共鳴
ご無沙汰してます。佐藤です。
今回は短めです。
この話の後にスザンナの話が入るのですが…そちらが間に合わなかった(^◇^;)
まぁのんびり頑張ります!
朝食の後ガーベラは少女を家へと連れてきた。
少女はとても緊張している。そしてどうしてここにいるのかと戸惑った様子だった。
茶色だと思っていた髪はよく見れば赤銅色で、琥珀色の瞳は不安に揺れている。
体は7歳にしては小柄で痩せ細っている。でも不思議と薄汚れてはいても傷などは見えない。
オドオドとした少女は少し震える声でたずねてきた。
「あの…おばちゃんが、お客さんにあってほしいって…それで…」
少女は助けを求めるようにガーベラを見た。ガーベラは苦笑を一つこぼして少女の背中を押した。
「後はお願いしますよ。スザンナもちゃんと話を聞いておいで」
ガーベラさんはそう言って外へと足を向ける。
一人残される少女は本当に道に迷った仔犬のように小さく見える。
「大丈夫よ、取って食ったりしないわ。私はユーリっていうの。商家の娘だけど人攫いとかそんなんじゃ無いから安心して。これはお話を聞いてくれる貴女への対価よ。貴女はスザンナで間違いないかしら?」
私は彼女の前に大銀貨を1枚差し出した。大銀貨は彼女の2日分の日銭と同じだけの額だ。安心して話を聞いてもらうためにと用意した。
少女はオドオドしつつもこくりと頷いてくくれる。そして銀貨を大事そうにその懐へとしまった。
「えっとね…単刀直入に聞くけれど、貴女は私達と一緒に来る気は無いかしら?」
「えっ?」
スザンナは戸惑いで目を丸くしている。そして私を捉えたその目は一瞬で視線を彷徨わす。
「そんな…できません…私はなにもできないし…」
「そんなの今から覚えていけばいいの。最初は誰だって初心者なんだもん。出来なくて当然だわ。それに正直に言って貴女の今の生活環境が正しいとは私は思えないの」
スザンナは唇を噛み締めて痛い思いでもしているように視線を逸らす。
「きっと貴女が躊躇うのはお母さんと妹さんのせいなんでしょ?申し訳ないけれどガーベラさんから少しだけど事情は聞いたわ」
スザンナはびくっと肩を震わすと、両腕で自分を守るように身を硬くする。
「貴女はそんなぞんざいな扱いをされていい人じゃないと思うの。私と一緒ならもう少しいい生活が出来るわ。食事だって出すし、服だって身体にあった物を着れるのよ?」
スザンナはフルフルと首をふった。目には涙を溜めている。
「私がお父さんみたいにいなくなっちゃったら、お母さんもクリーノも大変になっちゃう…だから行けない」
「それって本当にそう思うの?貴女のお母さんは貴女の事ちっとも気に掛けてくれないんだよ?貴女の事、本当にどうでもいいって思ってるんじゃない?違うって言える?食事もまともにもらってない。服だってもう小さい。何よりまだこんなに小さいのに沢山働かされて、稼いだお金だって自分のものにならない…なのに他の家族はいいもの食べて、綺麗な服を着て、あったかい家で寝起きする…なんでそんな理不尽をうけいれるの?」
他人の口から聞かされると衝撃は大きかったんだろうね…スザンナは目を見開いて、口をぱくぱくとして何か言葉を紡ごうとした。でも音にならない。自分が受けていた仕打ちが他者から見たら理不尽だったのだと思い知ったようだった。それでも彼女は言葉を振り絞る。
「だって…私が巫女様に選ばれなかったから…それにお父さんが一緒に行こうって言ったのをやだって言っちゃった…」
「巫女様に選ばれる人なんて本当に少数なんだよ?貴女のご両親だってこの家の人達だって選ばれてないのよ?なのに巫女様に選ばれなかっただけでその理不尽を受け入れるのはおかしな事だと思うよ」
私は一歩彼女に近寄る。彼女の顔はもう泣く寸前だ。
私は膝を折って彼女と視線を合わせる。
