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南極の氷が解けるとき、魔法は名前を失った  作者: つのん。
第一章 氷の下の記憶

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第8話 二つの正しさ

次兄はその日、初めて線の外側に自分の手を置いた。


その線は岸の縁の線でもあり、地図の上の線でもあった。けれど私の中で残ったのは、そのどちらとも違っていた。残ったのは、二人の兄が同じ妹を見ていながら、それぞれに別のものを見ようとしていた、その分かれ方だった。


「あなたは」


問うた。


「あの時」


「どちらが正しいと思ったのですか」


魔女は答える前に間を置き、左の指先がまた内側へ折れた。岸辺の話の中で見たそれとは違ってもう一段深い、指の関節の奥にまで迷いが入り込んだ折れ方だった。


「二人とも」


魔女は言った。


「正しいと思いました」


その一言は迷いなく出た。迷いがないことの方が、痛ましかった。彼女はその答えを、千年か、それ以上の間、自分の中で何度も確かめてきた。確かめ続けた後の答えはもう迷いの形を表に出さなかった。


その一言を私は受け取れないまましばらく置いた。受け取れなかったのは、それが今の私の中でも、まだ定まっていなかったからだ。


長兄の止める優しさと、次兄の届かせる優しさ。そのどちらも、私は責めきれない。弟の声に近いのは次兄の方で、私自身に近いのは長兄の方だった。だからといって、どちらかを正しいと、まだ私は言えなかった。


「もうひとつ」


問うた。


「お聞きしてもよろしいですか」


「どうぞ」


「二人とも正しいと思った時」


声を低めに保った。


「あなたはどこに立っていたのですか」


魔女は目を一度閉じ、開けた時、私をまっすぐ見た。


「二人の間に」


答えはそれだけだった。


「間にしか立てませんでした」


---


柱の根元の線が白く長く呼吸した。光が消えた後の広間に、別の広間の輪郭が立ち上がってきた。岸の岩肌でも、子供の部屋でも、迎えの灯の前でもない。王家の広間だった。


天井は高く、四方の壁は氷ではなく、氷に近い別のもので組まれている。光は窓ではなく、壁そのものから薄く漏れていた。床の中央には長い卓のようなものがあり、卓の上には地図があった。それを地図と呼ぶしかなかった。紙ではなく、薄い氷が地図の形に削られ、大陸の輪郭が浮き上がっていた。


---


三兄妹はもう子供ではない。


長兄の背は岸の場面で見た時よりも半歩伸び、声変わりはもう終えていた。次兄は長兄に追いつくほどには伸びていなかったが、岩の陰にしゃがんでいた背丈とは別の身体になっていた。妹はその二人の間の背丈にまだいた。


三人は地図の上に視線を落とし、地図を囲むように、大人たちが何人か立っていた。最初は一つの輪に見えた。けれど長兄が息を吸うたび、その輪の一部が長兄の背の後ろへ寄り、次兄が地図の外縁へ目を移すたび、別の一部が、ほんの少しだけ外側へ傾いた。


誰も陣とは呼んでいない。呼んでいないだけで、足の向きはもう分かれていた。


卓の端には、王の側に立つ年配の者がいて、何も言わなかった。何も言わないことが、もっとも強い圧だった。


卓の脇にはもうひとり別の者がいた。卓の上の地図ではなく、自分の手元の薄い板に視線を落とし、短い筆のようなもので板に線を刻んでいる。記録を持つ者だった。


肘は、普段から、卓の端の上に置かれていた。長く同じ姿勢で書き続ける者の、一番楽な置き方だった。三兄妹のどちらの後ろにも立たず、地図の縁の奥で、ひっそりと息をしていた。


---


「ここから先は」


長兄が地図の上に指を置いた。指は大陸の内側から、外縁の少し手前で止まった。


「進ませてはならない」


長兄は言った。


「戻れない者をこれ以上増やしてはならない」


それは岸辺で握ったまま渡せなかった包みのその後ろにあった言葉。あの日、彼が呑み込んだ「帰るための印」という言葉のちょうど裏側にあたる言葉だった。


長兄の背の後ろに立っていた者の一人が息を吐き、低く言った。


「外を閉ざすべきです」


長兄はその者を見ていない。指はまだ、地図の上の自分が止めた位置にあった。「閉ざすべき」とは言っていない。「進ませてはならない」と「外を閉ざすべき」は、似ているようで、別の言葉だ。長兄はその言葉の言い換えを訂正しなかった。


