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南極の氷が解けるとき、魔法は名前を失った  作者: つのん。
第一章 氷の下の記憶

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第15話 選ばれた者

「なぜ」


問うた。


「私だったのですか」


魔女の両手は、答えより先に動いた。


彼女は自分の両手を、自分の前へ開く。


開いた手は、いつもの広間の動きとは違っていた。


別の場所の、別の温度を、自分で、たどり直す者の手の動きだった。


彼女は低く言った。


「夢を見ました」


「長い眠りの間に私は夢をいくつか、見ました」


「そのうちの、いくつかがあなたへ続いていました」


「私の」


私は声の先を、口の中で確かめた。


「私の何をですか」


魔女は目を伏せた。


伏せた目の中で彼女はその夢の輪郭を、自分で、なぞった。


---


夢は、長くなかった。机を挟んで立つ二人がいた。一人は何かを言いかけもう一人は火山へ向かう支度の手を見ていた。机の上には線の引かれた紙があり、地の方から、薄い暖かさの匂いが上がっていた。


言いかけた言葉は、夢の中では聞こえなかった。聞こえないまま、支度の手が最後の結び目を作った。その手が机から離れた時もう一人は戸口へ向かった。戸口の手前で、彼は短く振り返った。


「それでも俺は」


そこまでだけが、夢の中で聞こえた。その声の上に、別の場面が重なった。


岩の陰の濡れた縁で、二人の幼い者が、ひとつの光を手のひらで挟んでいた。机の上の男の指先の白さが、その幼い手の上に重なった。重なった瞬間、光を挟んでいた二つの手が、それぞれの方へ開きかけた。開きかけたまま、夢は止まった。


---


「夢の中で」


魔女は現在の私の方へ視線を戻した。


「私は机の端で閉じていく指と岩陰で光を挟んだ幼い手が重なるのを見ました」


「重なった瞬間、私は知りました」


「何を」


声が、自分でも低くなった。


「あなたの中に」


魔女は静かに言った。


「兄たちと同じ形の、関係があることを」


「あなた自身の中にではありません」


「あなたともう一人の人の、間にです」


「もう一人」


私は繰り返した。


「弟の、ことですね」


魔女は目を伏せたままいつもより深く頷いた。


---


私はその時、自分の指先がもう長い間、内側へ折れたままだったことに気づいた。


折れた指先を私は今伸ばす形に、戻せなかった。


「あなたは」


問うた。


「私ではなく、その重なりを見ていたのですね」


「私は」


彼女は自分の前の床の文様の方へ視線を落としたまま、言った。


「あなたの方を見ていたのは確かです」


「けれど、あなたの方を見ていた目の、その奥で」


「私は兄たちの方を見ていました」


「兄たちと私と弟の」


私はそこで、言葉を選び直した。


「重なりを見ていたのですね」


「はい」


魔女は初めてはっきりと頷いた。


「それは」


私の声は、震えた。


「私が偶然、落ちたのではないということですか」


魔女は首を、横にも、縦にも、振らなかった。


「あなたは」


低く彼女は言った。


「私の夢の縁にいらっしゃいました」


「縁にはほかにもいくつもの輪郭がありました。届けようとする者の輪郭。届かないと決めた者の輪郭。届きすぎて壊れた者の輪郭」


「そのうち、届かないと決めた者の喉の奥の冷えを私は数知れない方角の中から、拾えました」


「その冷えの位置にあなたがいらっしゃいました」


「その縁にいた者を私は岸辺の亀裂まで運びました」


「運んだ」


私はその一言を、口の中で置き直した。


「運んだというのは」


「呼んだということですか」


「呼んだ、よりももう一段、私の手が動いたというのが本当のところです」


魔女の声は、低かった。


「私の手が岸辺の亀裂の端の温度を変えました」


「変えた温度の縁にあなたの足が乗りました」


「それは」


私の声はもう低くなかった。


「救ったではない」


彼女の目は、伏せられたままだった。


「助けたでもない」


「はい」


「あなたは私を選んで利用したのですね」


口にした瞬間、遅れて怒りが来た。


激しい怒りではない。皮膚の下だけが冷えていくような怒りだった。冷えた皮膚の下で、自分の鼓動の数だけが、普段の倍近くまで上がっていた。呼吸は、長くなった分、浅くなった。肩のどこかが、自分の意思とは他の方角へわずかに引いた。


