第7話 線の向こう
長兄が引いた線の向こうから、次兄の声だけが、まだこちらへ届こうとしていた。
その線は岸にも、広間にも残っていた。私の中にまで届いていたのだと気づくのはもう少し後だった。
魔女は次の言葉をしばらく出さなかった。その沈黙の中で、彼女が次兄の話を始めるのを私は構えながら待っていた。弟と重ねれば、次兄を次兄として聞き取らなくなるということを、私の中の正直な部分はなお拒んでいた。
「上の方の話を終えたわけではありません」
魔女が言った。
「上の方だけでは済まないところに来ました」
「下の方を」
そう返した。
「お聞きします」
魔女は目を一度だけ閉じ、開けた時、視線は私を見ていなかった。広間の奥の、先ほどとは違う柱の方を見ていて、同じ広間の中にあるはずの距離が、その視線の中でわずかに伸びていた。
柱の根元の線が再び白く呼吸し、光は前よりも長く保たれた。
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岸を離れた場所。岸から完全には離れていない、桟橋から少し離れた岩肌の陰に半ば隠れる位置に、次兄がしゃがんでいた。
手元には、氷で削られた小さな器があった。器と呼ぶには輪郭が浅く、窪みと呼ぶ方が近い。子供が手で温めれば溶けてしまう程度の薄さで、その窪みの中に、白い光がひとつ置かれていた。
光は燃えていない。火ではなく、氷の内側に閉じ込められた、ほのかな白だった。海の向こうを照らしていた、あの迎えの灯のずっと小さな写しにも見えた。けれども写しと呼ぶには、置く方向が違う。迎えの灯は戻る者を内側へ呼び戻すために海の向こうへ照らされていたのに、次兄の手元のそれは、岩の壁の方を向いていた。
照らされてはいないと私には見えた。
光の前にあるのは岩の壁。その向こうには、外側の海があった。つまりその光は、壁の向こうにようやく届くか届かないかの、儚い位置に置かれていた。
子供の実験に近かった。仕組みを確かめるより、届くかどうかを試す手つきだった。試す前に誰かに知られたくないという慎重さが、そこに混じっていた。
「向こうから見えるかもしれない」
次兄が低く言った。声は誰にも向けられていない。
「見えるなら、こちらにも見える」
その二つの文の置き方に、ある引っかかりを覚えた。向こうから見えるかもしれない、見えるなら、こちらにも見えるというその順序は、言い間違いではなかった。彼にとってはまず向こうから見えることが先にあり、こちらから見える、はその次に来た。
「届くなら」
次兄は別の言い回しで繰り返した。
「閉じたことにならない」
その言葉は誰にも向けられていなかった。けれども、私の中に強く届いた。
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岩の陰の向こうで、足音がした。長兄だった。
走ってこなかったが、足の運びは早かった。何かを既に知っている者の速い歩き方で、岩の陰の手前で立ち止まり、それからゆっくりしゃがんだ次兄の側へ歩み寄った。
手には、布があった。岸でほどかれず、握り続けていた包みだった。
「ここで何をしている」
長兄の声は静かだ。けれども、声を抑えるための呼吸の整え方が長くなりすぎていた。声を抑えていたのは次兄を叱るためではなく、叱れば自分自身がそこで再び半歩を踏み出してしまうからだ。その半歩を、彼は岸でも踏まなかった、ここでも踏まないつもりだった。
「届くか見ていた」
次兄が答えた。言葉はそれだけだった。
長兄はしゃがんでいる次兄の隣に、自分も腰を低くした。その手は白い光の前で止まったまま動かなかった。動かないままで、彼の指は迷っていた。光を覆おうとしているのか、光をそのままにしておこうとしているのか、彼自身もまだ決め切れていなかった。
「届けば戻ってくる」
長兄が言った。声に怒りはない。怒りがなかったから、その言葉はより深くその場に残った。
長兄の手が白い光を覆い、覆った手の内側で光は完全には消えなかった。指の間から、ごく細い白が漏れていた。漏れる白をもうひとつの手で上から押さえた。二つの手で挟んだ光はようやく外から見えなくなった。
「届いたらもうここに戻れない」
長兄は言った。