訂正できる位置にまだ立っていなかったのか、訂正することで隣の者まで止めてしまうと判断したのか。私には決められなかった。


地図の縁の奥にいた記録を持つ者の手が、その瞬間、薄い板の上にひとつ線を刻んだ。長兄が言った言葉ではなく、隣の者が言い換えた言葉の方が、その線として刻まれた。私はその差を、見てしまった。


---


「ここから先は」


次兄が地図の別の端に指を置いた。指は長兄が止めた位置から、外縁の方へ半歩伸びた。


「届くなら」


次兄は言った。


「試すべきだ」


それは岩の陰で、窪みの中に置いた白い光のその後ろにあった言葉だった。


次兄の半歩後ろに立っていた者のひとりが、声を長兄の背の後ろにいた者よりも明るくしてこう言った。


「外へ進むべきです」


長兄が初めて次兄の方を見た。「試すべきだ」と「外へ進むべきだ」は、また別の言葉だ。次兄もその言い換えに何も言わなかった。


訂正できなかったのか、訂正したくなかったのか、訂正すれば自分の支えがなくなると判断したのか。これも決めかねた。


地図の縁の奥で、記録を持つ者の手が再び薄い板の上に線を刻んだ。次兄が言った言葉ではなく、半歩後ろの者が言い換えた言葉の方が、また線として刻まれた。


長兄の側でも次兄の側でも、記録を持つ者の手だけが本人たちより先に動いていて、二人の言葉は、その手の下で別の線になり始めていた。


---


妹が地図の中央を見た。長兄が止めた位置と、次兄が伸ばした位置のちょうど中間、地図の上で、二本の指の延長線が交わるはずの場所。そこに、妹の視線は置かれていた。


「どちらも」


妹は言った。


「必要です」


声は低かった。


「閉じる側も開く側も必要です」


その一言はあの場の中でもっとも穏やかな言葉だった。穏やかすぎたのかもしれない。長兄の背の後ろの者と、次兄の半歩後ろの者はすぐには反応しなかった。


代わりに、卓の端に立っていた王の側に立つ者が小さく頷いた。頷いただけで、頷きの先の言葉は口には出さなかった。口に出さないまま、視線は妹の手のひらの方へゆっくり降りていく。その視線の降り方を私は見逃せなかった。


その瞬間、王の側に立つ者は、妹の言葉を聞いていなかった。見ていたのは、妹の手のひらだった。


---


地図の縁の奥で、記録を持つ者の手がまた動いた。動く前に、肘が卓から一度だけ浮いた。迷ったのだ、と妹には分かった。


刻まれた線はこういう形だった。


「妹君のお力はどちらにも使える」


妹は自分の口で、その言葉を一言も言っていなかった。妹の手が、自分の膝の上で、半ば閉じかけて止まった。


私はその瞬間、息がひと拍遅れた。


---


広間の温度が上がった。外の気温は変わっていない。人の声の方が、増えていた。


長兄の側の者と次兄の側の者の声が、同時に高くなっていく。声を抑えていた呼吸の幅がほどけ始め、私はそこに、岸辺の場面の最後の空気を思い出していた。


長兄の声がいつもより硬くなり、次兄の声がいつもより速くなる。二人の声の速度は違うのに、その違いが二人をそれぞれの「正しさ」の側へ押し進めていた。


妹はその変化に一番早く気づいた。その直後に、妹の手のひらの中で熱が逃げた。岸辺で見た逃げ方とは違っていた。


妹は地図の縁に片手を置く。その手の下で、地図の表面が白くなった。広間の空気が一拍止まり、止まった後で、空気そのものが低く沈み直した。


長兄の声も次兄の声も、その瞬間消えた。声を出していた、その動作の方が止まった。王の側に立つ者の短い吐息だけが聞こえた。


妹の冷却は、効きすぎていた。岸の亀裂を一拍だけ静めたあの手は、ここでは広間の全員の声を一拍止めた。彼女の手は、意図より先に動いていた。


---


妹は自分の手を見た。見た後でもう片方の手で自分の口元に触れた。触れた指の先に白い軽い息がまとわりつき、息を吸い直そうとして、喉の奥が詰まった。声はすぐには出てこなかった。


