第30話 止められる届き方
広間の入口の縁の白さは、いつかの白さともう同じ角度では、立っていなかった。縁の上の薄い層が、一方から、白を呑み始めていた。呑まれた白の縁の先へ、私の足は、自分の重さで、降りていった。
階段の段差は、いつかと、同じ数だった。数えなくても、足が覚えていた。
けれど、その足取りは、落とされた時のものではない。問いへ、自分で戻る者の足取りだった。
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広間に私は再び立った。
魔女は同じ位置に、立っていた。
両方の指先は、今内側へは、折れていなかった。
代わりに、自分の前で、低く両手が開かれていた。
その開き方の中に私は再び岸辺の亀裂の端で見た角度を見た。
しかし、今その手に、私を運ぼうとする温度はもう乗っていなかった。
代わりに、私の選択を見届けるための角度だけが薄く残っていた。
「戻る、と」
魔女は低く口を開いた。
「思っておりました」
「救いに戻ったのではありません」
私はそう、答えた。
「救いに戻ると思って、お待ちしていたのでもありません」
魔女はその一行を返した。
「お待ちしていたのは再び私の罪の手前で何かを選ばれる、あなたの足の方でした」
私はしばらく応えなかった。
応えないまま、鞄から、ここまで集めてきた物を、ひとつずつ出した。
弟の紙片の写し。三つの記録の控え。四枚の地図。
管理。鎮静化。止めてください。
私はそれらを、初代王の封印の図の手前に、半円に並べた。
その半円を前に魔女はしばらく目を伏せていた。
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「ひとつ」
私は息を整えて、口を開いた。
「あなたの大魔法と私の小さな預け合いと違っていたところがありました」
魔女は目を伏せたまま、頷いた。
「止めてください、と」
「言われた時に」
「私は止めました」
止め。
その言葉を魔女は静かに受け取った。
「あの時の私には」
低く彼女はこう言った。
「兄たちの止めてください、を聞ける位置がありませんでした」
「民の止めてください、を聞ける位置もありませんでした」
「位置がなかったというのではありません」
「位置の方を私が用意しなかったのです」
その一行を彼女は言い直さなかった。
私はその一行を、半円の縁の上で見ていた。
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「ですから」
私は続けた。
「私がもし、人類の方へ痛みの形をわずかに届かせるのなら」
「届かせる前に拒める場所の方を本人に用意する必要があります」
「拒める場所」
魔女はその言葉を静かに繰り返した。
「それは」
「届かない者を残すということです」
「拒める者だけが拒むなら」
魔女は低く言った。
「拒む言葉を持たない者はまた置き去りにされます」
私はその問いを、半円の縁の上でしばらく受け止めた。
受け止めたまま、答えた。
「はい」
「信じる者は薬の瓶の蓋の縁で止めてくださいと言えました」
「恐れる者は毛布の中でその言葉すらもう私に向けられませんでした」
「利用される者は黒く塗られた頁の下で私の手は、私のものですかとしか書けませんでした」
その三つの形を私は半円の縁の上に再び並べた。
「届く前に拒める場所はそれぞれ違います」
「同じ形の入口を全員の前に置けば、それはまた別の管理になります」
「残ることも」
「ひとつの、選択肢、です」
「残った場所で痛みが足りないまま、世界の形が選ばれていくということでも」
魔女の声は、低かった。
「ですか」
「そうです」
私はその答えを、机上で長く書いては消してきた。
それでも、最後に残ったのは、その答えだった。
「届けるということと強いるということとは」
「私の中では別の場所にある言葉です」
「無理に届かせなければ、届かない者は残ります」
私は言った。
「その者たちの選択で世界がまた傾くこともあります」
「それでも強いれば、それは届けるではありません」
「あなたの、止める、と同じ姿になります」
魔女はその一行をしばらく言い直さなかった。
やがて、彼女は低く言った。
「あなたは長兄と次兄の、両方の手の角度を」
「今、ご自分の中にひとつだけ、立てておられます」
「立てているのか、立てきれていないのかはまだ分かりません」
私は答えた。
「立てるということだけは分かっています」
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魔女は長く応えなかった。
応える前に彼女は自分の前で開いた両方の手のひらを、さらに低くした。
「お知らせ、しておくべきことがございます」
低く彼女はこう言った。
「あなたがこれから立とうとされている場所で」
「あなたの身体の方は最後まで保たれない可能性がございます」
私はその一行の前で間を置いた。
その間に、ある言葉が、喉の奥で立ち上がりかけた。
「知っています」
その言葉を私は口にしようとした。
しようとして、止まった。
止まった先で私は別の言葉を選び直した。
「知っている、ふりを」
「私は長く、してきました」
「今」
「ふりを外しました」
その一行を私は半円の縁の上の、信じる者の側の、止めてくださいという声のところに置いた。
置いた一行の上に、その声の白さが、細く立った。
白さの中で私は再び弟の紙片の写しを見直した。
紙片の半端な角度の文字の上に、私の指先の影はもう被さらない位置で、止まっていた。
止まった位置で私はひとつのことを避けられなくなった。
私はかつて、弟に言った。
届かない言葉に、命を賭けるな、と。
そう言いながら私は長く、何にも命を賭けない場所に立っていた。
そこから足を動かそうとしていた。
弟に黙って、そちらへ向かうことはもうできなかった。
向けるならば、その先の、止められるという言葉を預かったまま向かう必要があった。
預かったまま向かう。それ以外の言い方はもう残っていなかった。
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広間の片隅の、一番古い氷の層から、短い音が、ひとつ立ち上がり、それは割れる音でもほどける音でもなく、凍ったままの線の中のある形が、自分の中で向きを変える、ごく細い、人の耳には届くか届かないかの、輪郭の音だった。
向きを変えた線の先に、半円の縁の上の物たちが、寄り始めた。
最初に並べた写したちはもうばらばらの証拠ではない。弟の紙片も、三つの記録も、四枚の地図も、管理も、鎮静化も、最後の言葉も、半円の中央へ向き直っていた。
中央に、私の足は、今半歩、進んでいた。
進んだ位置の上で、口の中で言った。
私が作らなければならなかったのは、届く力ではない。
止められる、届き方だった。
何かを届かせる前に、まず、拒む場所を渡さなければならなかった。
渡さなければならなかったものの輪郭が、今半円の中央で薄く立ち上がっていた。
その時、広間の氷は、融けたのではなかった。
問いの形に、ほどけ始めていた。




