ…それが分かって悲しい
お姉さんも私の気持ちを分かってくれてる…
お別れしなきゃいけないって…それをお母さんに言うのは怖い。
それでも私が巫女様に選ばれたとお母さんが知ったら…また私を見てもらえるかもしれない。そんな淡い期待を抱いてしまったから…。
そのまましばらく私はお姉さんの腕の中で甘えた。久しぶりの温もりは心を満たしてくれる。初めてなのに懐かしいあたたかさにうれしくて、涙はいくらでも出た。
夕方前に家に帰って用意をしなさいって返された。ガーベラおばちゃんもシダーおじちゃんももうお仕事はいいよって。早く帰って、お母さんにお家を出るんだって教えてあげなさいって言ってくれた。ちょっとだけ寂しそうな顔だったから、私も寂しくなる。もう、明日からはこのお家で乳搾りも、牛舎掃除も畑仕事もバター作りもしなくていいんだと思うと何だか胸がギュッとなる。お兄ちゃんの家に住んでるおばあちゃんも「あんたはいい子だから、幸せにおなり」って言ってくれた。
幸せ…か…
私、巫女様になれるんだよって言ったらお母さんは何て言ってくれるだろう。
さすが私の娘ねって言って抱きしめてくれるかな?
そしたら私の此処での最後の思い出は幸せなんだろうな…
帰り道に見えた夕日はとても大きくてキラキラ輝いていた。まるでオレンジの光に食べられちゃったみたいに私の気持ちも明るく跳ねる。
そんなふわふわした気持ちのまま家の扉を開けると、お母さんとクリーノは二人でパンケーキを食べているところだった。
薄めに焼いたパンケーキには私が苦労して作って明日には山上まで持って行く予定だったバターがたっぷりと乗せられている。パンケーキの中には干し葡萄も入っているみたいで所々に小さな黒っぽい丸が見える。そして何より贅沢な蜂蜜が溢れんばかりにかかっている。
チクッと胸が痛い。私、パンケーキを最後に食べたのいつだろ…
いつもは考えないようにしていた思いが段々と湧いてくる。
「だだいま、あのね、お母さん、話があるの!聞いてもらえる?」
勇気を出していったけどお母さんは私の声なんか聞こえないみたい。
いつもの事だから私はそのまま続ける。
「私、ここを出て行くことになったの…巫女様に選ばれたんだよ!お母さん」
お母さんが私を見てくれた!
でも、その顔はとても怖い。
「あんた、今日の仕事はどうしたの?まさかサボって将来の巫女様を飢えさせる気?それに巫女様にあんたは選ばれなかったの。夢は寝てから言うのね」
お母さんは信じてくれない…心が崖から突き落とされたみたいにギュッとなる。何だか苦しい気持ちだ。
「そんなんじゃないの、お母さん!聞いて!ちゃんと今日の稼ぎはあるよ!これくれた人達が私には巫女の印があるんだって教えてくれたの!それでね、私を連れて行くんだって…だから私…」
もらった大銀貨をテーブルの上に置いて、早く知ってもらおうと思って頑張って伝わるようにって言っていた。でも「明日にはここを出て行くんだよ」そう言う直前で私はお母さんからの張り手で壁に備え付けてある食器棚まで飛ばされた。
打ちつけた背中も耳がジンジンするくらい叩かれた顔も痛い…痛くてたまらない。なのに心はもっと痛い。
「こんな端金であんたは自分を売ったのかい⁈この売女!そもそもそんな上手い話があるはずないだろ?どこの人買いに唆されたんだい!全く大方無知な小娘を安値で買い叩こうってろくでなしの口車に乗っちまったんだね…あんたは一生ここで私達の面倒を見るのが仕事なんだよ。逃げるなんて許さないからね‼︎」
その後はいつもの通りに鞭を打たれる。
「この売女!役立たず!」
ピシュン!パシン!
振るわれた鞭がいつも以上にに重い。
「巫女様は間違わない!だからあんたは巫女様になれるはずがないんだよ‼︎」
ビュン!パチン!
血が流れるのが分かるほど鞭は私を抉った。
「だいたい私達を置いて逃げようだなんて!恩知らず!流石は裏切り者の娘だね‼︎」
ヒュン!バチン!
どうして…なんで?私は巫女様に選ばれたのに…どうしてお母さんは喜んでくれないの?どうしていいのか分からない。いつもは手加減されていたのだとわかるほど今日の鞭は重くて容赦がない。
声も叩かれたほうの耳はキーンとなったまま音がよく分からない。
涙が滲む。悔しい…そして悲しい…意識がぼんやりし始めると、今度は冷たい水を掛けられた。ぼーっとし始めていた私はまた痛みと向き合う。
そんな繰り返しを私はなんとも言えな気持ちで絶えていた。
いつもは謝って許してもらおうとする私が今日は何も言わずにずっと耐える。だって悪い事なんて何もしていないんだから…。
ギュッと口の中のお肉を噛んで我慢していたら今度は前髪をグッと掴まれた。四つん這いになっている私は頭をそのまま背の方へとあげられ、とても苦しくなる。
「や…やめ…て」
小さく声は出たけれど、それが謝罪じゃなかったのが癇に障ったみたいでその後もヒステリックな罵声と折檻は続いた。
窓からの景色は綺麗な夕焼けだったはずなのにもう月が見える…
悲しい気持ちのまま私の意識は真っ暗になった…。
気付いた時には寝ぐらにしている倉庫の中にいた。
明かり取りの天窓から見える月の位置はとても高い。
多分引き摺られてここに運ばれたみたいで背中以外にも足が擦り傷でヒリヒリとした。
何度も頭を壁に打ち付けられたのもあって頭からも血が出ている。そして痛い…
空っぽになりかけた心から悲しみが湧き出してくる。
お母さんは…私の事を信じてくれなかった。
それどころか悪口を言ってこんなになるまで叩かれた…。
なんと言うのだろう。とても近くで聞いた気がする。
あぁこれが理不尽なんだな…そう納得する。昼間のお姉さんの言葉がスルスルと心に落ちてくる。
私の居場所はここじゃない…自然とそう思えた。
そしてまた頭がズキリと痛む。手も上げられないくらい全身が痛い。
少し寒い気もする…。
あぁ、昼間のお姉さんの手あったかかったな…また握ってくれるかな…
扉がガタガタとなる音を聞きながら私の意識は真っ暗な闇の中へ染まっていった。
今回も短めですが前回の話とワンセットです。
書き上がり次第投稿したいなとはおもっておりますので気長に続きはお待ちいただけると幸いです。