二人の兄を遠ざけるために力を使ったわけではない。まだ近くに置いておきたかったのだ。けれども力は、彼女の意図より先へ伸び、二人の声と、二人の言い換えと、卓の上の地図の動きまで止めた。


二人の兄はそこで初めて、妹の方を揃って向いた。岸辺の岩の陰では、別々の方向から彼女を見ていたのに、この広間では、同じ方向から見ていた。その視線はもう「妹」として捉えていなかった。「力」として捉えていた。


---


「しばらく」


長兄が口を開いた。声はまた低くなりすぎていた。


「広間に出ない方がいい」


長兄は妹を争いから遠ざけ、守ろうとしていた。


「君を」


次兄も長兄の言葉の上に、別の言葉を重ねた。


「争いの中に置きたくない」


次兄も妹を守ろうとしていた。二人の声の端に、妹を責める色はなかった。長く噛み合わなかった後で、初めてひとつの方向を向いた二人の声は、しかし岸辺で妹の腕を両側から支えたあの二つの手とは違っていた。


岸辺の手は両側から妹を支え、王家の広間の声は同じ方向から妹を押し戻していた。妹はその違いに、その瞬間気づいた。頭より先に、身体が受け取っていた。冷えすぎた手のひらが、自分の身体のどこにも戻れる場所を見つけられず、両側から伸びていた二つの手は、同じ方向から伸びる二つの手にその場で変わっていた。


妹は、その二つの声に何も返さなかった。冷えすぎた喉の奥で、声を作るためのわずかな熱が足りなかった。


妹は二人の兄を見て、それから地図の縁の奥の、記録を持つ者の方を見た。記録を持つ者の手はもう動いておらず、板の上の線はもう刻まれ終わっていた。妹がその場で何を言ってももうそれは別の言葉に変わって刻まれることが決まっていた。


妹は口を開かなかった。開かなかったことが、その場の一番深い同意の形になってしまった。


---


広間の柱の線が、また私の側で呼吸を始めた。気づくと、自分の指先が思っていたより深く内側へ折れていた。魔女の動作を無意識に真似たわけではなく、私の中で別のものが起きていた。


弟に、行くなとは言わなかった。だから自分を弟を止めた人間だとは思いたくなかった。長く、そう思わずにこられた。けれども王家の広間で、長兄と次兄が同じ方向から妹へ伸ばしたあの二つの声を見た時、私の言い分がひとつ揺らいだ。


行くなとは言わなかった。もっと正しい言葉で、同じことを言った。正しい言葉は、相手を責めるためのものではなく、相手の行こうとしている場所を、間違っていると決めるための言葉だった。決めるための言葉の方が、止めるよりも深く相手を押し戻していた。


押し戻された相手が、戻ってくる代わりにもっと遠くを見るようになることを私はその夜見ていた。見ていながら、見なかったことにした。その自分の方が、今、私の中で一番冷たかった。


---


「あなたは」


声を出した。


「あの広間で何を選んだのですか」


魔女はしばらく答えず、それから低くこう言った。


「何も」


その一言は声を抑えるためのものではなく、選ばなかったということを、ひと言で済ませないために選ばれた一言だった。


「何も選びませんでした」


「沈黙ですか」


魔女は答える前に、目を一度伏せた。


「私は」


魔女はそこで、喉の奥の声を整えた。


「私は二人を止めることも二人の言葉を本人に戻すこともしませんでした」


その一言の中で、彼女の声は初めて揺れた。揺れた声はすぐ整えられ、整えられた後でもう一言付け加えた。


「私は自分の手のひらを隠しました」


長兄が言った「隠せ」を彼女はその日自分で引き受けた。引き受けたのは、長兄のためではなく、二人の兄を、自分の力の両側にまだ置いておきたかったからだ。そのために自分の力を隠し、隠したことで、二人の兄の言葉は彼女の手の上ではもう調停されなくなった。行き場を失った言葉は、別の場所で、別の言葉に変えられていった。