「だって…もうすぐクリーノは5歳の洗礼なの…そこでクリーノが巫女様に選ばれたら、お母さんは前みたいに私を見てくれると思うの…それに私とおんなじでクリーノが選ばれなかったら今度はクリーノまでこんな目にあっちゃう…そんなのダメだよ…そんなのかわいそうだよ…だから出てなんて行けない…」
ポロポロと少女の目からは涙がこぼれる。
「スザンナは優しい子だね。お母さんも妹さんも大好きなんだね」
そう言って私は彼女の頭を優しく撫でる。ピリッと静電気のような感覚が掌に伝わったけれどすぐにそれはなくなる。
そのまま私は彼女の両手を取って握った。
刹那、両手から強い力と背中への痛みを感じる。
あぁ…やっぱりこの子は女神様の愛子だ…。
私の聖痕である羽印とこの子の羽印が共鳴した。
今私の背中に走る痛みはこの子の受けてきた痛み…
辛かったね…痛かったね…苦しかったね…
私は彼女から流れてくる痛みとは逆に、慈しみの気持ちを乗せて彼女を抱きしめた。
戸惑いつつもスザンナはそれを受け入れてくれる。そして今まで欲しかった愛情が心の渇きを潤すようにスザンナは泣き崩れる。
聖痕と呼ばれる羽印は女神様の寵愛の印。巫女は大なり小なりその刻印を身体に刻んでいる。それは可視できるものばかりではない。むしろ見えないことの方が多い。何故ならばそれが見えれば自分の子供を巫女にするためにと赤子に墨を入れるような親がいてもおかしくないと女神様が案じたから…むしろ古い歴史にはそれが史実として起こった。それは混沌をもたらした。だから女神様は寵愛の印を巫女達にしか見えないようにと施すようにした。それが羽視の力。私の少し特別な羽視では普段は触れずとも分かる。けどこの子の羽印は不鮮明で分からなかった。でも…触れてみてやっと分かった。この子の羽印は何度も鞭打たれ傷付いていたのだ…。スザンナの羽印は腰から臀部にかけての大きなものだ。でもそれが傷付いて肉が裂け歪に治り形が崩れたので私にも直視出来なかったのだと思うとやるせない思いが込み上がる。
羽印は何種類かに分けられる。1番力の小さいと言われる一枚羽、散り羽、片翼そして両翼…。スザンナは私と同じ両翼だった。それすらも大きさや見える位置に比例するので一概には言えないのだけれど、スザンナの羽印は私の両手程の大きなものだった。
私の羽印とスザンナの羽印が共鳴して熱を帯び始める。
「ごめんね、スザンナ。事情が変わった。貴女のことは私が責任を持って連れて行きます。貴女にも貴女の家族にも拒否権はないわ」
スザンナも本能的に分かっている。そのはずなのに諦めきれない様子で私を見上げてくる。
「お母さんとクリーノはどうなるの?」
自分の事よりも家族を心配するんだね…本当にいじらしい子…。
「どうもしない。ただ貴女がいない事が日常になるだけ。そしてもう関わらないだけだよ。私は貴女へ嘘をついたわ。私は商家の娘なんかじゃない。教会の巫女なの。だから私が貴女を巫女として教会へと連れて行くわ」
「私…巫女様になれるの?」
スザンナは震える声で聞いてくる。もう女神様の御意向も感じたはずなのに、それが何であるのかまだ分からない…気付かないふりをして自分を守っているのね…
「うん、そうだよ。貴女は巫女として選ばれたの」
「だって…5歳で私は選ばれなかった…だからお母さんにも見てもらえなかったのに…本当に?」
「うん、そうだね…でも本当だよ。5歳で見つけてあげられなくてごめんなさい。でも見つけたわ。貴女は普通の巫女じゃない。私の後継になるかもしれない特別な子だよ」
私はスザンナを抱きしめる手に力を込める。
私の腕の中で少女は泣いた。
理不尽に苦しんだこの2年を嘆いた。
どうしてもっと早く見つけてくれなかったのかと憤った。
それは正しい反応だ。
私達巫女も万能では無い。結局は人の子だ。間違いだって犯すし自分の能力以上の事は出来ない。
それが、運悪くこの子には当たってしまった。
アンリが調べてくれた情報によれば、この村を担当したのは蒲公英の位を冠した巫女だった。担当巫女の女神様からの福音は二つで羽視と巫女の祈りの力だったという。
