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南極の氷が解けるとき、魔法は名前を失った  作者: つのん。
第二章 融けはじめた名前

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第25話 乾いた地図

ひとつの報告には、仮設給水所の前で倒れた老人のことが、短く書かれていた。


死因の欄には、熱中症、とだけあった。


その欄の短さが、地図の乾きよりも先に、私の喉を塞いだ。


机の上には、その朝、同じ日付を持つ四つの報告が、並んでいた。


内陸の取水点が、連続して枯れていた。海峡の手前では、食糧の輸送船団が止まり続けていた。ある国境では、軍事配置が動いていた。南極大陸の縁では、想定を超えて、氷の層が崩れていた。


それぞれの報告の中には、地図の写しが、一枚ずつ、薄い紙の側で、添えられていた。


四枚の地図を私は机の四隅に、ひとつずつ、並べた。


並べた地図の中の、乾き始めている地域の輪郭は、同じ方角に寄っていた。


寄った先の、色の薄さの上に私はしばらく自分の指先を置いた。


その下で、紙の端が少し乾いた音を立てた。


その音は、暖房の側の室温の方ではもう戻らない音だった。


---


四枚の中で、一番古い色をしていた地図は、ある低緯度の、火山帯の縁の地域のものだった。


その地域は報告書の上でもう長く、乾いた色をしていた。


その色を見た時、私は火山の縁を思い出した。


弟の名は、ここでは伏せる。


伏せたまま、その地図の縁の色の上に、自分の指先を、置き直した。


弟の身体に残っていた熱の色を思わせた。


そう認める前に、その指先を引いた。


長く置けば、自分の手の温度が、その色の側に、引き取られそうになった。


その指先の影が、地図の縁の色の上に薄く残った。


その影の中で、私の喉の奥が、また、塞がった。


---


他の経路から、その日もう一通、他の薄い覚書が、私の元へ届いていた。


覚書は、機関の外の、ある政策の側の、内輪の議論の、断片の写しだった。


写しの中で、ある一行が机上で立っていた。


本人の体質を、有限の資源として扱う場合の、配分上の優先順位について


その下にもう一行があった。


緊急時における協力要請の手続簡略化について


資源という言葉を私は声の手前で、確かめた。


確かめた言葉は、他の四枚の地図の上の、乾いた地域の色の方へ、短く寄った。


寄った先で、本人の手の置き場はもうひとつも書かれていなかった。


書かれていない代わりに、配分、優先、手続簡略化という言葉が、別の表の側で、整然と、並べられていた。


その言葉の列の中の、配分という姿を私はしばらく見ていた。


配分というのは、誰かの手から、別の誰かの手へ、ある何かを、移すというありさまだった。


移される側の、本人の手の方は、その列の中には、立っていなかった。


本人の手だけが、その列の外にあった。


---


午後、他の薄い封筒が、机の上にもう一通、置かれていた。


差出人の名は伏せる。


中身は、短かった。


「先生」


冒頭は、また、同じ呼びかけだった。


「お知らせしたいことがございます」


一行分の間を空けて、書かれていた。


「私の周りで私と似た手を持つ方が少しずつ増えています」


「数はもう正確には把握できません」


「その多くが自分の手をまだ自分のものとして握り直せていません」


そこから少し行を空けて、続いていた。


「その手を他の方角から握りに来ようとする影も何度か見ました」


「先生の手記は信頼できる方にだけ渡しています」


「それでも注意が追いつかなくなる時が近いと感じています」


その手紙の最後の一行はこう書かれていた。


「先生のお書きになる、戻すための、言葉が急ぎ要ります」


私はその一行を、四枚の地図の縁の上に再び重ねた。


その縁の上で、四枚の地図の乾いた色と、覚書の中の資源という言葉と、私の指先の影とが、短く揃いかけた。


揃いかけた縁の中で、その事実からもう目を逸らせなかった。


人類は真実を、知ったから、互いに手を伸ばす側へ向かうとは限らなかった。


---


夜遅く、私は机上の四枚の地図を、ひとつずつ、見直した。


四枚の中の、乾き始めている地域の輪郭は、今もうばらばらにはなっていなかった。


四つの輪郭は、ひとつの大きな乾きの方へゆっくりと向き直り始めていた。


寄った先の色を私はしばらく机の端で、見ていた。


色は、薄い茶の側でも、灰の側でも、なかった。


地図の縁の独特の薄い赤の側に、寄っていた。


その薄い赤から私はもう目を逸らせなかった。


地図の上で乾いていた場所は、私の弟が死んだ熱と、同じ色を、していた。


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