「戻れない者をこれ以上増やしてはならない」
「届けば」
次兄が言った。
「閉じてはいないことになる」
二人は同じ光を見ていた。
二人の手の中にその光は挟まれていた。
二人の言葉は、その光を挟んで初めて噛み合わなかった。
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そのまま、二人は長く動かなかった。長兄は手を離さず、次兄はその手を押し返さなかった。
押し返さない代わりに次兄は別の手で岩の陰の縁に置かれていた小さなものに触れた。布の切れ端だった。
切れ端と呼ぶしかない大きさだ。手のひらの半分にも満たない。海の側から潮の動きで岩の根元に流れ着いていて、色は内側の者たちの衣服と同じ色をしていたが、編み方がわずかに違っていた。古い作法と、外で覚えた何かの両方が混じっていた。
次兄はそれを拾い、捨てなかった。
「何だ」
長兄が問うた。問いの形ではあったが、答えは既に自分の中で持っていた。
「拾ったものだ」
次兄は言った。
「ここにあった」
「なぜ置いておかない」
「置いておけば雪が覆う」
「覆われた方がよい」
低くなりすぎた声を次兄は遮らなかった。代わりに布の切れ端の端を、一度だけ、親指で撫でた。誰かがそこまで来たという事実を、触って確かめるような撫で方だった。撫で終えて、次兄はそれを自分の懐に入れた。証拠とは呼ばない。証拠と呼べば、その布は異なる意味を持ち始める。彼はそれをまだ、「拾ったもの」のままにしておきたかった。
その懐に消えた布の切れ端を私は目で追ってしまった。追ってしまった後で、自分のその目線にわずかな苦さを覚えた。
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その時、岩の陰の入口に他の影が立った。妹だった。
岸の方から歩いてきていた妹の手のひらは、まだ、岸の亀裂の端に置いた手のひらの形を残していた。冷えすぎた後の強張り。指先が自分の手のものより、ほんの少し内側へ折れていた。
妹は二人の兄の方を見た。長兄の手に挟まれた光と、次兄の懐に消えた布の切れ端、その両方を見た。両方を見たことを、口に出さなかった。
「冷たい」
妹は言った。
「ここの空気が」
「冷えすぎだ」
長兄が言った。
「お前のせいではないがお前のせいに近い」
長兄は妹を責めなかった。責めていたのは、岸の亀裂で起きたあの一拍の静まりが、ここまで薄く伸びてきていることだった。
妹の力は、本人の意図より先へ伸びていた。そのことに本人が気づいていない。その無防備さが、長兄の声に一番深い影を落としていた。
「ここの空気は元から冷たい」
次兄が言った。
「お前のせいではない」
次兄も妹を責めず、声は長兄のものよりずっと柔らかかった。その声で、彼は長兄が押さえていた光を再び開かせようとはせず、長兄の手はまだ閉じたままで次兄はその手の上に自分の手を重ねなかった。
代わりに立ち上がり、岩の陰の縁、岸の側へ半歩出た。
岩の壁と海の側の地面の継ぎ目に、ごく細い線が一本あった。岸の縁から岩の根元まで続く、氷を地面に垂らしてできたような細く白い線で、子供が地図に引く線にも似ていた。
その上に次兄は片方の手を置く。触れたのは手のひら全体ではなく、指の先だけ。指の先を線の上に軽く触れさせると、線は白く応えた。
「届く」
次兄が言った。声は自分自身に向けて、確かめるような言い方だった。
「もしこれがもっと続いていたら」
そこで言葉を切り、切った後で、妹の方を見た。
「お前なら」
そう言いかけた。
「お前なら向こうまで」
その続きを次兄は岸の上では言わなかった。切られた言葉の続きは、彼の中で確かに形を持ち始めていた。
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長兄が立ち上がる。その瞬間、二つの手の間から覆っていた光がもう一度漏れ、漏れた光は岩の壁を薄く白く染めた。その白い染みの先が岩の壁の継ぎ目を伝って、別の岩の方へ走り、白さは誰かが意図したよりも遠くへ伸びた。
伸びた先を見た時、次兄の目が一瞬だけ明るくなった。それは誰かを救えた喜びではなく、届いたという事実そのものに触れた者の明るさだった。