それではこの子の力を視るのには全然足りなかったんだ。
基本的に羽視の力で確認出来るのは自分よりも一つか二つ大きな位まで。大きすぎる者はそれである事に気付けないのだ。何とも理不尽な話だ。もっともそんなに大きな力を有する子が稀なのだけれど…。通常であれば何の問題も無かった。
でも今回は巫女の力が小さかったからこの子は取りこぼされた…そして母親に見放された。
この子の福音は羽視と巫女の祈りの力の他に癒しと、赦し。そして精霊親和…5つも福音のある子はリリーとお姉様の他に初めてみた。だというのにこうやって抱きしめて触れ合わなければそれに気付けない程に力の流れが阻害されている。私は悔しさに唇を噛み締める。薄く鉄の味が広がるけれど気になどならない。
「本当は選ばせてあげたいけど…分かってるよね」
スザンナの瞳は諦めきれず絶望を湛えている。
でも、この子が女神様の愛子だと分かってしまったからにはそれを許せはしない。
「明日にはここを立つわ。それまでに荷物と心をまとめなさい」
赤くなった鼻頭をひくつかせてスザンナは私を見上げてくる。
「貴女のお母さん達には言いにくい?私が話してあげるよ」
スザンナは首をふる
「大丈夫です。ちゃんと…ちゃんと自分で言います」
覚悟の籠ったいい目だった。
私はもうひと撫でスザンナを可愛がるとこの後のこと私の話を聞かせた。
私の立場、私の役目、巫女としての生活なんかを語って聞かせた。
そしてその日は夕方前にスザンナを家へと帰した。
ガーベラさんにはスザンナを連れて行く事を伝えると心底安堵したといった感じの顔をされた。
それは仕事から上がってきたシダーさんも同じだった。まったく、本当にお人好しの似た者夫婦だわ。
そんな夫妻との温かな団欒は心配事だったスザンナの説得もうまくいっていた事もありとても心地よかった。
明日は少し晴れた顔の彼女とこの集落を出られる事を想像しながら床についた。
だというのに…
朝私達を起こしたのは乱暴に扉を叩く不快な音だった。
「おい!この家に居るのは分かってるんだぞ!下賎な人攫いどもめ‼︎出てこい‼︎集落の大切な子宝を拐おうなんてふてえ輩だ‼︎」
何の騒ぎ?
私は眠い目を擦る。アンリとオドレイは帯剣し柄に手をかけている。
下からは朝食の用意をしてくれていたであろうガーベラさんが驚いて声を上げているのが聞こえる。
「一体何のことだい!うちにいるのは巡礼中のお客さんだよ!人攫いなんかじゃないよ‼︎」
「ガーベラ、あんたも騙されてんだよ!その客人は人攫いの一味なんだよ!」
ガヤガヤと下は落ち着かない。
そんな時、窓からランタナが滑り込んできた。
「ごめん!お嬢‼︎しくじった。あの母親が村役の家に行きやがった!あいつよりにもよって私達を人攫いに仕立てやがった‼︎」
「ランタナ!お前が見張っていながら何でそんなことになったんだ!」
オドレイが声を荒げる。あの後この家を出たスザンナにはランタナを付けていた。
「しょうがないじゃないか!家に帰って折檻受けて閉じ込められてた将来の姫巫女候補を介抱してたんだからさ‼︎安心しな、その甲斐あってまだ死んじゃいよ」
夜になっても帰ってこなかったから何事も無かったのだと思っていたけれどそれは違ったようだ。連絡をとりに帰ってくるのも惜しむような状況だったのだろう。
手短にとランタナは状況を教えてくれる。
夕方に帰ったスザンナは家に帰るとすぐに「巫女様に選ばれたので出て行く」と告げたらしい。そしてあの子に渡した大銀貨と引き換えにあの子が貰ったのは罵声と鞭だった…。いつもよりも強く折檻を受けて意識の無いスザンナはそのまま土蔵造りの納屋に押し込まれ、生死の境を漂っていたそうだ。
何とまぁ勝手な話だと溜息が溢れる。
下は一層騒がしい。何という茶番だろうか…。
私は寝巻きから手早く着替えると皆んなに言った。
「行くよ」
みんな心得たとばかりに頷いてくれた。




