第11話 凍る声
「あなたの声は」
問うた。
「いつから、止める、しか言えなくなったのですか」
魔女は答える前に、自分の喉の方へ、短く手を当てた。当てた指先はそこにとどまらず離れた。
離した指先を彼女はもう片方の手のひらの上で受けた。受けた指先は、手のひらの上でしばらく止まった。
彼女は声を出した。
「声から、先に凍りました」
声は静かだった。
「止める、しか言えなくなった頃には」
「私の声はもう私の手の中にはありませんでした」
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王家の広間の脇にもう一つ、小さな部屋があった。
写すための部屋ではない。
線を補うための部屋だった。
刻まれた板が、本陣から本陣の間を移される時、その途中で一度だけ、その部屋に置かれた。
置かれた板は、動かないままそこにあった。その部屋の中で、別の手が、板の上の線を、一本ずつ、確かめた。
線そのものを書き直す者はいなかった。線の脇に、ごく細い補いの線が一本、加えられた。ほとんど見えないその線が、本来の線を、他の方角へわずかに傾けた。
彼らはそれを書き換えとは呼ばなかった。
分かりやすくしただけだ。
強くしただけだ。
相手に届く形にしただけだ。
そう言える形で、誰も自分の手を止めなかった。
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長兄はある日、外縁の使者に向かってこう告げた。
「慎重に迎えよ」
それだけの命令だった。
外縁から戻ってくる者たちを、岸寄りの線の内側で慎重に受け止めよという意味だった。
慎重にというのは、急がず、確かめながらということだった。
板に刻まれた時、その言葉は確かにそのまま刻まれた。
刻まれた板が、小さな部屋に置かれた。
置かれた板の脇に、別の細い線が、加えられた。
加えられた線は、「慎重に」の方ではなく、「内側で」の方へ意味を傾けた。
他の本陣へ運ばれた時、その板を読んだ者はこう読み上げた。
「内側を保て」
元の命令ではない。
元の言葉の代わりに、長兄の意図とは他の方角を向いた言葉が、そこに立っていた。
長兄本人は、そのことをすぐには知らなかった。
知らないままで、彼の名は、岸寄りの線の上に、別の言葉としてもう運ばれていた。
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次兄の板にも、同じことが起きた。
「声で確かめよ」
その言葉は他の本陣へ運ばれた時こう読み上げられた。
「迎えに行け」
元の命令ではない。
声を出すだけの距離が、足を進める距離へ変えられていた。
次兄本人もまたすぐには知らなかった。
知らないままで、彼の名もまた、岸寄りの線の上に、別の言葉としてもう運ばれていた。
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ある日、妹はその小さな部屋に入った。
入ったことを、誰にも告げなかった。
部屋の中には、二人の兄の名で運ばれた板が、両方とも、置かれていた。
刻まれた線と、加えられた線が、板の上で、ほぼ重なっていた。
妹は、それらを、一枚ずつ手に取った。
手に取った板の重さは、本陣で見る時の重さとは、異なる重さだった。
板そのものは、軽くなっていた。
刻まれた線の溝には、内側から他の薄い物が詰められていた。
詰めた者は、悪意を持っていなかった。
「線をはっきり見せるためだ」
そう言った。
詰められた物のせいで、線の影の落ち方が変わった。
影の落ち方が変われば、板を傾けて光に当てる者たちの目には、別の線が立った。
妹は、両方の板を、同じ光の下に並べた。
並べた瞬間、彼女は理解した。
兄たちの声は、本人の口を離れた瞬間、本陣に着くより前に、別の場所でもう他の声に変えられていた。
変えられた声はもう兄たちのものではない。
しかし、兄たちの名で、戦場の方へ向かい始めていた。
妹は、その小さな部屋の中でしばらく自分の手のひらを板の上に置く。
板の冷気が、彼女の手のひらの内側へわずかに移った。
その冷気はすぐには彼女の中で氷にならなかった。
氷になるより、ずっと前のところで、彼女の声が、一度、止まった。
止まった声を彼女はそのまま、口から外には出さなかった。
代わりに、自分の中の一番奥の方へ、そっと戻した。
戻した声の場所はもう彼女自身にもはっきりとは見えなかった。
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岸寄りの線の上で、その日、ある者が一人、動かなくなった。
その者は長兄の側でも、次兄の側でもなかった。岸寄りで暮らしていた、名を持たない一人だった。荷の端から、誰かに渡すはずだった布が少しだけ覗いていた。
歩いている途中で、外側から運ばれた言葉と、内側から運ばれた言葉が、ちょうどその者の身体の上で、すれ違った。
外側からの言葉は、「迎えに行け」だった。
内側からの言葉は、「内側を保て」だった。
その者は一度立ち止まった。立ち止まったまま、息が、白くならなくなった。
長兄の側は、「内側を保とうとして倒れた者」と記録した。
次兄の側は、「外側へ迎えに行こうとして倒れた者」と記録した。
彼自身の名は、どちらの記録の上にも、ついに刻まれなかった。
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広間の冷気が、また私の側に降りた。
私はしばらく自分の口の方に手を当てていた。
当てた手のひらはすぐには離せなかった。
「あなたの声が止まったのは」
問うた。
「あの板の前ですか」
魔女の視線は、私ではなく、床の線の上に落ちていた。
「私の声は」
低く彼女は言った。
「あの板を見るより、ずっと前にもう私の口を離れていました」
「離れた声は私の名で別の言葉に変えられて、戦場の方へ向かっていました」
「あなたは」
自分の声の冷えが、自分でも分かった。
「それを止めようとしましたか」
「止めるという言葉を」
彼女はそこで初めて、私を見た。
「あの頃の私はまだ自分の声で言うことができませんでした」
その一言を彼女はそれ以上繰り返さなかった。
私もまた、繰り返させなかった。
繰り返させない代わりに私は自分の記憶の方に、一度、目を伏せた。
弟が出かける前の夜、私は弟に向けて、「軽率だ」と言った。
「軽率だ」とだけは言った。
「軽率」の先に、本当は別の言葉を続けるつもりだった。
続ける前に私はその言葉を自分の中の別の場所へ押し戻した。
押し戻した時、その言葉はもう私の口の中には、なかった。
私はその夜、弟に向けて、「届かない」とも言った。
「届かない」とは、本当は異なる意味だった。
異なる意味のところを私はその夜、口にはしなかった。
口にしなかった意味の方を弟は受け取れなかった。
受け取れなかった代わりに弟は「届かない」という言葉を、異なる意味で受け取った。
受け取った弟はそれを、自分の中で別の言葉に変えた。
変えられた言葉が何だったのか私はその夜はっきりとは見ようとしなかった。見ないまま、私の声は、口を離れた後、弟の中の他の場所で、他の声に変わっていた。
私はあの小さな部屋の中の別の手と同じ角度の手を、私自身の中に持っていた。
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広間の空気が、また一段、温度を上げた。
温度が上がっているのに、私の指先は手のひらの内へ寄ったまま、戻らなかった。
魔女の指先も、折れたまま、戻らなかった。
温度は上がっているのに、声だけが、互いの間で、冷えていた。
冷えていく声を、誰の手ももう温め直そうとはしていなかった。
戦争が始まった、と刻まれるはずだった一行は、その日、どの板の上にも残らなかった。
刻まれる前に、別の言葉だけが、既に戦場の方へ向かって運ばれていた。
声は、凍る前にもう届かなくなっていた。
それでも私は問わずにはいられなかった。
「あなたは」
「それを知らなかったのですか」