落とされたことよりも、見られていなかったことの方が、先に冷えた。私の足ではなく、弟の言葉の跡。私の恐怖ではなく、兄たちの影。その影の上に私を置いた手を私はその時、初めてはっきり憎んだ。


---


「利用した」


魔女はその言葉を、自分の口で置き直した。


置いた声は、震えなかった。


震えない代わりに、その声の中の温度が、今いつもの広間の温度よりもう一段、低かった。


「はい」


彼女は認めた。


「私はあなたを利用しました」


「私の弱さのためにあなたを選びました」


「弱さ」


問うた。


「どんな弱さですか」


魔女は岩の陰の縁へ視線を落とした。


落とした視線の中で彼女は岩の陰の縁の、若い日の二人の幼い者の手の方角を、たどっていた。


「私は」


彼女は自分の指の角度の方を一旦見直した後、言った。


「あの二人が再び同じ光を同じ手で挟む形を見たかった」


「見たかったというよりも見ないということがもう私の中ではできなくなっていました」


「私自身の兄たちのところではその形はもう私の手の届く場所にはありません」


「兄たちは最後まで互いの方へ振り返らないまま、私の大魔法の中央で止まりました」


「振り返らなかったというそのことを私はあの朝以後、自分の手ではもう戻すことができませんでした」


「戻せないまま私はあなたの弟君が戸口の手前で短く振り返った、あの一拍だけを夢の中で何度も見直しておりました」


「だから」


私はその続きを、自分の口で置いた。


「私と弟を夢の中で見つけて」


「兄たちの形の代わりに」


「分かれなかった兄弟の方を見ようとした」


魔女はその続きを引き受けるように、自分の両手をゆっくりと自分の前で、合わせた。


合わせた手は、両側の指の角度が、合わなかった。


合わない指の上で彼女は低く言った。


「もう一度だけ」


「分かれなかった兄弟を見たかったのです」


その一言を彼女は繰り返さなかった。


私もまた、繰り返させなかった。


繰り返させない代わりに私は自分の弟の最後の夜へゆっくりと戻った。


---


弟は机から最後に手を離し、戸口の手前で一度だけ振り返った。


「それでも俺は」


「兄さんにも、届くと、思ってる」


その言葉は私の机まで確かに届いた。


届いたが、私は応えなかった。


代わりに、その夜の前半に置いた言葉だけが、戻ってきた。


「届かない、言葉に」


「命を賭けるな」


その言葉を口にしたまま弟は戸口を出た。


戸口を出た弟は、二度と、私の机の方へは戻らなかった。


戻らなかった弟の最後の言葉だけが、その夜から、私の中の、一番奥の方に、置かれたままに、なっていた。


---


「あなたは」


声を出した。


「あの夜の、弟の、最後の言葉を」


「夢の中で聞いていたのですね」


広間の冷えが、そこで一拍だけ深くなった。


「聞いていたまま」


私の声は、尖った。


「あなたは私を岸辺の亀裂の方へ運んだのですね」


「はい」


魔女は答えた。


「私の弟の」


私はそこで、初めて声を、低く震わせた。


「言葉の、形だけを別の場所で見たかった」


「そういうことですね」


「はい」


魔女の声は、震えなかった。


震えない代わりに、彼女の手が、さらに深く、膝の上に沈んだ。


私はその折れ方を見てももう慰める気にはなれなかった。


責める言葉はあった。


いくつもあった。


けれど、そのどれを口にしても、弟の最後の言葉の上に、また私の言葉を被せることになる気がした。


だから私は自分の手をゆっくりと開いた。開いた手の上には、何もなかった。何もない手を私はしばらく自分の方へ、向けたままにした。


向けたままで、その手を、誰の側にも、伸ばさなかった。伸ばす方角の意味を私はまだ自分の中で引き受けていなかった。引き受けていないということをはっきりと自分の中で認めた。


私は落ちたのではなく、落とされた意味の方へ、まだ立っていなかった。


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