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第一印象は、ドラえもんに似ている、ということだった。
「ご苦労様です、救急救命部の井崎です」
「ああ、すみませんねえ、先生。お忙しいところを」
病棟内は様々な疾患を持つ患者の体調に配慮し、冷房が強すぎないように調整している。しかし、応接室となれば話は別だ。部下と思しき若い男が差し出してきたハンカチでしきりに汗を拭う刑事を気の毒に思い、井崎は冷房の温度を下げてやった。ドラえもんに似た刑事の顔が途端に綻む。
「今年の夏は異常ですよ。まるで蒸し風呂ですわあ。鉄板で焼かれてる魚は、きっとこんな気分でしょうねえ」
その言葉だけは本音だろうな、などと思いながら、井崎は適当な言葉を返しておいた。看護師が冷たい麦茶を勧めた。
「ああ、ありがたい。お気を使わせてしまったようで申し訳ないですねえ。さっそくいただきます」
そう言って、刑事は一気に麦茶を飲みほした。凄い速さだった。
「こう暑いと体に堪えますよ。もう年寄りなもので。それに比べて先生は随分とお若いし、けっこうな男前だ。いやあ、男前の外科医なんて、まるでドラマみたいですねえ。全く羨ましい限りです」
「ありがとうございます」
井崎は苦笑いを浮かべていた。
「ああ、遅くなりましたが、所轄署の河合と申します」
差し出された名刺を受け取る。
「前原です」
間髪入れずに、年若い刑事が名刺を差し出してきた。前原という名前には聞き覚えがある。改めて顔を見ると、見覚えがあった。高梨の顔が思い浮かぶ。以前、飛び降り自殺した患者の付き添いで来たことがあったはずだ。
河合はごそごそと胸のポケットを探り、ボロボロの警察手帳らしきものを取り出した。しかし、ボールペンが無いらしい。井崎が思わず自分の白衣に差しているペンに手を伸ばした時、横から前原がさっとペンを差し出した。
「ええっとお……」
河合は目を細め、手帳を可能な限り顔面から離した。彼の視線が再び自分の胸ポケットに向く。再び、前原が横からさっと老眼鏡を差し出す。これではどちらがドラえもんか分からない、などと場違いなことを思った。
「ええ……新聞を読まれたのなら、ご存知かもしれませんが、一週間前ですねえ。一週間前の早朝に、市民公園で身元不明の変死体が発見されたんですわ。これが、未だに身元不明でしてねえ。ああ、こちらが似顔絵です」
前原がA4のコピー用紙を差し出してきた。そこに描き出された日本全国どこにでもいるような中年男性の顔を見て、井崎は眉を寄せる。
「どうでしょうか。先生が担当された患者さんの中に、見覚えはありませんか」
「……身体的な特徴、のようなものは……ありませんでしたか。そのお……特徴的な怪我や手術の痕があったとか……」
ERだと、どうしても患者の顔よりも患部を診ている時間の方が長い。結果、患者の顔は忘れても症例や経過は覚えているということは珍しくはない。そういう意味で問いかければ、河合は慌てて手帳を捲り始めた。
「身長は170センチ、体重は58キロ。盲腸の手術痕さえありませんでした。唯一、右腕の内側に小さな火傷痕がありましたが、それもけっこう古いものでしてねえ」
「そうですか」
もう一度、似顔絵を見やる。やはり、全く記憶に引っかかって来ない。
「申し訳ありませんが……」
似顔絵を返せば、河合は恐縮したように受け取った。ややあって、ふと思いついたように口を開いた。
「身体的な特徴とは違うのですがね、どうも……その……自殺する一週間くらい前から妙な行動を取っていたそうなんですよ。死体発見現場が市民公園だったわけでしょう? まあ、ご存知のように、あそこは夜になるとねえ、自転車で国道を暴走する連中が集まってグダグダやってるワケなんですよ。連中から話を聞いたらねえ、嬉々として答えてくれたんですよ。素っ裸でワケの分からんことを喚き散らしてた、おかしなオッサンがいたと」
「ワケの分からないこと?」
「ええ、そうです。こういうのは専門ではないので、私にはよく分からんのですが、最近は精神疾患というんですかね。ちゃんとした病気として……いや、ちゃんとした病気という言い方はおかしいかもしれませんけれどもね……まあ、とにかく、病気として扱うんでしょう? 宇宙という神が、我々人類の運命を監視し、操り、人間の言葉では発音できないメッセージを送って、人と人を戦わせているとか、なんとか喋っていたそうですよ。ついでに、これが宇宙から送られてきたメッセージだと言って、彼がいたいけな茶髪の中学生たちに見せたのは、中身が入っていないスナック菓子の袋だったとか」
「……精神科は専門外なので、僕には答えようがありません」
「ああ、すみません。それで、さすがのチャリンコ暴走族の間にもですねえ、何だ
か怖いという雰囲気が流れ始めたそうなんです。最近の若者の言葉を借りるなら、やべー、ですか。それで、彼が変死体として発見された前後は、市民公園には集まっていなかったということなんですよ」
井崎が、どう答えたものかと言葉を選んでいた時、ずっと黙って話を聞いていた前原が僅かに身を乗り出してきた。
「単刀直入に言わせてください。先生のところに入院している木村くんと小野田くんに、この人の似顔絵を確認してもらえないでしょうか」
河合が僅かながら苦い顔をして前原を見たが、結局何も言わなかった。
「木村くんと小野田くんですか? どうしてまた……」
「いえ、話を聞きに行った中坊が……あ、中学生がですね、木村先輩なら何か知っているんじゃないかと言っていたんですよ。同じ中学の先輩だと言っていたんです。随分、面倒見がいいようで、中学卒業後の就職先まで世話してやってるみたいなんです」
「そうなんですか……」
真幸の顔を思い出す。先輩風を吹かせて後輩の面倒を見てやっている姿が目に浮かんでくるようだった。
「分かりました。本人は元気そうなんですが、決して、調子がいいとは言えない状態です。あまり長くならないようにしてもらえるなら」
井崎の返事を聞き、刑事二人が微かに表情を変えた。
「助かります、先生」
言いながら、河合は看護師がもう一度注いだ麦茶を再び一気に飲み干した。
「前原、出されたものはちゃんといただいておけ」
「あ、はい」
河合に促され、前原もまた麦茶を一瞬で飲み干してしまった。高梨といい、彼らといい、刑事になると一気飲みが得意になるのだろうか、などとどうでもいいことを考える。
「どうぞ、こちらです」
そして井崎は、河合と前原を真幸たちの病室へと案内して行った。