---


魔女の手が、膝の上で深く沈み、沈んだ手の内側から彼女は私の方を見た。


「あなたは」


魔女は私に向けて問うた。


「あなたの弟君の言葉も」


そこで一度、言葉を切った。


「あなたに届く前に別の言葉に変わったことがありますか」


問いを返されるとは思っていなかった。すぐには答えられなかった。答えられないというより、既に答えが自分の中で出ていて、出ていたのに、声にするのが怖かった。


「ありました」


声は低かった。


「私が変えました」


魔女はそこで目を閉じ、閉じた後の瞼はしばらく開かなかった。私はその沈黙を待ちながら、王家の広間の地図の縁の奥に立っていた記録を持つ者の方角を再び自分の中で見ていた。


私は地図の縁の奥に立っていた。記録を持っていたのは、私だった。その記録の上で、弟の言葉は別の言葉に変えられた。変えたのは、私だった。


---


魔女は何も慰めなかった。慰めなかったことに私は救われた。慰められれば、それを受け取ってしまっただろうし、受け取ってしまえば再び自分でその記録を楽な形に書き直していた。


魔女は言った。


「兄たちの声は」


声は静かだった。


「あの日から、変わっていきました」


「変わったというのは」


声を継いだ。


「言い換えられたということですか」


「私に届く前に別の言葉になっていました」


「あなたには」


自分の中で、その言葉を確かめた。


「気づいていたのですね」


「気づいていました」


「気づいて」


声を継いだ。


「でもあなたは」


「止めませんでした」


魔女は私の言葉の続きを自分の口で終わらせた。その一言を彼女は私のためにではなく自分のために口に出した。私はそれを止めなかった。止めれば、彼女の中で長く育ててきた何かが別の言葉に変わってしまう。彼女の言葉を、彼女の元に置いたままにしておきたかった。


---


広間の温度がまた下がった気がした。再び彼女に最初の問いを別の形で返した。


「あなたは」


声はいつもより低かった。


「二人の兄をまだ両側に置いていますか」


魔女は答えずこう言った。


「両側と申せるかは分かりません」


そこで一度、言葉が途切れた。


「同じ方向から、ふたりとも私を見ていた、その日からは」


その言葉は最後まで整えられて出たけれど、奥の何かは、まだ整いきっていなかった。


岸辺で両側から伸びていた二つの手は、王家の広間で同じ方向から妹を遠ざけた。その日を境に兄たちは徐々に別の言葉で話すようになっていった。いや、別の言葉で話していたのは本人たちではなく、本人たちの言葉を、本人たちに代わって運ぶ者たちだった。兄たちが自分の言葉を取り戻す場はもう訪れなかった。


---


魔女は目を伏せ、伏せたまま声を続けた。


「兄たちはずっと私を愛していました」


その一言は力を入れずに出された。


「愛していたから、あの日同じ方向から私を遠ざけたのです」


「愛が」


問うた。


「遠ざけることになる、その日がありますか」


「ありました」


魔女は答えた。その日を彼女は長く思い出して生きてきたのだ。


二人の兄は、まだ互いを敵だとは思っていなかった。互いの手の伸ばし方を抱えきれなくなっていた。そして彼女はその二つの優しさを両方ともまだ信じていた。信じきれていたから、二人の兄の手をどちらの側へも引かなかった。引かなかったことで、二人は別の言葉へ歩いていった。


---


もう問いを重ねなかった。手元の記録の上では、弟の言葉がまだ別の言葉に変えられたままで、その記録をどこから書き直してよいのか、私にはまだ分からなかった。魔女は私の沈黙を急かさなかった。


机の縁の下の方で、床の文様の継ぎ目から、水の膜が、さっきよりわずかに広がっていた。


その日から、兄たちの声は、彼女に届く前に、別の言葉へ変えられていった。


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