長兄の顔色がその瞬間変わった。怒りではなく、恐れの顔だった。
「隠せ」
長兄が言った。声は一言だけだった。
「妹を隠せ」
長兄は妹ではなく、次兄に向かって言っていた。
「お前が」
そこで言葉が一度止まった。
「お前が見つけてしまうから」
長兄の言葉は、その方向に向いていた。
次兄は長兄の方を見た。二人は初めて、互いの顔の中に、相手をどう動かしてはいけないかをはっきり見ていた。
まだ互いを愛していた。敵だとは、まだ思っていない。けれども相手の手の伸ばし方を、自分の中で許容しきれなくなっていた。
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妹は二人の間に立ち、自分の手を見ていた。岸の亀裂を静めた手と、ここの線を走らせた手は、同じ手だった。
その手が長兄からは「隠すべきもの」として、次兄からは「届かせるもの」として見えていた。同じ手だったのに、見え方は既に二つに分かれていた。
妹は二人のどちらにもまだ答えを返さず、返さない代わりに、自分の手をもう片方の手で覆った。覆った手の中で、その白さはしばらく揺れていた。
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視界が広間の輪郭をゆっくり取り戻した時、自分の呼吸が思っていたより浅くなっていることに気づいた。長兄の話を聞いていた時の呼吸の深さと同じ深さでは、聞けなかった。それを、認めるしかない。
次兄の声は私の中の別の場所を、さきほどから低く刺していた。刺している場所が弟の声に近いのだと、まだ認めたくない。認めないまま、その刺激の方向を別の言い回しに置き換えてしまいたかった。
弟は届かないと言われるほど、声を遠くへ投げる人だ。止められれば、止めた相手を見るのではなく、その先を見た。その性質を私は長く軽率だと思ってきた。
軽率と呼んだ方が、私には楽だった。けれども、私にとって楽な呼び方は、たいてい、相手にとっては傷だ。そのことを、次兄の声を聞きながら異なる角度から思い出していた。
「あなたは」
声を低めに保ったまま問うた。
「あの方をどう見ていたのですか」
魔女は答える前に間を置いた。
「あの方が外へ手を置いた、その日のことを」
「私は」
魔女はそこで、声を細く止めた。
「次兄を止めたいと最初は思いました」
「最初は」
その言葉の先を追った。
「後からは止めない方がよいと思った時があります」
「いつですか」
「兄の手の置き方がまだ誰も傷つけていない間です」
その答えはすぐには受け取れない。受け取れないが、はねつける言葉も持てなかった。
長兄の手は、届かなかった包みの重さをまだ覚えていた。次兄の指先は、まだ届いていない誰かの方へ置かれていた。その二つは矛盾していない。矛盾していなかったから、その後長く噛み合わなかった。
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魔女は少しの間目を伏せ、伏せたまま、言葉を続けた。
「兄はその日、線の外側に初めて手を置きました」
「外というのは」
問うた。
「岸の線ですか」
「岸の線でもありました」
魔女は答えた。
「もう一つ別の線でもありました」
聞き返さなかった。聞き返さなくても、その「もう一つの線」が地図の上の線だけのことではないと、私の中で既に形を持ち始めていた。
弟は止められた夜に、止めた私の方ではなくさらに遠くを見ていた。その目線の角度を私はその夜、見ていた。見ていながら見なかったことにしておいた。その記憶の隅で、自分が誰の側にいたのかを、異なる角度から確かめさせられていた。
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魔女の声はもう揺れず、揺れない声で一言付け加えた。
「兄はその手をすぐには引きませんでした」
その一言が広間に長く残った。
何も返せなかった。彼女を許したからではなく、許せる位置に私の方がまだ立っていなかった。
広間の奥で、水音だけが一筋、岩の縁から滴り続けていた。
次兄はその日、初めて線の外側に自分の手を置いた。




